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白木部屋からの脱出

渇探流が壁の木目を調べていると、目の前の木目ではなく、他のことに気がついた。

妙に、空気が湿っているのだ。

熱帯雨林の湿り気に近いが、それとも若干異なる、ジットリとした、嫌な粘り気がある空気な気がする。

そして、何よりこの壁だ。少し暖かい。人肌程度の温かみを感じる。

渇探流は馬鹿なことをと思いながらも、一応、その壁に耳を当ててみた。

———ドクン。ドクン。と、一定のリズムで、心臓の鼓動のような音が聞こえてきて———これは、本物の心臓の鼓動ではないのかと———ここは、『外』ではなく、内側———しかも、『体内』なのではないかと、気がついた。

渇探流はガバリと、木の壁から離れた。


「どうした?カトゥール」

「何かあったか?」


愛生と響が渇探流の様子を見て話しかけてくるが、馬鹿な話だと渇探流は首を横に振ろうとして———いや、この世界のあり得なさは今日、嫌ってほど体感しただろ。と思い直すと、自分が想像してしまったことを二人に共有した。


「壁に耳を当ててみたら、心臓の鼓動のような音が聞こえてきた。そして、木にしては嫌に生暖かい。それから想像するに———この、部屋……何かしらの……生物、なんじゃ……ないかと……」


自分で言っておいて、いや俺は何を言っているんだと思えてきて、渇探流はだんだんと言葉が尻すぼみになってしまった。

しかし、自信のない渇探流とは裏腹に、継続探索者である二人はあっけらかんと、渇探流の意見を受け入れた。


「あーーー。確かに、なんかやけに湿ってるしな」

「何かしらの体内だと?とするとヤバいな。早めに出ないと死ぬぞ?この白木は幻覚か何かか?」

「……疑わない……のか?俺の頭がおかしくなったとか、思わない……のか?」

「「思わない」」

「そっ、そうか……そうか……!!」


渇探流はなんだか、久しぶりに普通のコミュニケーションが取れていることに感動して、思わず拳を握りしめてしまった。

そんな渇探流の頭を、つい愛生と響はわしゃわしゃと撫でる。普段の渇探流ならばその腕を跳ね除けて「子供扱いするな!!」と激昂するところであったが、大変な目に遭い過ぎた今現在、怒りが湧くどころか、少し嬉しくなってしまった。


「カトゥールは察しがいい。良い探索者になれそうだ」

「とりあえずは生きてこの部屋から出ないとしょうがねぇけどな!!ほら、上見ろ、上」

「うえ??」


愛生が天井を指差すので、響と渇探流は同時に上を向いた。するとそこには白い天井———に、先程までは確かに無かった黒いシミがジワジワと、ゆっくりだが、しかし確実に、この部屋を覆わんと、その侵食範囲を広げていた。


「時間制限タイプの神話事件だ。とっとと出口見つけようぜ」

「同意だ。しかし、出口なんてどこに……も……?」


愛生の言葉に響は頷き、白木にしか見えない壁をペタペタと触っていく。すると何か指先に違和感があったのか、白い壁にしか見えないそこを重点的に触り始めた。


「…………ビンゴだ」

「おおーーー。よく見つけたな、引き戸か」

「指先に引っかかりを覚えた」

「よっしゃ、じゃあ先に進む前に———」

「ああ、聞き耳立てるぞ」


そう言うや否や、二人はピタリと引き戸らしき部分に耳を当て始めた。

渇探流は『生物の体内なのに引き戸があるとかなんでだ??』という疑問と、『耳くっ付けても心臓の鼓動しか聞こえないんじゃないか??』という疑問から、二人の様子を観察する。しばらく二人はじっと聞き耳を立てていたが、「何も聞こえないし気配もないな」「ああ、俺もそう思う」と言葉を交わすと、ゆっくりと引き戸を横に引いて行った。

扉の先は———これまた、この部屋と同じ、白い部屋が待ち受けていた。


「おいおい、同じ部屋かよ?なんか変わってるもんねーの?」

「とりあえず探索するぞ。カトゥール、遅れるなよ」

「馬鹿にするな!!要領はだいたいわかった!!俺も参戦するぞ!!」


ため息を吐く愛生はとっとと中へと入って行き、響は渇探流へと振り向きながら、まるで犬を呼ぶような仕草で手をこ招く。

渇探流はここまでで、ようやくフィールドワーク熱にエンジンがかかってきたらしい。ギラギラと瞳を輝かせながら、愛生達の後に続いた。

しかし、次の部屋も特にこれと言った収穫は無かった。今度は愛生が次の部屋に続く扉を見つたので渇探流はショックを受けたが、扉を開けたその先も、やはり白い、白木部屋が続いているだけだった。その次の扉は何故か既に開いており、その先も白木部屋が続いているのが見てとれる。


