54 瘴気
全身黒ローブ姿のネモフィラが、パンパンに膨れたリュックを背負ってこちらにフラフラと向かって来る途中、石につまずいて派手に転んでしまった。
転んだ衝撃でリュックの紐が解けて大きな音を立てて魔道具があたりに転がっていく。はらりと捲れた黒のフードからは頭に生えた小さい角が見えた。慌てたようにフードを被り直すネモフィラ。
「大丈夫、怪我しなかった?」
私の差し出した手を取ってネモフィラが立ち上がる。ワンピースについた砂利がついてたので払ってあげた時に、腰のホルダーに鞭が装備されているのが見えた。
「ありがとうです花巫女様、私の体は頑丈に出来てるので大丈夫ですよ」
丁寧に頭を下げてお礼を言うネモフィラ。
そこらじゅうに転がっていった魔道具はアルバと周りにいた団員達が拾って集めてくれた。
目の前に積み上がっているのは、革の巾着、竜のぬいぐるみ、携帯寝袋、安眠マスク、水飲み用の皮袋、巻物、ポーション、やかん等々。
「こんなに沢山リュックに入れて移動するなんて無理だよ、このやかんとか要らないんじゃない?」
見た感じネモフィラの身長は130センチといったところ。小さな体に不釣り合いな大きなリュックを背負いながら歩けば、バランスを崩して転んでしまうだろう。
「これは、水を入れるとすぐお湯になるやかんです、料理からお風呂のお湯まで大活躍ですよ! そしてこのリュックは中身の量に合わせたサイズになる魔道具なのです」
やかんをドヤ顔で披露するネモフィラ。ぐぬぬ……ちょっと欲しくなってしまったじゃないか。
「すごいけどさ、今使わないものマジックバッグで預かっておこうか? ちゃんとあとで返すから」
「うう、そうさせていただきますです」
名残惜しそうに竜のぬいぐるみを不要なもののところに置くネモフィラ。
「助けが必要になったらこれを使ってください」
アルバがネモフィラに発煙筒を渡していた。
「ありがとうです」
ネモフィラには必要なものだけをリュックにしまってもらって、その他のものは私のマジックバッグに吸い込ませた。ネモフィラの説明した通り中身のサイズに合わせてリュックが縮まって子供用サイズになった。
いざ森に入ると遥か先に黒い霧がぼんやりと見えた。先に森に入っていったのはレオとトーラス率いる二番隊。そのあとを私とアルバとネモフィラが続いて、後ろをアリエスのいる一番隊がフォローする。特務隊の姿は見えなかった。
「うーん、この森なんだかとっても嫌な感じがするです」
咄嗟に鼻と口を押さえるネモフィラ。
「やっぱりここも黒い霧に汚染されてるね」
『ドラ!』
「花巫女様達には黒い霧が見えているのですか? だとしたらそれは瘴気ですよ」
「「瘴気?」」
私とアルバの声が重なる。
「モンスターの凶暴化よりももっと恐ろしいのは人体への影響です。瘴気に長い間あたると人の精神を蝕み、病を生みだすといいます。モンスターだけではなく人体にも悪い影響を引き起こすものだと魔塔で習いました」
ネモフィラが瘴気についてスラスラと答えてくれた。
この黒い霧が人体に影響を及ぼすということは、早く浄化しないと騎士団のみんなが汚染されちゃうって事⁉︎
私やドラは瘴気が避けて行くから影響ないけど、
「もし瘴気が村まで届いていたら疫病が蔓延する可能性があると言う事ですか。これは思ってた以上に厄介ですね」
口に手を当て眉間に皺を寄せるアルバ。
「まだこの辺に瘴気は来てないよ、もうちょっと先の方に見えてる」
「後顧の憂いを断つためにも、この任務は必ず成し遂げなければ」
グッと拳を握るアルバ。
「そうだね、私頑張るよ! ……あれっ、アルバとネモフィラの体がいつの間にか光ってる」
「おそらく私達を陰から見守っていた特務隊が、今の会話を聞いて状態異常抵抗の魔法をかけてくれたのでしょう」
えっ、いつの間に!
「リブラ、聞いているんだろう? 部下達にも今の魔法をかけてきてくれ」
「ハッ」
アルバが強い口調で言い放つと、どこからともなくリブラの返事があった。
……本当にいたんだ! まるで忍者みたい。
前方から剣が硬いものにぶつかる音が聞こえた。先陣を切っているレオと二番隊が戦っているのだろう。
「二人とも下がって」
私とネモフィラを庇って前に出るアルバ。ネモフィラが鞭を取り出してアルバの隣に立って構えた。
「足手纏いにはならないですよ!」
ドラ◯もんが道具を出す時にあれでも無い、これでも無いって四次元ポケットからいろんな道具を出して行くシーンが好きです。




