神話処女卒業
国防省怪異対策部特務課とか言う胡散臭いが過ぎる施設に戻るや否や、渇探流は護衛の変更をワガママボディの課長に訴えた。めちゃくちゃに訴えたし、赤裸々に帰り際に起きた出来事もノーガードでぶっ放したのだが、課長からの返答は『NO』の一択だった。なんだったら二人の間に身体の関係が以前はあったということまで把握されていた。
「おいこのクソ豚野郎ふざけるなよコイツ以外なら護衛は誰だっていいって言ってんだよそれの答えがなんでNOなんだ馬鹿か?馬鹿なのか?しのごの言わずお前はYESと頷いて護衛を変えればいいんだよビッグピック」
「それが人様に物を頼む態度か!?ただでさえ人員不足なんだよこっちは!!士道を変える?ふざけるなお前の護衛なんて命が一千個あったって務めたくないブラック通り越して漆黒の仕事を自らやりたいと言ってくれている仏みたいな人物なんだぞ!?今までの実績もある!コイツが医里渇探流の死体を持ち帰れなかったことはないんだ!!以上!護衛は変えられない!!」
「このクソやろうが……!!」
「むしろ身体差し出してご機嫌でもとっとけ!!」
「殺す」
渇探流はチョークスリーパーを綺麗に課長とやらにキメて、若干の溜飲を下げた。
そして護衛の交代が叶わなかった渇探流は、現在足早に部屋へと戻っている。さも当然のように隣をウィルフレッドが歩いているが、それも当然のように無視をして渇探流は部屋へと続く道を歩いていると、ウィルフレッドがいつもの冴え冴えとした美貌を微笑ませて、渇探流に話しかけてきた。
「無理でしたでしょう?渇探流君」
「………………………」
「私以外、渇探流君の護衛をやりたがる人なんて、いませんよ」
「………………………」
「渇探流くんには、私しかいないんです。認めて下さい」
「………………………」
「無視ですか?悲しいです」
「……顔が笑ってんぞクソ野郎」
「おや、無視は終わりですか?渇探流君」
「はっ、お前に取っちゃ俺は、医里君、だろ?」
「医里君でも、渇探流君でも、これまで私が守ってきた貴方には、違いがありませんから」
「……俺は、その考え方が、大嫌いだ」
「大嫌いなんて……そんなこと渇探流君に言われたら……ゾクゾクしちゃいます」
「……っ……!!このっ……変態が!!」
渇探流は最後にそう叫ぶと、素早く虹彩認証と静脈認証のロックを開けて、部屋の中へと入っていった。
ウィルフレッドも部屋の中までは入ってこないようで、ドアの隙間から、笑顔でこちらに向かって手を振っているのがチラリと見えた。
バタン!!と、思いっきり扉を閉めると、渇探流はベッド———ではなく、机の更に奥、数多の書籍が置いてあるスペースへと足を踏み入れた。
ザッと書籍の背表紙を見てみると、『この世界の歩き方』や『犯罪に遭わないためにできる100のこと』だの、生活関係の本が半分、もう半分は、日記?なのかなんなのかはわからないが、背表紙に何も書かれていない本が、大量に置いてあった。
とりあえず渇探流は『この顔に、ピンときたら即逃げろ』という本を取ってみて、パラパラとめくってみる。そこには顔写真付きで犯罪者の顔や経歴、犯罪歴までもが載っており、ここまで有名(?)なのに、本当に警察は何をやっているんだ……?と渇探流は思ったが、その本と、あと数冊を手に取ると、机に持って行き、早速読み始めた。
まず手始めに犯罪者の本を読み進めてみたら、先程見た顔、賀茂黄船の写真が載っていたので、思わず熟読した。
賀茂黄船———カラーギャング『黄巾党』のトップであり、金さえもらえれば人攫いから殺人までなんでもやる。トカゲの尻尾切りは一番勘弁して欲しいところなので、誰も信用しないし金次第で雇用主もすぐ裏切る。闇社会での信頼は無いが、金さえ払えばなんでもやる。という部分は重宝されており、あっちこっちから依頼を受けては日々金稼ぎに邁進している。などと言うことがザックリ書かれていた。
「金さえ払えば、なんでもやる……ねぇ?」
渇探流は試しに支給されたスマホで、『医里渇探流、懸賞金』で検索してみた。そしたら自分の脳の懸賞金額が普通にヒットして、泣きたくなった。いや泣かないけれども。
その金額、約10億である。
確か、サラリーマンの生涯賃金が3億ぐらいだったか。確かに渇探流の脳みそさえあれば、遊んで暮らせるという言葉は真っ赤な嘘というわけではないみたいだ。
