チェイス終了と仲違い
———さて、チェイスのルールを説明するわね!
ウィルフレッドは人混みの中、渇探流というお荷物を抱えたまま、相手から逃走しなければならないわ!
必要な技能は宴の中、酔っ払いどもを避ける『回避』、および追手とのDEX対抗ロールよ!渇探流というお荷物を持ってるから両技能値ともにマイナス20あたりの補正が妥当かしらね!
ちなみに追手のDEXは両方とも11とするわよ!
「怖い怖い怖い怖いなんか頭の中に謎の説明が直接叩き込まれるなんだこの現象怖い怖い怖いぞ!!」
「探索者特有のルール説明です。今回は私達が『探索者』側のようですね」
「なあその謎に共通言語っぽい『探索者』ってのはなんなんだ!?」
叫ぶ渇探流の頬を銃弾が掠めていき、流石の渇探流も小さく悲鳴を上げた。自分一人ならば回避することにも自信はあるのだが、その全権が今現在ウィルフレッドに握られているというこの状況が怖すぎる。死ぬんなら他人の失態ではなく自分の失態で死にたい。彼はそんな男である。
「渇探流君の頬に傷が!?チェイスはやめて応戦に切り替えるか……!?」
「馬鹿か!?レストランでカラーギャングのあの人数を見ただろ!?相手して時間使ってたらいくらでも増えてくるぞアイツら!!」
「渇探流君がそう言うのでしたらやめておきます!!」
「おっ、おう……」
こう言う時YESマンはやり易いが、コイツはそれでいいのだろうか?と渇探流は思ったが、また脳内に直接女性の声が響き始めた。
———さあ!運命のダイスロールよ!!チェイスの終了条件は3度、『回避』及び『DEX対抗ロール』に成功することにするわね!!まずは1度目!!
——————成功!!人混みもあって相手から少し離れられたわね!さあ!敵の行動よ!!
「ちょっ、待て待て待て強制か!?強制的に相手のターンに行くのか!?無理があるだろうせめてそのマイナス補正とやらを相手にもつけろ!!これだけの人混みかつ狂乱なんだ!!相手の攻撃も当たる確率下がるだろう!?」
———ふんっ、探索者のゴネを認めてあげる寛大な神よ私は!……いいでしょう!相手の攻撃にもマイナス補正!マイナス……そうね……結構人混みでごちゃごちゃしてるし……離れてるし……マイナス30辺りいっちゃいましょうか!!
「なんかよくわからんが通った……!!」
渇探流が小さくガッツポーズをすると、敵から発砲音が聞こえてくる。その攻撃はあらぬ方向へと飛んでいき、渇探流達にかすりもしなかった。
———さあ!続いてウィルフレッドの行動よ!
「待て!!俺の行動は!?さっきもすっ飛ばされた気がするが!?」
———お荷物に行動権があるわけないでしょう!?
「ウィルフレッドやっぱり降ろせ!!俺も走るぞ!!」
「嫌です絶対に離しません」
「ファーーーーック!!」
———おっ?振り解くならSTR対抗出来るわよ?する?しちゃう?
「渇探流君やめて下さい。そんなことやってる間に追いつかれます」
「クソッ……!!やりたいがウィルフレッドの言葉が正論すぎる……!!」
———あら、やらないの?つまんなーい。じゃあ、ウィルフレッドの行動よ。
——————と、ここから先は泥沼の様相と化したので割愛するが、なんとかウィルフレッドと渇探流はカラーギャングから逃げ切ることが出来た。
途中で相手の弾が渇探流を持つウィルフレッドの腕に当たりそうになった時に酔っ払いが倒れ込んできて頭を爆発させたり、人間と蟻のキメラみたいなやつの大名行列みたいなものに巻き込まれたりもしたが、なんとか二人は逃げ切ったのだ。
そして現在、ウィルフレッドと渇探流は人気のない路地裏で、二人して座り込んでいる。
ウィルフレッドは言わずもがな、渇探流も長時間俵担ぎをさせられていたせいで頭に血が上り、クラクラと視界が揺れていた。
いつの間にか、ダイスの女神っぽい何かの声も聞こえなくなっている。本当に超常現象が通常過ぎて、渇探流は早くも感覚が麻痺してきた。
二人でしばらく息を整えていたら、ウィルフレッドが渇探流のそばへと寄ってきた。
疲れ切った渇探流はそれを無言で見上げたが、構わずウィルフレッドは渇探流の目の前にかがみ込み、渇探流の頬を壊物のように優しくすくう。
「なんだ?ウィルフレッド」
「頬の傷が……」
「ああ、これぐらいなんとも」
ない。と言おう出したとき、ぬと。と、頬に生暖かい、湿った感触がして、渇探流の時が止まった。
ヌル。と、それが頬を滑ったとき、ようやくそれが、頬を這うそれが、ウィルフレッドの舌であると気が付き、渇探流は思いっきり腕を横凪に振り抜いた。
しかし、その腕は容易くウィルフレッドに受け止められ、掴まれる。
「ウィルフレッド……!?おまっ、やめろ!!」
「消毒です」
