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50 眠りにつく前に

 当初の予定ではグラス村より北西にあるウィード村に一晩泊まる予定だったけれど、ヘルハウンドや大蛇という想定外のモンスターが出現したことで騎士団員の魔力の消耗が激しく、ここは一旦戻って体制を整える必要があると判断をしたアルバは帰還命令を下したのだった。


 体力は癒しの魔法やポーションで即時に回復出来るけれど、魔力を回復するポーションは希少品で市場には出回っておらず、国の厳しい管理下に置かれているため、自然に回復するのを待つしかないのが現状らしい。


 帰りの馬車の中、所狭しと二人並んで手を握り合う私とアルバ。お互いの体調管理のためとはいえくすぐったい感じがする。

 

「いささか疲れました」


 そっと私の肩にアルバの頭が乗せられた。

 戦闘後だというのに汗臭さは感じられず、髪の毛からはフワッといい香りがする。

 うわーっ! これって甘えられてるのかなぁ?

 おそるおそる頭を優しく撫でてみると、アルバが嬉しそうに笑った。

 さっきまで自分よりも年上の騎士達に命令を下していた団長とは思えない甘えっぷりだ。

 私にだけ見せてくれる姿って感じがしてなんだか嬉しい。


「ハナのおかげでまだまだ頑張れそうです」


「こんなことで頑張れるならいくらでも協力するよ」


「でしたらそのまましばらくお願いします」


「あはっ」


 しばらくってどのくらい? と思いつつアルバの細くてサラサラした髪をゆっくり撫で続ける。

 アルバは目を閉じて口元に笑みを浮かべていた。なんだかとっても幸せそうな表情だった。頭を撫でただけでこんな風に笑ってくれるなんて、撫でてる私も嬉くなった。


「なんだかとても嬉しそうですね?」


 と、アルバがぱちりと目を開き私を見て言った。


「アルバが嬉しそうに微笑んでたからつられたんだよ、他人は自分を映す鏡って言葉があってね、アルバがニコニコしてると相手も笑顔になるんだよ」


「他人は自分を映す鏡……ですか、初めて聞ききましたがいい言葉ですね」


 アルバは眉間を揉みながら話を続けた。


「騎士団の間で私が眉間に皺を寄せているイメージが強いらしく、氷の団長などと言われていたのを耳にしたことがあるんですよ、今後は眉間に皺を寄せないように気をつけます」


「プハッ! アルバってほんと真面目だよね、騎士団の皆もアルバのそういう真面目な人柄を見てくれてると思うよ!」


「そうだといいのですが……」


 ガクンと馬車のスピードが下がりはじめる。

 御者がモンスターの襲来を知らせた。


「ワイルドボアが一匹飛び出して来たんで、一旦停止しやす」

 

 ワイルドボア……! 恐ろしいほどに巨大なイノシシの姿を思い出して体が震えた。


「ハナが前に見たワイルドボアの希少種はAランク相当でしたが、今出て来たのは通常のワイルドボア、ホーンラビットと同等のEランクモンスターです。安心して騎士団に任せておきましょう」


「お客さん、モンスターは片付いたようです」


 アルバの言った通り、ほんの数分止まった後馬車は再び進み出した。ホッ……。


「ハナ、明日の朝再びウィード村に向かいます。帰ったらゆっくり休んで明日に備えて下さい」


「明日ね、分かった!」


    ♦︎


 その日の晩、リシュリューに通信をとった私は今日起きた事を報告していた。

 