「……こりゃ、なんかギミックあるよな?あるって言ってくれ……」

「あるとは思うが……ヤバイな、時間が……」


響が上を向くと、そこには白かった天井のほとんどが、黒いシミに侵食されていた。


「あの黒いシミが、どこまでいったらゲームオーバーなんだろうな?」

「考えたくない話をするな……」

「……ちょっと、試してみたいことがある」

「カトゥール?」


渇探流は突然壁までダッシュすると、扉を潜り抜けた。するとまた、白木部屋。その白木部屋も横切って、渇探流はまた部屋を横切る。白木部屋。横切る。白木部屋。横切る。


「おいっ!!カトゥール!!単独行動は死ぬぞ!?」


渇探流の姿が見えなくなりそうになり、響は焦って渇探流の後を追うが———その声は、響きの後ろから聞こえて来た。


「うむ、やはりな。この部屋、ループしてるぞ」

「……カトゥール!?」

「えっ……おまっ……さっき、あっちに……」

「大方、時間稼ぎだろうな。慎重になればなるほど、時間を食うトラップだ」

「渇探流が横切った部屋は、いくつあった?」

「3つだ。俺たちは、この部屋も合わせて4部屋をグルグルと移動していただけらしい」

「ええーーー!?」

「ああ、そう言うことか……だから4部屋目の扉は開いていたのか……」

「納得してる場合じゃなくない!?この4部屋全部探索したけど、何もでなかったんだぜ!?」

「疑問なんだが、なぜそこまで出口があると確信してるんだ?出口が無い場合もあるんじゃないのか?」

「カトゥールは神話初心者だな〜。こういう部屋は必ず出口が用意されてるもんなんだよ」

「いや、だから何故……?」

「そーゆうもんだから!!」

「……響」

「愛生、大雑把に話し過ぎだ。カトゥール。これは『ゲーム』なんだ。最初から負けが決まっているゲームなんて、つまらないだろう?」

「ゲーム?誰とのゲームなんだ?」

「神々との……神話生物との、生死をかけたゲームだ。詳しくはまた今度話してやるから、今はそれで納得しろ」

「そうそう!東京に来てんだろ!?ここから出たらゆっくり話してやるって!!」

「………………期待しておく」


まず、ウィルフレッドをどう撒くかに重点が置かれるが、渇探流はその思考を今は放棄した。

とにかく、ここから出ないと自分達は死ぬらしいのだから。

デッドオアデットの気分で渇探流は黒いシミを見上げると———ふと、違和感に気がついた。


「なあ……あの、黒いシミ……なにか、文字が書いてないか……?」

「「なんだと!?」」


ガバリと二人が上を見上げるが、それなりに広い天井だ。二人とも「どこだ?」と言いながら視線をあちこちに彷徨わせている。


「ほら、あそこ……なんだ……?えー……『光を……当てろ……』?」

「はあぁ!?光なんかないんだが!?持ち物奪っといてなんなんだそりゃ!!」

「落ち着け愛生。カトゥール、他には何か書いてないか?」

「んん……??」


渇探流はそう言われて他にも何かないかと天井をくまなく探したが、残念ながらその他に言語のようなものは見つけられなかった。


「残念だが、見つからないな……」

「そうか……」

「ガッカリすんなって!!『光を当てろ』っつーことは、必ずどこかに光源があるはずだ!!切り替えて、もっかい探すぞ!!」


肩を落とす響の背中を、愛生が勢いよく叩いて励ました。渇探流はもちろん諦めるつもりは毛頭無かったので、愛生の言葉に頷いてから、また部屋の探索へと戻って行く。

そうしてしばらく全員で部屋の探索をし、部屋の半分ほどが黒いシミで覆われた辺りで———ようやく、渇探流は床に、枠線のようなものを見つけた。


「これ、開くんじゃないか!?」


遺跡で古代遺物を見つけた時のような興奮を覚えて、渇探流は二人に視線をやる。その瞳はこんな状況だというのに、まるで子供のように輝いていた。


「カトゥール、お手柄じゃん!!」

「よくやった」


大人二人からわしゃわしゃと頭を撫でられ、流石に調子を取り戻してきた渇探流は「そんな場合じゃないだろ!」と言いながら、改めて木目の枠線を注視した。

その枠線は30センチ四方の形をしており、指でなぞってみるが、取手などの凹凸は無さそうに見える。とりあえず渇探流は、全体を押してみることにした。

グッ。と全体を押すが、手応え無し。逆に隅の方は小さなスイッチがあるような感覚がして、渇探流はふむ。と考え込んだ。


