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でたな、真犯人!

「ジルベルト殿下が来たって!?」


 バァン!

 豪快な音を響かせて、ユーフェミアの部屋のドアが開いた。


 聞こえてきたCVとテンション、そしてこのタイミングで誰が来たのかなんとなく分かった。

 が、一応視線を戸口に投げる。

 結果、予想通りの人物をその視界に捉えてため息をついた。


「もうお帰りになりましたよ、ラルフさま」


 わたしの代わりに、花瓶に薔薇を生けていたギルバートが答えた。

 声の主――伯父のラルフ・ガードナーがあからさまに落胆した顔になる。

 というより、口の中で小さく舌打ちすらしたように思う。

 

 そんな見るからに悪人顔の伯父さまがベッドに近寄ってきて、先ほどまでギルバートが座っていた丸椅子に腰掛けた。


 ちなみにわたしは、ジルベルトが帰るやいなや、青ざめた顔をしたギルバードの手で無理矢理ベッドに戻されていた。


「で? ジルベルト殿下は婚約の約束をされたのか?」

「どうしてそれを……?」


 びっくりして素っ頓狂な声を上げると、なにをいっている、と伯父さまも負けず劣らずの驚き顔を作った。


「決まっているだろ! お前の体に傷をつけたからだ。その責任を問われない王族なんていはしないよ」


 伯父さまは至極当然と言った様子で答えると、薄ら笑いを浮かべた。

 予定通り、とでも言いたげに。


「……婚約のお申し出はありました」

「そうか! では急いで国中の貴族に知らせを――」

「婚約はしませんとはっきりお断りしました」

「…………………………は? 今なんと?」


 顎が外れそうな勢いであんぐりと口を開けた伯父さまが面白くって、つい吹き出しそうになるのを必死にこらえた。

 なんとか令嬢らしいツンとした表情を取り繕うと、はっきりと言い捨てる。


「ですから、婚約はしませんとお伝えしたのです」

「なぜだ! 婚約さえすれば、わたしがお前を未来の王妃にしてやると言っておいただろう!!」


 ガタン!

 と椅子を後ろに蹴飛ばしながら伯父さまが立ち上がる。

 そしてわたしに必死な形相で詰め寄った。

 普段は柔和でへこへことしている伯父さまの、本性をよく現したような顔だった。


 この伯父のせいでわたしは処刑されるのよ!


 しかも確か、ギロチンとかそんな手法だった気がするんですけど!?


 するすると降りてきた刃がわたしの首にあたって…………スパーン!?


「そんな未来、ぜえったいにごめんだわ!!」

「え……? そんなに王妃になるのが嫌かい……? 前はあんなに乗り気だっただろう?」


 突然上げた大声にビクンと伯父さまが飛び上がった。

 それを横目に流し見て、もう一度深くため息をつく。


 ジルベルトを攻略する過程で、この伯父がなにやらトリックを使って事故を故意に引き起こしたことは知っている。

 たしか……伯父さまのスキルである〈金属錬金〉を使ったとかなんとか。


「ほら、ユーフェミア! お前の好きな子猫の置物を作ってあげよう! 何が気に食わなかったのか伯父さまには分からないけれど、これで機嫌を直してさっさと婚約を承諾するお返事をするんだよ?」


 伯父がベッドサイドテーブルに置かれていた銀の匙を手に取った。

 わたしの薬を飲ませるために準備された小さいティースプーンである。


 伯父さまはふっと息を吹きかけた。

 途端、スプーンがぐにゃりと曲がる。

 一度小さな球状に丸まったかと思うと、うねうねと頭、手、足が生えてきて、可愛い子猫の形に変化した。


 それを指でつまんで、わたしの目の前に差し出す。

 わたしは思わず見とれてしまって、気づけば無意識のうちに手を出していた。

 伯父さまは嬉しそうに笑うと、掌の上にそれを置く。


「いい子だ、ユーフェミア」


 ほんのりと温かい置物を、わたしはまじまじと見つめた。


 スキル〈金属錬金〉は手元にある金属の形を自在に変形させることのできる異能力である。

 質量保存の法則には逆らえないため、元の金属より大きい物は生み出せないが、その質量の範囲内なら想像したとおりの物を生み出すことができる。


 ラルフ伯父さまは画家という肩書きもあるため、芸術センスもピカイチだ。

 手の中には見事な銀製の猫がちょこんと乗せられている。


 スキルは血に宿るとされていて、選ばれし貴族のみに授けられた神の恩寵――というよりも、貴族はその異能を持つが故に魔物などの外敵を討伐する責務を負い、代わりに特権を与えられているという方が正しい。


