59 野営 1
タイル張りの天板のチェストの上に置かれた洗面器と水の入ったピッチャー。私はピッチャーの水を魔道具のやかんの中に入れてお湯を沸かして洗面器に注いでいく。そのままだと熱すぎるのでピッチャーに残った水で温度を調節。顔を洗った後は、このお湯で絞ったタオルを使って体を拭いていく。これでさっぱり!
ネモフィラにこのやかんとか要らないんじゃない?とか言ってしまった過去の自分を恥じたい! やかん大活躍!
「ネモフィラ、朝ごはんにしよっか」
「はーい!」
昨日の酒場で用意してもらった朝食の入った籠を取り出して蓋を開けると、ローストチキンとチーズの挟まったバゲットサンドが入っていた。美味しそう!
「パンが結構固くなってるね」
「私は噛みごたえがあるほうが好きですよ」
ニコッと笑ったネモフィラの口元から鋭い牙がちらりと覗いた。
バゲット部分は時間が経ったせいか多少硬くなっていて、なかなか噛みちぎるのが大変だったけど、ゴロゴロ入ったチーズが本当に美味しかった。空籠は部屋に置いたままにしておけば、後から酒場の人が宿屋に取りに来ると聞いていたので、テーブルの上に置いていく。
「そろそろ集合時間かな? 行こうネモフィラ」
「そうですね、行きましょうー」
忘れ物が無いか確認をしてから宿屋を出ると、アルバが真っ直ぐな姿勢で待機していた。立っているだけで絵になるその姿に、すれ違う村人達が男女問わず振り返っていた。
「おはようございます」
「団長さんおはようございます」
「おはようアルバ、もしかして待たせちゃった?」
「いえ、今来たばかりですよ。では参りましょうか」
♦︎
「今度はどこに向かってるの?」
アルバと二人きり。馬車の中手を繋いで、魔力を流してもらいながら次の目的地を尋ねた。ウィード村はラベンダー畑が綺麗でチーズがとっても美味しかった。
次はどんな所なのかなぁー。
「私達が向かっているシードタウンには、国内で二番目に大きいと言われるボタニカル大聖堂があります。その大聖堂に祈りを捧げると災厄から守られるというジンクスがあり、観光名所にもなっているんですよ」
「シードタウンかぁー、遠いのかな?」
「はい。街まではかなりの距離がある為、何度か野営することになります。野営は初めてになりますよね?」
「うん……」
野営と聞いてキャンプ? とワクワクしたけど、モンスターの姿が頭をよぎり、急に不安が大きくなった。不安な気持ちが伝わってしまったのか、アルバが私の手をぎゅっと握りしめた。
「私も初めての野営の時は緊張しましたし、怖さもありました」
アルバが優しい口調で静かに語りかけた。
「アルバって何でもそつなくこなしてそうに見えるよ」
「そう見えるようにして来たからですよ。私が騎士団に入ったばかりの頃は――」
ぽつりぽつりと、入団当初の頃から、現在に至るまでのことをかいつまんで話してくれた。
――アルバは魔塔から戻ってすぐに神聖騎士団に入団。周りから七光と呼ばれながらも血の滲むような努力をし続けて、誰も討伐できなかったモンスターを討伐したり、隊長クラスでも使えない神聖魔法を使えるようになったりして、実力で団長と認められるようになったと言う話を聞かせてくれた。
体内の魔力暴走による体の不調、そして長くは生きられないと言われ続けたアルバ。悲観的になってもおかしくないはずなのに、どうしてこんなに頑張れているんだろう。
「どうしてそこまで頑張ってこれたの?」
「――うーむ。どうして? と言わるとそうですね……、私の生きてきたという爪痕を残したかったから、でしょうか」
――!! びくっ。
「ひゃっ」
私の手を口元に運んで手の甲にキスをし、話を続けた。
「闇雲に突っ走っていた昔とは違いますよ、私は自分の運命に争うことにしましたから。ハナが光をくれたのです。希望という名の光を……」
ここで謙遜するのもアルバの気持ちに失礼な気がしたので、黙って繋いだ手に力を込めて返した。
走り続ける馬を休ませる為、川の近くで休憩を取り、再び進みだす私達。
短い時間の中、ネモフィラが川の中に入って大量の魚を捕まえたので、私のマジックバッグの中には川魚が沢山入っています。大丈夫だと言われてるけど、他のものが濡れたりしないかちょっと心配です。
日が暮れ始めた頃、この周辺では比較的安全という平原で野営する事が決まった。
剥き出しになった地面を見ると、どこかの誰かが野営をしていたと思われる焚き火の跡などが見られた。
アルバのマジックバッグから出された大量のテントや、薪などが山積みになっていて、騎士団員達は慣れた手つきで次々にテントを張っていく。
ネモフィラは各テントにモンスター除けのランプを配って回っていた。
「ハナっちのテントも完成したっスよー」
両腕をまくったレオがテントの完成を知らせに来てくれた。ネモフィラの用意してくれた結界付きの、五人くらい泊まれそうな大きめのテントだ。
風来人となって不思議な洞窟にこもって更新がおくれてしまいましたm(._.)m