しかし、渇探流はスマホで自分の預貯金を調べると、10億など鼻で笑ってしまえるほどの金額が出てきて、首を傾げた。
「これは……自分で護衛……雇えるんじゃねぇか?」
そう呟いてから、いや。と、渇探流は自分で自分の言葉を否定した。渇探流が今現在所属している組織は国家機密に属している組織らしいし、だからこそその内部を記憶している———以外にも理由はありそうだが———渇探流の脳みそにこんなにもの懸賞金がかけられているのである。
外部の人間をホイホイと雇えるのならば苦労はしないのだが、これは無理と考えたほうがいいだろう。それに、あのムカつく課長が「ブラック通り越して漆黒」とまで言ったのだ。渇探流の護衛を。生半可な護衛は己の身を滅ぼすと考えたほうがいいだろう。
「……八方塞がり……なんだが……?」
組織外の人間はまずあの課長が許さない。組織内の人物は渇探流の護衛はブラック通り越して漆黒。と認識されている。
つまりはあのど変態野郎、ウィルフレッドを頼るしか現場はない。と言うことで。
「あ〜……やる気が……ダン・ラリーの屈託のない笑顔に、俺は割と……救われて……いたん……だな……」
ウィルフレッドの暗く、氷のような、うっそりとした微笑みと、ダン・ラリーの太陽のような笑顔を脳内で比べながら、渇探流は机の上に突っ伏した。
———そしてどうやら、そのまま、寝落ちしてしまったようだった。
「———ぃ……お……い……ーい、おいってばー、起きろー」
寝落ちてしまったと、思ったのだが、誰かの———女性の声によって、渇探流の意識は浮上した。
「……ん……?んん……??」
ゴシゴシ。と目を擦り、ハタ。と、なんで女性の声が聞こえたのかと、渇探流はガバリと身体を起こす。
「あっ、起きた?君が一番最後だぜ?PvP形式じゃなくてよかったな!!」
「…………………またかよ!!1日で何回この不思議現象に遭えばいいんだよ俺は!!」
ダンッ!!と、渇探流は握った拳を床に———そう、白い床に、叩きつけた。
「その様子だと、神話事件巻き込まれるのは初めてじゃないな?ど素人ではなくてよかった」
今度は男の声が聞こえて来て、思わず渇探流は身構えたが、ウィルフレッドとは似ても似つかない声音だったのですぐに肩の力を抜いた。
「とりあえず全員起きたし、自己紹介からだな!!私の名前は皆吉愛生だ!何でも屋をやってるぜ!猫探しからストーカー退治まで、なんでもござれだ!!ちなみに結構な数こんな目に遭ってる継続探索者だぜ!運も地頭もよくないから考える系は期待するな!!」
ニカッ!と白い歯を見せて笑う、顔に大きな傷跡のある女性が初めにそう名乗る。着ている服はフード付きのパーカーにGパンと、動きやすそうな服装だ。
渇探流はまた出た『探索者』という言葉と、新たに出た『継続探索者』という言葉にハテナマークを飛ばしていると、今度はスーツを着た男が滑らかに自己紹介を始め出した。
「俺の名前は白石響という。職業は刑事だ。優秀な、刑事だ。そこのところ間違えるなよ。俺は無能なそこらの刑事とは違うんだ。ちなみに、俺も継続探索者だ。踏んだ場数は結構あるぞ。俺を頼れ民間人どもよ」
長めの黒髪に黒目の男は、自信満々に己を指さした。そして、二人して未だに床に座っている渇探流に視線を向けてくる。まるで、次は渇探流の番だとでも言うかのように。
「……カトゥール・ウェンライトという者だ。国籍はアメリカで、考古学、民俗学、言語学を主に専攻している。頭を使う作業は得意だが、腕っぷしには———」
と言いながら、渇探流は己の腰にグロック19が無いことを確認して、少し肩を落とした。
「……自信がない。何かあっても、頼らないでくれ」
「OK!!頭脳労働担当ね!!いい感じに今回は集まったんじゃない!?」
「回避はあるのか?もちろん民間人は守る対象だが、最低限の自衛はできるのか?」
「回避?は、多分、ある。避けるのは得意だ」
「そうか、それなら戦闘になっても相手に集中でき———警棒がない!?……道すがら棒状の物があればいいんだが……」
「一気に不安になったんだが……とりあえず、ここはどこなんだ?お前らはずいぶん落ち着いているし、タンサクシャや、ケイゾクタンサクシャとやらは、いったいなんなんだ?」
「「………………神話処女かよ!!」」
二人揃っての大声に、渇探流はビックリして一瞬固まった。
シンワショジョ、とは?