「この四隅、スイッチになってるっぽいな。正しい順番で押さないと開かないとかじゃないか?」

「正しい順番っつったって、んなヒントあったか?」

「…………木目?」


首を傾げる愛生に対して、響はそう呟いた。渇探流は木目、木目か。確かにここまで木目が目立っているのになんのギミックもないとか、ありえるのか?と思いながら、改めて床を見つめてみた。そして———ふと、閃いた。


「これ……木目が迷路になってないか?」

「「迷路?」」

「ここ、ここが入り口で、こうなぞると……」

「えっ……あっ……ホントだ……すげぇ……」

「この迷路の順番通りに四隅のボタンを押せばいいのか!?よくわかったなカトゥール!!」

「ええい頭をいちいち撫でるな響!!時間がないんだぞ!!ええと……ここが、こうなるから……」


渇探流はすぐさま迷路を解いて行き、順番に四隅のボタンを押す。すると、パカリと呆気なく蓋が開いた。


「にっ………」

「荷物だーーー!!」

「警棒もスマホもある!!やったぞ光源ゲットだ!!」

「私の棍棒もスタンガンもある!!よかったこれがないと不安なんだよな!!」

「俺のグロック19もあるな、これで一安心だ」


どうやらそれぞれの荷物があったようで、各々装備を取っては身につける。流石この世界の住人というかなんというか、渇探流以外の二人も滑らかに武器を装備した。


「よっしゃ!!んで?なんだっけ?光を当てろだっけ?って、どこに当てりゃいいんだよ!!」

「ノリツッコミが凄いな」

「カトゥールはもうちょい慌てろよ!!お前ホントに神話処女か!?」

「数々のフィールドワークで培った経験があるからな。とりあえずあちこち照らしてみるか」

「賛成だ。そろそろ———黒いのが、床まで届きそうだ」


最後に響がそう言ったように、既に黒いシミ、というか、最初は真っ白だった白木の部屋が、最早黒色のペンキを上からぶちまけたような有様になっている。

更に、黒い部分が増えるにつれて、あたりも何故か暗くなって行っているようだった。今更ながら、この白木自体が発光していたのだと3人は気がついたが、それよりも今は出口である。

3人はスマホのライトを点けると、三度探索へと戻って行った。

しかし、渇探流がスマホのライトを点けようと画面をタップした瞬間———青い、『瞳』が、一瞬だけ、画面に映った気がした。


「……んっ?……んん……??」

「どうした?カトゥール」

「……いや……なんでもない……」


スマホの画面は、今はホーム画面を映している。先ほど見た気がした瞳は、気のせい———

———いや、この世界で、『気のせい』だと断じることが、どれほど危険なことか。今日だけで身に染みたはずだろ、カトゥール・ウェンライト。

先程の、青い瞳、今の渇探流に関係する人物で、青い瞳と言ったら———


『渇探流君』


ウィルフレッドの声が聞こえた気がして、渇探流は思わず辺りを見回した。

しかし、周りを見ても、もちろん愛生と響以外、人は居ない。


「カトゥール?本当に大丈夫か?」

「あっ……ああ、大丈夫だ。すまない。壁なんだが、少し気になるところはあったんだ」


ウィルフレッドの、視線を感じる———気がする。しかし、今は探索が優先だと、渇探流は少々強引に話題を変えた。


「どこだ?今は少しでも情報が欲しい」

「最初の部屋。あそこの壁の一面だけ、少し凹凸があった。ギミックを仕込むならあそこだろ、たぶん」

「もう黒くなって見えなくなっちまってんじゃねぇか?」


焦る愛生に、渇探流は「いや」と声を上げた。


「暗くならないと、逆にわからないのかもしれない」


とりあえず行ってみよう。と、二人を先導し、渇探流は最初の部屋へと戻って来た。


「ここの壁なんだが……」

「……正面から照らしてみても、普通の壁にしか見えんな」

「当て方に問題があるのもしれん。あらゆる角度から当ててみよう」

「大丈夫かよ〜。もう、床まで黒いのが侵食して来たぞ……!?」


心配する愛生をよそに、男二人はあちこちからその壁に、角度を変えて光を当てる。


「ここだな」


渇探流が言った、そのとき。

輪郭が、浮かび上がった。

はっきりと。

扉の形に。

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