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日常と非日常

本作は「株式会社アークライト」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『新クトゥルフ神話TRPG』の二次創作物です。


神話生物の自己解釈、改変を含みます。

「待って!待って下さい!医里君!」


その男は、力のかぎり叫んだ。

目の先、三メートル程離れた先にいる小柄な人影に手を必死に伸ばしながら、しかし、襲いくる氷混じりの寒風に、その男は一歩も踏み出せずにいた。


「士道さん——————今まで、ありがとうございました」

「そんなこと言わないで下さい!逃げましょう!早く!まだ間に合います!」

「もう、間に合いませんよ」


クルリ。とその男を振り返った青年は、随分と疲れた表情をしていた。


「ようやく、これで終われるって。ちょっと僕、安心しているんです」

「終われるってなんなんですか!貴方にはまだこれから、幸せになるっていう義務があります!勝手に終わらせないで下さい!」


士道と呼ばれた男がそう叫ぶと、医里と呼ばれた男は、微かに笑った。笑った後に——————何も言わず、再び、前を見据えた。


その先、かの神が降臨せし、台風と雪の中。


一目見たら万人が発狂する、名状し難い、旧き神。


その神を見据えながら、医里——————医里渇探流いざとかたるは、人の耳では聞き取ることさえ困難な呪文を、紡ぎ出した。


「やめて下さい!医里く——————」


士道の声は、一層強くなった暴風によって、かき消された。


その日、一人の青年を犠牲に、世界の平和は守られた。


『——————おい!急げって!あの教授の授業に遅れたら、それだけでマイナスされんだぞ!?』

『わかってるよ!でもまだ始業の鐘鳴ってねぇから大丈夫だろ!?』

『ばっっかお前知らねぇのかよ!?あの教授はジャパニーズらしく、時間には——————』

『五分前行動だ。ガキども』


ガラリと大学の講堂の扉を開いた生徒二人をギョロリと睨み付け、御年二十歳という若さでプロフェッサーという立場に君臨する『医里渇探流』は、教鞭をペシリと肩に当てた。

——————ここ、ミスカトニック大学は、世界有数の奇人変人が集う大学として、世界一有名な大学である。

馬鹿と天才はなんとやら、と日本の諺でもあるように、各国の奇人変人が集うこの大学は、天才やエリート達が集う登竜門、「この大学を卒業出来たら後の人生はイージーモード」と世間から認知されている程の、エリート大学である。

しかしこの大学には、コネや年齢、貧富の差などは、露ほども関係がない。

『実績』

この一点でのみ、これ以外で評価される物は、者は、何も無い。

その中で、十ニ歳という若さで単身アメリカに留学し、飛び級に継ぐ飛び級であっという間にミスカトニック大学に入学からの卒業&就職をキメたのは、やはり奇人かつ変人である、一人のジャパニーズであった。

その風貌はとても『爽やか』とも『清潔』とも言えず、ついでに言うと博識にも見えない。

頭はジャパニーズ特有の真っ黒な髪があちこちに飛び跳ねており、まるでぐちゃぐちゃにした鳥の巣のようであったし、ローティーンに間違えられる顔には似つかわしくない、目の下の濃い隈。この隈が無くなったところを見たことがある奴はいない。そして眼光は鋭く、全体的に可愛らしいと表現してもいい顔の作りをしているにも関わらず、その眼光と隈が全てを台無しにしているという、大変残念な人物であった。

そして黒いロングTシャツにダボついたGパン。そのベルトにはいつでもグロック19が専用のショルダーホルスターに括り付けられており、発砲しているところは誰も見たことが無いが、いくら銃社会とは言え年がら年中銃を携帯している非常識野郎は彼ぐらいの者である。そしてそれを許す大学も大学である。

それを隠すように、何故かいつも薄汚れた白衣を着ている。何故プロフェッサーはいつも白衣を着ているのですか?との純粋な学生の問いに『白衣を汚すのが好きだから』と答えたらしい。つまりは語学の天才と称される医里渇探流は奇人であり、変人なのである。

その薄汚れた白衣をバサリと翻し、医里渇探流は改めて学生二人を睥睨した。しかしその口元はニヤニヤと笑っており、これから二人に対する罰を言い渡すのが心底楽しいという内心が漏れ出ている。そして芯の通ったテノールの声音で、意地悪く、朗々と医里教授は生徒二人に言い放った。


『他の授業なんぞ知らん。だが、俺の授業には五分前には来い。学生証を出せ。マイナスだ』

『『BOOOOOO!!』』

『ほう、マイナス一点じゃ足りないとは、余程俺が出すテストで良い結果を残せる自信があるみたいだな?』


ニヤリと悪辣に笑う、アメリカ人から見ればローティーンの見た目は子供、実年齢は大人なプロフェッサーは、『実行しないことは口に出さない人物』として、良くも悪くも有名であった。