「逆に雑菌が入るわボケェ!!やめろって!!このっ……!!」
渇探流は座り込んでいたため、態勢的に足が使えない。腕も片腕は抑え込まれ、もう片方の腕でウィルフレッドの肩を押してみるが、やはりと言うかなんと言うか、ウィルフレッドはビクとも動かない。
ヌトヌトと、その間も執拗にウィルフレッドの舌は渇探流の頬を這う。渇探流はこのセリフを言うのはものすごく嫌だったが、この蛮行を止めるために、やむなしに口を開いた。
「ウィルフレッド!!止めないと……その……嫌いになるぞ!!」
「………………嫌い、に?」
俺は幼稚園児かというセリフを吐いてしまって、渇探流の顔面が恥辱で赤く染まる。
ウィルフレッドは渇探流の言葉を聞くと、ピタリと動きを止め、舌を、というか、顔を渇探流から離した。
これ幸いと渇探流は立ちあがろうとしたが、ウィルフレッドに両腕を掴まれ、阻まれる。またウィルフレッドに効果がありそうな文句を言うべく、渇探流は彼を見上げた。
そうしたら。
そこには、恍惚の笑みを浮かべた、冴え冴えとした美貌があって。
ひゅっ。と、渇探流は文句を言おうとした言葉が、喉奥に引っ込んだ。
「私を、嫌いになるんですか……?渇探流君には、私しかいないのに……?」
「べっ、別に!!お前がいなくたって……!!俺は、一人でもやれる!!」
「カラーギャング、ヤクザ、マフィア……他国の諜報員と、一人でやりあえると?」
「……それは……組織の人間がなんとかするだろ。一応、俺が死んだら困るんだろ?お前らは」
「渇探流君が死んで、本気で困るのは……私だけですよ。渇探流君の代わりは、いくらでもいます」
「はああ?それじゃあ、なんで他の世界線の俺まで呼び出して、この世界を守らせてるんだよ。矛盾してるじゃねぇか」
「最初から仕込むより、もう仕上がっている人間の方が手間が少ない……それだけの話です」
「なっ……!!」
ガッ。と、渇探流の頭に血が上った。そんな、ただそれだけの理由で、自分の世界線から精神をこの世界に飛ばされた身としては、看過できない言葉であった。
渇探流はウィルフレッドに掴まれている腕に力を入れるが、やはりピクリとも動かない。どれだけ力の差があるのか、ウィルフレッドは涼しい顔をして渇探流の動きを封じている。
「ふざけるな!!俺には俺の生活があったんだぞ!?境界現象研究大学で教鞭を取り、研究に打ち込み、世界各国の古代ロマンを掘り起こし、未知の民族の生活体系を解き明かす仕事があったんだ!!とてもやりがいのある仕事が!!それを……!!それをお前らのせいで……!!」
プロフェッサー!と、己の名を呼ぶダン・ラリーの笑顔が浮かんで、渇探流はガサガサの唇を噛み締めた。
「期待してる……生徒だっていたんだ……!!俺は……他の世界線の俺とは違う……!!ちゃんと、『俺の世界』を持った、俺なんだ……!!」
渇探流が血を吐くようにウィルフレッドに訴えたが、冴え冴えとした美貌はとても———とてもつまらなさそうに渇探流の話を聞くと、また、恍惚の笑みを浮かべた。
「でも、もう、その世界には、戻れませんよ。渇探流君」
「……諦めるかよ……!!」
ギリッ。と、奥歯を噛んで、渇探流はウィルフレッドを睨みつける。
「絶対、絶対に元の世界に戻ってやる……!!この世界がどうなろうと知ったこっちゃねぇ……!!俺は、俺自身のために、元いた俺の世界へと帰る……!!」
「そうですか、それでは、応援しておりますね。渇探流君」
一目で嘘だとわかる言葉に、渇探流は更にウィルフレッドを睨みつけた。ウィルフレッドは睨みつけてくる渇探流に、うっそりとした笑みで見返して———唐突に、渇探流に口付けた。
「………………………っ!?」
ビクッ!と、渇探流の肩が跳ねる。すぐさま離れようとしたが、ウィルフレッドの大きな掌が渇探流の後頭部を掴んで、頭を動かせなかった。
しかし渇探流は、思いっきり抵抗を試みた。ウィルフレッドの肩を叩いたり、引っ掻いたりしたが、それでもウィルフレッドは涼しい顔をして———我が物顔で、渇探流の口の中に舌を無理矢理、ねじ込んできた。
「むっ……!?」
流石の渇探流もこれには焦り、思いっきり舌を噛んでやろうとして———ヌト。と、舌が口内で動いたかと思うと、突然、痺れるような快感が全身を襲って、渇探流の動きがピタリと止まった。
その間に、ウィルフレッドの舌が、渇探流の口内を蹂躙する。
上顎から頬、歯列をなぞり、舌を当たり前のように掬って、絡ませる。
ぐちゅり。と、湿った音が、やけに卑猥に響いた。
渇探流の息が勝手に上がり、全身の———認めたくはないが、腰の辺りがズンと重くなる。このままでは、下半身が反応してしまいそうだった。
なんで、どうして、気持ち的には気持ちが悪いだけのはずなのに、身体のこの反応は、なに———?
