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52 ウィード村

 私達の前を走っていたレオの馬がスピードを落として馬車に寄りアルバに向かって親指を立て合図を出した。アルバが頷くとレオは再びスピードを上げ先陣を切って走って行く。


「そろそろウィード村に着くようですよ、村で昼食を取り馬を休ませた後、一キロほど先にある森に向かいます」


 窓から景色を眺めると、羊や馬が放し飼いされているのが見えた。


「もうお昼なんだ。確かにお腹空いて来たかも」


「ここはチーズがとても美味しい村で、熱々のチーズに肉や野菜を絡めて食べるのが絶品なんですよ」


 ――チーズフォンデュかな?


「わぁーっ、チーズ大好きだから楽しみ!」


 村の関所を通過してウィード村に着いた私達。関所で馬車の中を確認されることも無くボディチェックも無かった。それだけ神聖騎士団が信用されているってことなのかもしれない。


 ベージュ色の壁にグレーの屋根で統一された建物が特徴的な緑に囲まれた美しい村だった。神殿よりも北にある村のせいか風が冷たく感じた。

 

「あそこですよ、ミケの気まぐれ亭」

 

 入り口を通ると鈴のついた三毛猫が出迎えてくれた。

 厨房に目をやるとたくさんのチーズが棚に並んでいるのが見えた。ほぼ騎士団員で店のテーブルは埋まっていた。


「団長こっちこっち! ハナっちも!」

 

 レオが席を立って手を振り空いている席を教えてくれた。テーブルにはすでに料理が並んでいて、既に一番隊の皆が食べ始めていてにぎやかだった。

 あれっ? 肝心のフォンデュ鍋はいずこに?


 私達が座った隣には誰も来なそうだったから肩の上で飛んでいたドラを椅子に座らせて小皿にナッツ類をのせて渡した。


『ドラ♪』


 それにしても食事の時って着物の袖の部分が邪魔に感じるんだよね。袴を着ている時に腕を見せるのはマナー違反だと座学で教わったけど、いちいち袖口を押さえながらお行儀良く食べるの大変だし、ちょっとくらい捲ってもいいよね……。グイグイっとー! 腕を捲ったことでブレスレットがあらわになった。


「おや、そのブレスレットは?」


「あっこれはねリシュリューに貰ったお守りだよ」


「……そうでしたか」


 しばらくすると店員がやって来て、私とアルバの席に料理を運んできた。皿の上には蒸したジャガイモ、ウインナーにベーコン、そしてスライスされたバゲットが載っている。店員が去って行くと、他のテーブルにいた別の店員が半円状のチーズを布巾で掴みながらやって来た。チーズフォンデュじゃなくてラクレットだったんだ!


「失礼いたします」

 

 店員がナイフでチーズを削っていくと、とろーっとしたチーズが皿の上に流れ落ちていく。同じようにアルバの皿にもチーズがとろりと流し込まれていった。

 

「さて私達もいただきましょう」


「おいしそう! いただきます」


 んんー! 濃厚なチーズの香りが口の中に広がる。濃い味だけどしつこくないからいくらでもいけちゃう。チーズの絡んだパンも、皮付きのじゃがいももどれも美味しい。噛めば噛むほど口の中が幸せになる〜!


「フフ」


 肩を震わせて笑いをこらえているアルバ


「すみません、あまりにハナが美味しそうにたべているのでつい」


「だって本当に美味しいんだもん」


『ハナー、これ硬くて中身が取れないドラ』


「ピスタチオですね。ドラ様失礼致します」


 アルバがスッと立ち上がり、ピスタチオの殻の破片を手に取り、割れ目に捩じ込んでテコの原理を使って見事に剥いていく。ピスタチオを一口齧ったドラは初めての味に一瞬思考が停止したようにピタッと止まり、しばらくしてピスタチオばかり勢いよく食べ始めた。


『ピスタチオ、気に入ったドラ』


「良かったね、ドラ」


『〜♪』


「ハナ、ピザやグラタンもありますよ、お取りしましょうか?」


「じゃあピザを一切れもらおうかな」


「かしこまりましたお嬢様」


 おどけた口調でピザが乗った皿を持って来たアルバ。

 キノコとベーコンが乗ったピザと、モロッコーンとトマの実スライスの乗ったピザの二種類が乗っていた。どちらもトマの実ソースはかかっていないシンプルな薄焼きピザだ。


「お好みの方をお取りください、もう一切れは私がいただきます」


 なんで二切れ? と思ったけどそういうことか、アルバったらなんて優しいの!

 んー、どっちも美味しそうだけど、見た目的にトマの実のほうに惹かれるかなー。


「ありがとう、こっちをいただくね」


 私が選んだトマの実のピザを取り皿に移して渡してくれた。生地はパリっとした食感だけどもちっとした噛みごたえもあって美味しかった! ふーっ満腹満腹!


「集合時間まで余裕があるので、ふらっと村の様子でも見て回りますか?」

 

「見たーい」


 観察しながら歩いてみると、村の住人の着ている服に紫色が多いことに気がついた。そういえばミケの気まぐれ亭の店員のエプロンも紫色だった。ふと、雑貨屋の前で足が止まる。ラベンダーの束や、紫色の石鹸、ラベンダーの刺繍入りのサシェなど、ラベンダーにまつわる商品が大量に置かれていたからだ。


「この村ってラベンダーで有名なのかな?」


「そうです、よくお気づきになられましたね! ラベンダー畑見にいきますか?」


「時間大丈夫?」


「馬に水を飲ませている頃ですし、時間に余裕はあります。せっかくなので見に行きましょう」


 アルバに優しく手をひかれて村の端まで来ると、柵の向こう側に見渡す限りの紫のラベンダー畑が広がっていた。


『ドラー!』


 ドラもラベンダー畑が嬉しいのか、遠くまで飛んでいってラベンダーを眺めている様子だ。

 

 あたり一面紫色に染まっていてまるで海のようだった。ラベンダーの色は想像の何倍も鮮やかで美しく、風が吹くたびにラベンダーが揺れて、優しい香りが私達を包んでくれた。


「すごく綺麗、連れて来てくれてありがとう」


「私もこの景色をハナと一緒に見れて良かったです」


『ドドドドラー!』


 ドラが騒がしく戻って来たと思ったら、ブーンという羽音とともにミツバチの集団に追われて逃げ帰って来た。

 ええええ! どうするのこっち来てるよ!


『光よ! 我が盾となれ!【神聖障壁(ホーリーウォール)


 アルバの手から放たれた光の壁にミツバチ達が衝突して地面に落ちていった。 


「気絶してるだけですよ、今のうちに戻りましょうか」


「うっ、うん」


 そうしてラベンダー畑の余韻は消え去り、私達はウィード村を後にした。

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