自分の身体がある意味もう穢れてしまっていることがわかってしまったことで、渇探流は『処女』という言葉に敏感に反応してしまったが、そこは意地で表情には出さなかった。
そんな渇探流のことは露知らずに、二人は同時に頭を抱えた後、生温い目線を渇探流に送ってくる。そしてパチパチと二人しておざなりに拍手をしながら、こう言ってきた。
「神話処女卒業、おめでとう」
「ああ、おめでとう。こちら側にようこそ」
「なっ、なんなんだ?シンワショジョとはなんなんだ!?ちょっとそこら辺を説明してくれ!!頼むから!!」
渇探流が立ち上がって二人に説明を求めると、なんとも生温い、憐憫の視線を向けてくる響に対して、愛生と名乗った女性が人差し指を立てて解説をしてくれた。
「神話処女って言うのは、神話事件の渦中に巻き込まれたことのない、とーーーっても珍しい人間のことだよ」
「いるにはいるんだよな、この世界で奇跡的に神話事件に巻き込まれたのとのない人種……前世どれだけ徳を積んだのか……」
「んで、探索者ってのは私らみたいに、一度でも神話的事件に巻き込まれて生き残った人たちのことの総称。生涯一度だけで終わる人もいるっちゃいるんだけど、大抵は連続して神話的事件に巻き込まれる。継続して神話的事件に巻き込まれるから、継続探索者ってこと」
「……なるほど……?」
「君、お上りさんか?アメリカ国籍と言っていたし、この国に来たばかりなのか?それとも、アメリカからここまで飛ばされて来たのか……?」
響が渇探流にそう話しかけてきたので、渇探流は「この世界に来てまだ1日目だ」と、簡潔に答えた。世界?と、響と愛生は首を傾げたが、探索者同士であまり込み入った話をするのはよろしくないとされている。
二人は「お上りさんか」という認識で渇探流を見ることにし、1日目から神話事件に複数回巻き込まれた可哀想な子として扱うことを決定した。見た目からして1番若かったのが渇探流であったことも大きい。
さて、と言いながら、愛生は両手をパンと打ち鳴らした。
「時間制限があるタイプだと困るから、早速探索といきましょうか!!」
「白い部屋だと思ったが、よく見たらこれ、白木だな?よく見ると木目があるぞ」
「……テキパキしてるなぁ……」
渇探流は早速部屋を探索し始めた二人の対応力というか、これも慣れなのかというある意味感嘆の視線を向け、自身も探索とやらをするために辺りをとりあえず見回してみた。
白い、四角い部屋だ。パッと見で白い箱型の部屋には何も置いておらず、白に紛れて何か白い紙が落ちている、とかもなさそうだった。
次に、渇探流は自分の探索をした。服装は昼間に来ていた黒いロンTにダボついたGパンであり、白衣もしっかりと着込んでいる。しかし、財布やスマホなどの持ち物はもちろん、腰に差したまま寝たはずのグロック19までもが無くなっていた。
攻撃手段を奪われたのは痛いな。
と思いながらも、響が言っていたように壁をよく見てみる。そこは確かに木目になっており、この部屋は木でできているのだと言うことがわかった。
「特に、扉らしきものは見当たらないが……?」
「そこは、探索者の腕の見せ所でしょ〜」
「ふっ。優秀な俺に任せておけ」
頼もしい二人の言葉に渇探流は一応頷いたが、これでもフィールドワーク熟練者である。二人だけには任せてられないと、とりあえずは怪しさしかない壁を伝い、何か異変はないかと探し始めた。
渇探流、ついに探索者デビューである。




