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57 酒場にて 1

 ウィード村の宿屋に着くと、私とネモフィラは二人部屋へと案内された。テーブルと椅子、小さなチェスト、そして簡易的なベッドが二つ置かれたこぢんまりとした空間だった。


 私はマジックバッグからトランクを取り出して、袴を脱ぎ白のフリル付きの紺色のワンピースへと着替えた。はぁーっ、楽ちん!

 

 ネモフィラは背負っていたリュックを下ろし、首元の青いリボンを解いて全身を包んでいた黒ローブを脱ぎ、壁のハンガーへとローブをかけ、腰のホルダー付きベルトを外した。

 

 腰まで伸びたストレートの水色の髪、耳の上辺りから生えている小さな白い角、両肩に青いリボンの付いた生成りのワンピースの裾からは真珠のように淡く輝いた乳白色の小さな尻尾が伸びていた。


「その尻尾、真珠みたいにキラキラしていて綺麗だね、」


「えへへ、ありがとうです。私がもっと大きくなればこの角や尻尾を自由に消せるんですけどね」


 恥ずかしそうに頬を掻く仕草をするネモフィラ。


「ローブで隠してたのって、目立つのが嫌だから?」


「竜人の子供は攫われやすいので、角と尻尾を見えなくする【認識阻害】のかかったこのローブを着るようにって主に言われてるのです」


「攫われやすいって……」


 こんな小さな子がその様な言葉を口にすると言うことは、実際に周りでそういったことが起こっていたり、ネモフィラ自身が攫われそうになった経験があったのかもしれない。そう思うと胸がきゅうっとなり、ネモフィラを優しく抱きしめた。


「花巫女様、お姉ちゃんみたいに温かいです……」


「ハナでいいよ、ハナって呼んで」


「……ハナお姉ちゃん」


 きゅーん!


「お姉ちゃんといえば、リシュリューと一緒にルピナスさんのお見舞いに行ったことがあるよ」


 パッと顔を上げるネモフィラ。


「! お姉ちゃんの具合どうでした?」


「私達が寄った時、ルピナスさんは眠ってたからそのまま出て来ちゃったんだ」


「そうでしたか」


「あっそうだ! ネモフィラに相談したいことがあるの」


「何でしょうか?」


「実は――」


 魔道具の力を借りてなにかいい瘴気に対抗する策は無いかとネモフィラとしばらく語り合った。


 ――コンコン!


 早すぎるノック音。誰が来たのか分かってしまった。

 アルバだ! まぁ鍵をかけているからいきなり開いたりはしないんだけどね。

 この宿は素泊まり専用で食事が付いてない為、この村で一番大きな酒場で夕食を取ることになっていたので、その迎えに来てくれたんだろう。

 ネモフィラは壁にかけたローブを手に取り、急いで羽織っていた。首元のリボンを結び終えると私を見てコクンと頷いた。


「今、開けるね」


 ドアを開けると、おでこにピシャリと軽いデコピンが飛んできた。うわーっ、びっくりしたーっ!

 

「痛! ……くない」

 

「ドアを開ける時は、誰が訪ねて来たのか確かめてから開けてください。もし私がならず者だったらどうするのですか!」


 仁王立ちのアルバ。

 突然デコピンしてくるのはどうかと思うけど、言っていることは至極当然のことだった。

 そうだ、私の安易な行動でネモフィラを危険に晒すところだった。


「ごめんなさい、気をつけます」


「すみません、私も強く言い過ぎました」


 お互い頭を下げて謝り合う私達。アルバが謝る必要なんて無いのに……。ほんっと、真面目なんだから!


 宿屋を出てすぐ斜め向かいの場所に、樽の模様が彫られた木の看板がぶら下がる酒場があった。

 入り口には『本日貸切』の立て札。


「いらっしゃいませー!」

 

 至る所に大きな酒樽が置かれていて、酒場の中央には沢山の人が座れそうな大きなテーブルがあり沢山の料理がそこに並んでいた。店の隅にもいくつかテーブル席があり、席を立って一気飲みするトーラスの姿が目に入った。


「プハァーッ、ウィード村のエールは美味いな! 何杯でもいけそうだ」


 樽型のジョッキを片手にご機嫌なトーラスと、その部下達のいるテーブルが大いに盛り上がっているようだ。


「隊長が団長から剣を受け取って、大蛇に切りかかったところ凄かったっすよね」


「そうかぁ?」


「木が倒れて副団長に【神聖障壁(ホーリーウォール)】をかけたタイミングも完璧でしたねー」


「そうかぁー?」


「さすが俺らの隊長っ!」「一生ついていきます!」


 団員達の背中をバシバシと叩くトーラス。

 

「ははは! お前らもっと飲め!!」


 私達は空いている四人掛けのテーブルへついた。女性店員がやって来て、取り皿とカトラリーをテーブルへ置いていく。店員がアルバを見た瞬間、ポーッとなって手が止まった。すぐハッとなって、手を再び動かし始めた模様。

 わかる、わかるよ! アルバってカッコイイよね!


「……お客さま、お飲み物はどうなさいますか?」


「そうだな、ジュースの種類は何がある?」


「葡萄、オレンジ、キャロット魔人ジュースがございます」


「――だそうですよ、ハナとネモフィラはどのジュースにしますか?」


「私は葡萄で」


「えっとえっと葡萄も気になりますし、オレンジも捨てがたいです、うーんうーん……」


 ネモフィラが年相応なリアクションをしてる! ここはハナお姉ちゃんが優しく導いてあげないと!


「じゃあ、次に飲みたいものはおかわりすればいいんだよ」


 ぱあっと花が咲いた様に笑顔を見せるネモフィラ。


「! そうします。わたしも葡萄ジュースでお願いします」

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