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56 広い背中

 リーダーを失って統率力の欠けたフォレストウルフの生き残り達は散り散りに逃げていった。


「さっきのアルバ、まるで天使みたいだった!」


「私もそう思いました!」


 興奮気味の私とネモフィラ。


「……何を言ってるんですか、目的地はもう目と鼻の先です、行きますよ」


 ポンと私達の頭に手を置いてそう告げたあと、スタスタと歩き始めるアルバを私とネモフィラが追いかけていく。


 森の奥に進むほどに黒い瘴気は濃くなり、空気がどんどん重く感じるようになった。まるで森の生命の気配がどこかに遠のいていってしまうような感覚があった。

 木々の枝葉が瘴気で覆われて黒ずみ、森全体が黒一色となった場所にひっそりと佇む池が見えた。


「着きましたね」


 立ち止まるアルバ。

 

 ひんやりとした森の空気に包まれながら、池の表面に広がる黒い膜を見て、瘴気に侵されたこの森に再び命を吹き込むために今の私に出来る最善のことをしよう、と決意を新たにする。

 

 目を閉じて、グッと力を込めて手を組み、瘴気の浄化を願う。ゆっくり目を開けると、浄化のオーロラからキラキラと光の粒が降りて、風に乗って広がり、池とあたり一面の風景に緑を取り戻していった。


「良かっ……た」

 

 うまく浄化が終わったことにホッとしたせいか、体から力がぬけてその場にへたり込んでしまった。私の周りを心配してくるくると回るドラ。


『ハナ〜』


 隣にしゃがんで目線を合わせてくれるアルバ。


「ハナ!」


「ごめん、ちょっとだけ休んだら動けるようになると思う」


「気分は大丈夫ですか?」


「……頭がちょっとクラクラする」


 ネモフィラが水の入った皮袋を取り出して渡してくれた。


「お水をどうぞ」


「ありがとう、いただくね」


 ふぅ、水を飲んだら体が少し楽になった。


「団長! 数値に異常ありません……」


 アリエスが小箱を手に報告へとやって来た。私の様子に気づいて詠唱を始めるアリエス。

 

「花巫女様! ヒールをおかけいたします、『緑よ! 彼の者に癒しを与えたまえ!【ヒール】』」


 ……。


 ヒールの緑の光が私の全身を包んだけど、マナ不足は魔法では治らなかった。


「報告ご苦労だった。この地の浄化は完了した、ウィード村まで戻るぞ」

 

 おろおろするアリエスを下がらせるアルバ。


「……ハッ」


 アリエスが去った後、アルバが再びしゃがんだ。今度は私に背を向けている。もしかしておんぶしようとしてくれてる? いやいやいや! こんな大勢の前でおんぶだなんて! もうしばらく休めば大丈夫だから!


「皆の前で団長のアルバにそんなことさせられないよ」


「村に戻って横になって休んだ方がいい、あなたの代わりはどこにもいないのだから」


「う、……分かった。迷惑かけてごめん、お願いします」


「お任せください」


 私を背負い膝の後ろに手を回し私の手首を掴むと、二人の体ががっしりと固定された。

 アルバはキョロキョロと誰かを探している様子。


「レオ!」


 声をかけられてこちらにやって来たレオ。


「団長、おんぶするの変わりましょうか? いや冗談スよそんな睨まないで下さい」


「私達の護衛、頼んだぞ」


「了解っス!」


 ――あったかい。

 おんぶされることによって伝わってくるアルバの温もり。アルバの背中がとても広く感じた。

 ドキドキすることによって失ったマナが回復していくのが分かる。


 村に戻る途中、群れからはぐれたフォレストウルフと遭遇したけど、私達を見るなり尻尾を巻いて逃げていった。


 池に行くまでは大変だったけど、村から池まで近いこともあって、帰りはあっという間だった。

 日差しの遮られた薄暗い森をようやく抜けると、オレンジ色の空には徐々に暗闇が訪れていた。空の変化を見て、森の中で時間が経過していたことを改めて実感した。

 

 村の入り口で、おんぶから下ろしてもらいアルバにお礼を言った。


「アルバ、いつもありがとう」


 アルバはしゃがんだまま私の手を取って、手の甲にキスをした。


「ひゃっ!?」


「ハナの力になれることは私にとっての喜びなのですから、遠慮せずいつでも頼ってください」


 ひゃぁぁああ!


「はぁい頼らせていただきますう!」


 くねくねしながら可愛い声を出して冗談をいうレオにアルバのゲンコツが振り下ろされた。


「うわー、タンコブ出来てやがる。いってぇー!」


 あまりにも可哀想になって手をかざして治療してあげると、レオに笑顔が戻った。


「ありがとうハナっち。俺にも遠慮せずいつでも頼って欲しいッス」


「あはっ、ありがと」

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