48 浄化 2
ガサガサと葉の揺れる音と共に角の生えた白い兎が六羽、左右から現れて私達の前方に並んだ。アリエスは背負っていた弓を取り出して二本の矢を構え、トーラスが声を張り上げた。
「ホーンラビットです!」
アリエスの放った矢が、跳ねながら近づいてくる三羽のモンスターの内の二羽を仕留め、もう一羽のモンスターをトーラスが振り下ろした剣で胴体を薙ぎ払った。アリエスは背中の矢筒からさらに矢を取り出して次に備えて構える。私を庇うようにアルバが前に立っていて、私の左右をアリエスとトーラスが守る。
私の背後にいた騎士団員が一斉に魔法を唱える声が響き渡った。
「「「『光よ! 我が前の敵を穿て【聖なる弾丸】』」」」
残ったホーンラビットに向かって追尾する光の弾丸。見事命中しモンスターは跡形も残らず爆散した。トーラスが足元に転がるホーンラビットの角を次々と剣でスパッと切り落としている。アリエスは角を失ったホーンラビットを一箇所に集めてナイフを取り出した。
ううっグロい。モンスターと分かっていても見た目が兎だと情が湧いてしまう。
「あれは何してるの?」
「ホーンラビットは無駄な部分がないモンスターで、あの角は薬になるんですよ。ああやって血抜きして解体することで焼いて食べるときに臭みが消えます。ですが今はそんな悠長に素材集めしていられませんから、処理は後回しです」
アルバは腰のポーチの蓋を開いて三羽のホーンラビットをマジックバッグに吸い込ませた。
森を進んでいくとガルルル……と唸り声をあげ、口から炎を吐く黒犬が三匹現れた。内一匹が遠吠えを響かせる。
「前方にヘルハウンド三体! 来るぞ! 『光よ! 我が盾となれ!【神聖障壁】』
私達を噛みちぎろうとして飛びかかってきた三匹の黒犬がアルバの出した光の障壁にぶつかって悲鳴をあげて落下していく。
脳震盪を起こしてゆらゆらと立ちあがろうとしている隙に、トーラスが剣に光のオーラを発現させて横殴りの一閃で黒犬をまとめて両断した。
ヘルハウンドの体は切断面から崩壊し跡形もなく消え去っていく。
アルバは口元に手を当てて考え込んでいた。
「この地域に生息していないはずのヘルハウンドがなぜこの森に……」
ワオオーン……とヘルハウンドの遠吠えが森の中を木霊した。トーラスが一歩前に出て剣を構える。
「先ほどの遠吠えでヘルハウンドが集まってしまったか」
赤く光る目玉が数十個と茂みの中ギラギラと光っているのが見える。私達はヘルハウンドの群れに包囲されてしまった。皆の目に警戒の色が浮かびあがる。
アルバが剣を掲げて、声高々に号令を上げた。
「総員傾聴! アンデッド系なら私達にとっては寧ろ好都合だ! これより同時詠唱で全方位にターンアンデッドをかけろ!」
「「「「ハッ!」」」」
指揮者のようにアルバが剣を振り下ろしたのを合図に詠唱が始まった。
『『『『光よ! 不浄なる魂に安らぎを与え給え!【悪霊浄化】』』』』
私とアリエスを除くこの場の全員が詠唱を始めると、あたりに光のカーテンが複数浮かびあがってオーロラのように煌めき、光を浴びたモンスターは断末魔を上げ消え去っていく。ホッとしたのか騎士団員達が歓声をあげていた。
「視察団からはEランクモンスターの情報しか上がってませんでしたよね」
「ううむ、まさかこんな村外れの森にCランクのヘルハウンドの群れがいようとは」
歓声の中、冷静さを崩さないアリエスとトーラス。
ヘルハウンドの遠吠えによって他のモンスターが遠ざかったのか、あれからモンスターの姿を見ることはなく目的地の池に到着した。池の周りの木や足元の雑草に至るまで全て黒く染まっていて、池の水は墨汁を大量に流し込んだかのようにドロドロしている。黒い霧は池から発生しているようだ。
「うわぁ、池も真っ黒だ」
『ドロドロドラ〜』
「私には青い色の池に見えます」
アルバには青く見えるらしい。黒いのが見えるのはやっぱり私とドラだけなんだ……。
歩いてきた道を振り返って見ると、黒い雑草の中で私が歩いた足跡の部分だけが緑色になっているのが分かった。
浄化をお願いされてから、私にできるのか不安があったけど、実際目に見えて触れようとすると消えていくのを実感して、何となくだけど私に出来そうだという根拠のない自信が湧いてきた!
水面に近づこうとする私の腕を、アルバが引いて止める。
「アルバ?」
「……音が聞こえます」
ズルズル、ズルズルと何かが地面を這ってどこからか近づいて来る。そしてチロチロと舌が動くような音。
「「「うわああああ」」」
騎士団員の悲鳴が聞こえた。こちらに向かって来る騎士団員が数人。怪我をした団員を背負っている人と怪我人に肩を貸して共に逃げている人だった。アリエスが怪我人の様子を見て、毒消し薬を使うように指示を出している。
アリエスがアルバに報告に戻った。
「想定Aランクの大蛇のモンスターを確認。毒のブレスを吐き、攻撃をくらえば麻痺を受けるとの事です」
「トーラスは?」
「大蛇と戦闘中です。私も参戦してこちらに向かってこないように誘導してきます」
私も怪我人を治療しに行こうと一歩踏み出そうとすると、アルバが私の腕を掴んだままで動けなかった。
「あれくらいの傷はポーションで治ります。今は私から離れないように」
そう冷たく言いながらもアルバは仲間の元へ駆けつけたい衝動を抑えて、私を安全な場所で守るためにここで我慢しているように見えた。
「アルバ、トーラスさん達のところに行って加勢しよう」
「ですが……!」
「私守ってもらってばかりのお荷物だけどさ、そのせいでアルバの足を引っ張りたく無いよ」
「ハナをお荷物だなんて思ったことは一度もありません! 私に何かあれば治療はハナに任せますよ!」
「うん、任せて!」