渇探流が混乱しながらも、ぼうっとしてくる脳内を必死に動かしていると———唐突に、答えにたどり着いた。
———あっ、コイツ、身体は、調教済みなのか。
ザッ。と、今度は渇探流の頭から血の気が引いた。
以前のコイツらの関係なんて知りたくもないが、『今の』渇探流は、ウィルフレッドとどうこうなるつもりなんて、微塵もないのだから。
渇探流の身体は舌を絡め返し、もっと、もっととウィルフレッドを求めそうになるが、渇探流は気力のみで身体の制御権を取り戻すと、ウィルフレッドの舌に、思いっきり噛みついた。
「っつ……!!」
余程予想外な行動だったのか、意外にもあっさりとウィルフレッドの顔が離れる。渇探流は肩で息をしながら、思いっきりウィルフレッドを突き飛ばした———が、その反動で、ウィルフレッドではなく自分が後ろへと少し下がった。
———身体が、火照る。
真っ赤な顔をしてゴシゴシと拳で唇を擦りながら、渇探流は高ぶる身体に反抗して、腰のグロック19を引き抜いた。
「このっ……!!変態野郎が……!!お前の×××をぶち抜くぞ!?」
「……医里君が……反抗、した……?」
「俺を医里と呼ぶな!!」
快感で震える腕で、渇探流はグロック19の安全装置を外す。
ああくそ、震えるな、俺の腕。
ウィルフレッドはまるで信じられないものを見るような目で渇探流を見ている。その瞳は、『渇探流』自身を捉えておらず、過去何度も犠牲になった『医里』達を、見据えているようだった。
ああ———吐き気がする。
「俺の名前は!カトゥール・ウェンライトだ!!境界現象研究大学で最年少の教授になり、考古学、民俗学、言語学を専門に研究している、学者だ!!俺は、お前が知っている『医里』じゃあ、ない!!」
「……………………」
口の端から血を一筋流しているウィルフレッドは、不気味に沈黙した。しかし、その瞳だけはドロドロとした感情をごった煮にしたような、ヘドロのような視線で、渇探流を見つめている。
少しでも妙な動きをしたら、本気で撃ってやるつもりで、渇探流は銃を構え続けた。
しばらく膠着状態が続き、渇探流の身体の火照りも冷めてきた頃———ウィルフレッドが、両手を上げた。
「……焦りすぎました。すみません」
「もう、二度とこんなことはするな!!今度は本気で、そのお綺麗な面に風穴開けるぞ!?」
「できるものなら、どうぞ。医里君に殺されるのなら、本望です」
「だから、俺を医里と呼ぶな!!」
「失礼、渇探流君」
ニコリ。と、ウィルフレッドは笑った。渇探流は完全に熱が冷め切った身体に腕を回して、自分自身を抱き締める。
もちろん、片手のグロック19はウィルフレッドに照準を合わせたままだ。
「……護衛を変える。お前以外なら誰でもいい」
「そうですか。叶えられるといいですね」
「……ファック!!」
渇探流は銃を下ろし、安全装置を掛け直してからホルスターに入れ直した。そしてすぐさま、その場から立ち上がり、歩き出す。
帰りたくはないが、帰りたい。とにかくウィルフレッドから、離れたい。
そんな気持ちで、渇探流はスマホ片手に、足早でその場を離れた。もちろん、ウィルフレッドは当たり前のように隣を歩いて来たが、視線はやらない。
そんな冷え切った空気の二人を、路地の先から見る影が一つ。
「あら〜……?今回ぃの『医里渇探流』は、ホンマ規格外どすなぁ……?これは、やり方によってはぁ、もっと稼げるんとちゃいまっか……?」
賀茂黄船は、遠ざかる二人を見ながら、頭の中で算盤を弾いていた。