『プロフェッサー!すいませんでしたぁ!』

『どうか!どうか一点で許して下さいお願いします!』

『ほう、その潔いジャパニーズDOGEZAに免じて、今回は一点で許してやろう。キャロル・トゥーソン、オーウェン・ダンスト。始業時間だ。席に付け』


その言葉と共に、本当に始業開始の鐘が鳴った。名前を一字一句間違えずに告げられた生徒ニ人は、『最初から学生証なんて必要無かったんじゃねぇかファック!』と内心で思いながらも、慌てて空いている席へと着席した。

そこからは、医里渇探流先生の楽しい楽しい考古学()の授業の始まりである。

何故考古学()であるかは、考古学にそれ必要?という謎知識から、英語からいきなりヘブライ語で板書がされ始めたり、ラテン語を書きながら日本語でその文の説明を始めたり、『こいつ教える気ゼロだろ』と言わんばかりの無茶振りのオンパレードが、九十分間休みなく行われるからだ。

この授業についていける生徒は、いかに天才が集まるミスカトニック大学の生徒と言えど、ごく僅かである。

生徒は皆必死に板書し、理解出来なかった部分を後に生徒全員で持ち寄り、それでもわからなかった部分はミスカトニック大学が誇る世界一の蔵書数を有する図書館で調べ、それでもわからなかったところをプロフェッサーに聞きに行くのである。

ちなみに最初からわからなかった部分をプロフェッサーに聞きに行くと『貴様は自分で調べもせず、口を開けて待っていれば回答が与えられると思っている凡愚か?』と言われて、マイナスを喰らう。性格が悪過ぎるプロフェッサーとしても彼はこの奇人変人が集う大学で、割と有名な方である。このクソみたいな性格を持ってしても『割と』という評判なのが、ミスカトニック大学の凄いところであろう。

何故皆、このクソの煮凝りのような授業を受けるのか?というと、答えは簡単、卒業した生徒はほぼ必ず聞かれるのだ。なんなら就職面接で聞かれるのだ。『ちなみに、カトゥール教授の講義は修了出来たかね?』と。

十五歳でミスカトニック大学に入学、『語学の天才』という言葉を体現した神童として、医里渇探流はミスカトニック大学でもあっという間に有名になった。『何ヶ国語話せるのか?』という問いに、『話せない言語を数える方が早い』と答えるローティーンは、そのまま受けられる講義を全て受け、あっという間に大学卒業の権利を勝ち取ると、十七歳で助教授としてミスカトニック大学に就職、次の年には準教授、次の年には教授と、十八歳にしてプロフェッサーに就任したのだ。

世界で一番若いプロフェッサーの誕生だと、当時は全世界で騒がれたものである。

そしてミスカトニック大学にその時在籍していたものは、彼の規格外な言語能力とフィールドワーク力、研究に対する熱意を知っている。もちろん噂はOGから企業にも伝播したし、なんなら学会で渇探流教授が発表する論文や研究発表などでも、大学とは関係なく彼の優秀さと苛烈さを知っている人物も多かった。医里渇探流は、それほど有名な人物なのだ。

という訳で、『あの渇探流教授の授業で合格をもらえたか?』という問いに『YES!!』と笑顔で答えられたら、はい合格。という企業も多いのだ。もちろん裏取りは既にされているので、嘘を吐いたら不合格である。

更に、渇探流教授の授業を修了出来た生徒は、皆あらゆる意味で打たれ強く、チームで動くことに協力的で、そして皆、優秀であった。

ほら、共通の敵がいると結束力が強くなるというアレである。

そして、ミスカトニック大学を卒業した生徒は、ミスカトニック大学を卒業した人材が多い企業に就職したがる。これも単純に『自分のレベルは世界一である。それに相応しい企業も世界一であるべきだ』と、皆が思っているからだ。アメリカ人あるあるである。というのは半分冗談で、ミスカトニック大学を卒業出来るのは奇人変人率が九割を超えるので、普通の企業だとその才能を活かせず潰してしまう。潰されてしまうということも多いのだ。なので、ミスカトニック卒でも問題なく働ける会社に皆集まる、という理由もあるのである。

とまぁ、そういうわけで今回も地獄のような授業が終わり、終了の鐘が鳴ると共に渇探流教授は『わからないことがあったら聞きに来るように』と最後に残し、しばらく生徒達の様子を観察してから教室を出て行った。

何故すぐに出ていかないのかと言うと、質問がある生徒を待っているわけでは全くなく、授業を受けた生徒全員が寄り集まって授業の解読に勤しんでいるのを確認しているのである。