『ふぅん、ヘルハウンドに大蛇……ね』


 リシュリューは少年の姿で頬杖をつきながら、前髪を指でくるくるいじっている。


「大蛇がホーンラビットをパクっと一口で飲み込んでたの!」


『人の頭じゃ無くて良かったじゃないか』


 ううっ確かに死者が出なくて本当によかったと思う。


『蛇は古来より不吉を象徴するモンスターだって言うけど、今までその地に生息していないモンスターが大量に出て来たって事自体がキナ臭いね』


「キナ臭いってどういう事?」


『アンデッドはなにもない場所に突然大量に湧いたりはしないんだ。墓を荒らされた訳でもなければ、何者かがその場所で大量にモンスターの死骸を放っておいたせいでヘルハウンドが誕生したってのもありえるし、悪意を持った何者かが聖遺物(アーティファクト)を使用してアンデッドを呼び寄せた可能性だってある』


「私達を狙った何者かがいるかもしれないってこと?」


『俺はそうなんじゃ無いかと思ってる。用心するに越したことは無いさ。ハナは俺が守ってあげたいけど立場上そう簡単に騎士団に同行出来ない……。周りに頼ってしっかり守ってもらうようにね』


「うん、リッシュに貰ったお守りもあるし大丈夫!」


「明日に備えてちゃんと寝るんだよ」


「はーい、リッシュも目にクマ出来ないように早めに寝てね、おやすみなさい」


「おやすみ。ハナの無事を祈ってるよ」


 ――プツン、と通信が切れた。

 切れたあとだけど、再び水晶がフォンと光を放っている。何か言い忘れたことでもあったのかな?


『こんばんは、ハナ』

 

 水晶から聞こえたのは、聞き慣れた甘い男性の声。

 リシュリューだとおもって出たら、アルバだった!


「こんばんは!」


 お風呂あがりのようで髪の毛がふわふわしてる。

 グレーの寝巻きに白のガウンを羽織ってる姿が女の私よりも色気がある!

 そしてアルバの後ろに見える部屋の一部は、シンプルなベッドにテーブルといったものが映っていて、会議室とかでは無さそう……ってことは、アルバの部屋⁉︎

 騎士団宿舎の中ってこんな感じなんだなぁ。


『ハナが通信機置いてると聞いて、私も部屋に置いてみたんです。先ほど電源を入れたのでこれが部屋での初通信なんですよ!』

 

「えっ、そうなの?」


『はい。実はプライベートな時間に仕事の連絡が入るのが嫌で、個人の通信機は持っていないと周りに言ってました』


「あはっ」


『ところで、なかなか繋がりにくかったのですがどなたかと通信中だったのですか?』


「あーうん。リシュリューとちょっと話してたの」


『ほぉ』


 あれ、リシュリューの名前聞いてアルバの機嫌が悪くなったような? 二人の仲もしかしてあんまり良くないのかな……。今回の浄化活動については魔塔と協力関係を結んでるって聞いてるし、話してもいいよね。


「リシュリューが言うには、第三者がアンデッドを用意した可能性があるんじゃないかって……」


『はい、会議でも同じ議論が起こり、警戒レベルを上げました』


「それでね周りに頼って守ってもらうようにって言われたよ」


『ハナは私が命に変えてもお守りします!』


 左胸に握った拳を当てて、誓いの言葉を述べるアルバ。寝巻き姿でもアルバはいつでも騎士団長なんだなぁ。


「あっ! プライベートの時間に仕事の話したくないっていってたのに私から話振っちゃってごめんね」


『いえ! 相手がハナならばいかなる時でも騎士団の規律や騎士道精神について話させていただいてもかまいません!』


「えー、それよりどうせ聞くならアルバの趣味とかがいい!」


『趣味……ですか? これといって無いのですが、筋トレくらいでしょうか』


 ぴらり、とアルバが寝巻きをつまみ上げて、お腹を水晶に映した。

 ――! ブフォッ……。

 そこには見事に六つに割れた美しい筋肉美のお腹が!

 これが俗に言うシックスパックなのね。

 アルバの顔と体のイメージが結びつかない。

 乙女には刺激が強すぎました……。ガクッ。


『ハナの趣味は何ですか?』


 ――リシュリューに早く寝るように言っておきながら、しばらくアルバとのおしゃべりを楽しんでから眠りにつく私だった。

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