47 浄化 1
「昨日は迷惑かけちゃってごめん、アルバを呼んでくれてありがとうね」
『ハナが倒れた時、俺の心臓が止まるかと思ったよ』
翌日。ポーション百本を神殿に寄付しに訪れたネモフィラから贈られた通信機の水晶玉を使ってリシュリューと通信しているところだ。
水晶に映るリシュリューの目の下にはクマがあり髪はボサボサ、服は昨日と同じままだ。
「リッシュ、もしかして寝てない?」
『おっと!』
――プツンと一旦通信が切れたあと、パアッと水晶が光った。これは受信側の光だ。私は慌てて光を放つ水晶をタッチした。水晶に再び映るリシュリューは、少し大人の姿に成長して黒い着流しを身に纏っていた。
『放送事故さ』
「プッ、何それ!」
『ねぇハナ教えてよ、アルバの治療法って何だったの? 一晩考えたけど分からなかった。アルバにあって俺に無いもの……神聖力か?』
私を回復させる方法、それはスキンシップです! なんて言えるわけないよ。
椅子に座ってテーブルの水晶を見つめる私の膝にぴょこんと急にドラが乗って、水晶の前にニュッと顔を出した。
『ドキドキドラ!』
『ドキドキ? どう言う事だい?』
「わーっ! ドラ余計なことを言わないで!」
慌ててドラの口を手のひらで塞いだ。
『ふが……ハナがドキふが……魔力……マナなるドラ』
『ハナをドキドキさせることで俺の力がハナの中でマナに変換されると言う事かい?』
『ドラー!』
ちょっ、何二人で話進めてるのぉー!
『つまりハナはアルバにドキドキしているって事か……、そうか良く分かったよ、俺がもっと頑張らないといけないってことがね』
ニコッと恐ろしく美しい笑みを浮かべるリシュリュー。
ヒェッ、私の口端がピクピクと震えた。
♦︎
サンジェルマン卿に頼まれていた、各地の池を浄化するための準備が整ったということで、久しぶりに花巫女の衣装を身に纏い、朝早い時間から神殿前に集まっている騎士団員と合流した。全員肩と胸にプレートアーマーを装着している。
アルバの隣でミルクティー色の髪に長めのツインテールをした女の子と、黒髪で襟足に二本の短い三つ編みをしている男性が敬礼をしながら自己紹介をはじめた。
「花巫女様初めまして。私は神殿騎士一番隊隊長のアリエスと申します。癒しの魔法でサポートさせていただきます」
「花巫女様お初にお目にかかります。自分は神殿騎士ニ番隊隊長のトーラスです。皆様の前衛を務めさせていただきます」
隊長二人の後ろで十数名の騎士団員が揃って敬礼した。
「ハナです、今日はよろしくお願いします」
私の右肩の上で緑色に光って浮かぶドラも挨拶した。
『よろしくドラ』
顔合わせを済ませたあと、私が馬車に乗り込むとアルバも中に入って来て隣へと座った。
ガラガラと音を立てながら馬車が山道を下っていく。
「隊長の二人が馬車の前後に付くので安心して任せられます」
「これから向かうのはグラス村なんだよね?」
「そうです、ワイルドボアの番の希少種と遭遇した付近になりますね」
スッとアルバが手を繋ぎたそうに私に右手を差し出した。このまま手を取ったら私の手食べられちゃうんじゃないかと変に意識して躊躇してしまう。
「ハナ、お手を」
観念してアルバの手の平に私の左手を置くとぎゅうっと握られて、アルバがククッと笑った。
「取って食べたりしませんよ」
ううっ心の中を見透かされてる。
気分を変えようと窓の景色を眺めていると、なにやら黒いもやっとしたものが動いたのが見えた。
「あの黒いのはなんだろう……?」
私が呟くと、ドラも窓に近づいて外を確かめた。
『モヤモヤしてるドラ』
私達のやりとりを見て、馬車を一旦止めるアルバ。
「どこですか?」
馬車から降りると、街道に生えている雑草が黒く染まっていて、木々の奥から黒い霧が立ち込めているのが見えた。それはとても禍々しい感じがしてぞわりと鳥肌が立った。キョロキョロして黒いものを探す様子のアルバには黒い霧が見えてないっぽい。
馬に乗ったアリエスとトーラスが私の近くに来て、馬から降りた。二人とも落ち着きをなくした馬をなだめている。
「この場所には何かありますね。嫌な寒気がします」
「同感です、馬が異様に怯えています」
私は黒い霧の発生源と思われる黒の密度が濃い方向を指差した。
「黒いもやもやした霧のようなものがあちらから噴き出ています」
地図と森を見比べているアルバ。
「確かにこの方向を進んだ先に例の池がありますね、注意してここからは徒歩で進みましょう」
たんぽぽの綿毛を黒く染め上げたようなふわっとした塊が近くに飛んでいたので手を近づけてみた。すると手が触れる前にボロボロと崩れて消えていった。
今のが浄化なのかな? ドラが飛んでいる周辺でも同じことが起こっているので浄化できてると思って良さそうだ。
よーし、がんばろう! 目に見える黒い部分に向かって近づいてみると、私を避けるように霧が別方向に流れてボロボロ崩れ落ちていった。
両手をブンブン振って霧を消していると、アルバに背中をポンと叩かれ止められた。
「何をしてるのですか?」
「私が黒い霧に近づくと消えていくみたい」
「成程。ハナ、ここで見えているのは置いといてまずはその大元まで行ってみましょう。トーラス! 警戒を怠るなよ」
「ハッ!」
先陣を切るのはトーラス。腰の剣はすでに抜かれていつでも臨戦体制に入っている。
「――何か、来ます!」