これに不参加の人間の顔は覚えておいて、あとでそいつが質問をしに来たときに『ちゃんと自分で調べたか?』と、尋ねるためである。基本的にこの男の性格は捻じくれまくっている。

もちろん『調べました!』なんて言ってきた時はネチネチとどの文献の何処を参照したのか質問しまくるつもりだ。まぁ、このプロフェッサーの性格の悪さを知らない者は誰もいない(なんせ新入生にもいないレベル)ので、ガヤガヤと生徒達は全員参加で『ヘブライ語担当〜!』や『日本語わかるやついたっけ!?アレックスは!?』『ガールフレンドとデートだとさ』『死ね!!』『学問よりガールフレンドとか余裕だなあいつ死ね!!』などと、今回も白熱した議論を交わしているみたいだ。苦労しろ若人よ。

そんなことを考えながら、汚れた白衣を翻し、医里渇探流は己がフィールドワークに行っている間の課題を制作するために、大学から与えられた教授室へと足を運んで行った。


『プロフェッサーカトゥール〜!』

『……ダン・ラリー。廊下を走るな』

『それはジャパニーズの文化でしょう?プライマイリースクールでもあるまいし。プロフェッサーはなんだかんだ自国を大切に思ってますよね』

『ダン。貴様の妄想癖はとどまることを知らないな。ファンタジー作家になることを勧めるよ』

『またそうやって遠回しな嫌味を言う!ここはアメリカですよ!?イギリスじゃないんですからね!?』

『用件はなんだ。課題の提出期限は延ばさないぞ』

『数人しかいないゼミ生に冷た過ぎませんか!?そうじゃなくてランチですよ!プロフェッサーは目を離すとすぐに食事を抜くんですから!ランチ食べに行きますよ!』

『……君はつくづく、お節介だよなぁ……』


自分よりも二十センチは高い金髪碧眼の青年を見上げて、渇探流はため息を吐いた。そばかすがチャームポイントのこの青年は、生来のお節介体質なのか、はたまた可愛い弟がいるという話のせいか、このクソ面倒臭い性格をしている渇探流に何かと構ってくる変わり者なのだ。いや、この大学に在籍している九割が奇人変人なのだから、一周回ってダンは正常なのかもしれない。


『ランチを取っている暇があったら、俺は次のフィールドワーク期間中の課題を作る』

『次は何処に行くんですか?ちゃんと現地ガイド頼んでます?』

『アマゾン奥地に住んでいると言われるルススティラ族の食人文化について取材してくる』

『ヤバさ100%じゃないですか。現地ガイド本当に付けて下さいね?プロフェッサーが食べられるフラグ立ちまくってるじゃないですか。というかプロフェッサー、専攻は考古学ですよね?』

『正しくは考古学と民俗学だ。付随して言語学も入ってくる』

『……改めて天才ですよね、プロフェッサーは』

『天才?』


渇探流はダンを睨み付けた。普通の生徒なら裸足で逃げ出す睨みなのだが、ダンはこんなのは慣れっこなので平気な顔をして渇探流を見下ろしている。

渇探流はハンッ。と馬鹿にしたような声を出すと、片目をすがめてまた前を向いた。


『天才という言葉は嫌いだ。俺はただ、自分が好きな物を突き詰めて研究したいだけだ。ただそれだけに、全力を注いで生きているだけだ』

『それで弱冠二十歳にしてミスカトニック大学のプロフェッサーなんですから、やはり天才なのでは……?』

『違う。俺は天才ではない。秀才だ。話はもういいか?俺は自室に戻るぞ』

『あっ!プロフェッサー!ランチ!取らないつもりならテイクアウトして持って行きますからね!?』

『……君はつくづく、お節介だなぁ』


渇探流はよくよく見ないとわからない苦笑をすると、ダンに二人分のランチ代にしては少し多目の紙幣を押し付けた。

ダンは、この性格が捻くれまくっていて、毒舌で、どSなプロフェッサーが、実は懐に入れた人物には、割と優しいことを知っている。本当に割とだが。


『流石プロフェッサー太っ腹!ランチはサンドイッチでいいですか?』

『片手で食べられる物ならなんでもいい』

『わかりました!買ったらすぐに行きますから、ちゃんと教授室に居てくださいよ!』

『用事ができなかったらな』

『ランチタイムに用事を作らないで下さい!』

『わかったわかった』


ヒラヒラと渇探流が手を振って、教授室へと足を向ける。ダンはちゃんと渇探流が教授室へと向かったのを確認すると、食堂へと足を向けた。

まさか、この会話がプロフェッサーとした最後の会話になるとは、思いもせずに。

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