 そんなありがた迷惑なスキルは、十五歳になる年のロゼリア祭で教皇による目覚めの儀式を施されると発現する。


(このスキルを使って、どうやってわたしに怪我をさせたんだろう)


 ちらりと伯父さまを覗き見ると、その視線に気づいてわたしの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 伯父さまはいつも犬を撫でるように豪快に撫でてくるのであまり嬉しくない。

 今も髪がボサボサになった上に包帯が緩んだ。

 そして傷に響く。

 痛い。


 ……それになんだか臭い。

 伯父さん特有の加齢臭かとも思ったが、まだ三十代半ばだし、加齢臭のようなツンとくる匂いじゃない。

 濡れたぼろ雑巾を一週間放置したような匂いだ。


 わたしは昔から、生活に支障が出るレベルで鼻がきくので思わず吐きそうになった。

 口を真一文字にして嗚咽を押さえ込み、鼻で息するのをやめる。


 ……って、これじゃあ息できなくない!?


「顔が真っ青ですよ、お嬢さま!」


 慌ててギルバートが駆け寄ってきた。

 わたしの様子からなんとなく状況を察したのか、伯父さまを引き離してくれる。


「お嬢さまは病み上がりのお体です。今日の所はお引き取りを」


 琥珀色の大きな瞳に睨まれて、う、と伯父さまがたじろいだ。


 そういえば、ギルバートとラルフは仲が悪い設定だった。

 大事なお嬢さまを利用しようとするラルフに気づき、ギルバートはずっと警告をしていた。


 だがユーフェミアはそれを無視して、際限なく甘やかしてくれる伯父さまに心酔していく。

 結果、処刑されるところまでその本性に気づくことはない。


 ギルバートは自分の力不足のせいでお嬢さまを守れなかったと悔やみながら、ユーフェミアを一人で死なせないと言って共に処刑される不遇キャラである。


 いい奴過ぎる、ギルバート!


「じゃ、じゃあ今日のところはお暇するよ。だけどユーフェミア、よく考えるんだよ。未来の王妃になった自分の姿をね」


 そう言い残して、伯父さまはひらひらと手を振りながら部屋を後にした。

 そのとき、右手の袖口からまたしてもぼろ雑巾の匂いが漂ってきてうっ、となる。


 見れば袖に緑色の染みができていた。

 あれが原因に違いない。

 貴族なら服を洗え、服を!


 戸が閉まり、しばらくの沈黙が流れた後、


「……まあ、この婚約にはわたしも賛成ですが」


 ぽつり、とギルバードが呟いた。


「え……?」


 きょとんとして問い返すと、ギルバートは嬉しそうに笑った。


「大事なお嬢さまが、経緯はどうあれ第二王子に見初められて婚約者になることは嬉しいことです。我が国は実力主義のため、ジルベルトさまが国王になられる可能性も大いにある。ユーフェミアさまの戴冠式を想像すると、今から誇らしく思います」

「…………」


 その言葉を聞いて、わたしはつい押し黙ってしまった。

 それを疲れたと思ったギルバートは、はにかんだ顔で笑う。


「先走りすぎました、申し訳ありません。紅茶を入れて参りますね」

「あ、ありがとう」

「……? 今日はやけにしおらしいですね。プロポーズ効果でしょうか」


 くすくすとギルバートは笑うと、ぺこりと一礼して部屋を後にした。


 ひとり部屋に残ったわたしは、もう一度手鏡を覗き込む。


 やはりそこには、憎き悪役令嬢ユーフェミアの顔がある。


「ごめんなさい、ギルバート」


 鏡を見ながらぽつりと呟いた。


「わたし、婚約者にはなれないわ」


 ぎり、と奥歯を噛みしめると、掌に残された猫の置物を握りしめる。


「崖から落ちた上に処刑なんて絶対に嫌! なんとしても、この婚約なかったことにしてみせる!!」


 見た目は子供でも頭脳は大人なのよ!

 某探偵みたいに絶対に真相を解き明かしてみせるわ!


 こうして、悪役令嬢改め探偵ユーフェミアのフラグ回避が始まった。


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