密室の消失(12)
「なるほど。で、倉庫の中はどうなってた?」
「言った通り特別変わったものは置いてありませんでしたし、機械用オイルだとかの引火しそうなものはありませんでした。ただ、ダンボールは一応ありました。中に何か入っていましたけど」
「うん。じゃあ窓は?」
「そこまで覚えていません」
キッパリ言い切る水戸。
「ほー、それは妙だなあ。普通絶対気づくはずなんだけどなあ」
「絶対なんて言えないでしょ別に。ていうか倉庫の話はもういいでしょう」
「いや、全然良くないんだよ、これが」
夢路は軽く息を吸い込む。ここからが正念場だ。
「用務員の善さんの話だと倉庫には窓がないらしい」
「私は荷物を置いてすぐ帰ってきましたから、たまたま気づかなかっただけです」
「チビ助よ、想像してみてくれ。昼間の太陽が眩しい日差しの中、窓のない倉庫の中はどうなってると思う?」
夢路はソラの方を振り向く。
「窓がないってことは光が入ってこないってことだから、真っ暗なんじゃないですか?」
「そう、その通りだ。そして、いくら一瞬だけ倉庫に立ち入ったのであっても、電気をつけなければ荷物を置くなんてできない。倉庫の中身を認識しているのなら尚更だ。窓がないのなら設計上、必ず電気は付いているはずだが、お前は使わなかったのか?」
夢路は真っ直ぐ水戸を見つめる。
「それは……ああ、そういえば付けましたね、電気。忘れてました」
『ここでもシラを切るのか。じゃあ続けるか』
夢路は再び口を開く。
「電気を付けたのなら、窓があったのか覚えてないなんてならないだろ。どうして嘘をつく? お前はあの倉庫に本当に行ったんだろうな?」
「もちろん、行きましたよ。変な言いがかりはやめてください。ただの記憶違いです。話をさっさと進めてください!」
水戸の語調が強くなる。
「俺はよ、一つ疑問に思ってたことがあるんだ。なぜお前は倉庫の話をしたがらない? 部屋に行った時も今も、お前は倉庫についてほとんど話そうとしない。お前は倉庫に行った、これは俺も事実だと思う。じゃないと、お前は業者から届いたさらし粉をどこに隠した、という話になる。だから、これはいい」
夢路は一つ息をつく。
「ならいいじゃないですかそれで」
「しかし、お前は倉庫の話を嘘をついてまでさっさと切り上げようとした。これが俺には納得できない。どうしてだ?」
「だから私は嘘なんて——」
「答えは簡単だ。お前は自分が倉庫に行ったことで、何か人には言いたくないやましいことがあるからだ」
「……」
水戸が黙ったまま、少しうつむき加減になる。
「なんなんですか? そのやましいことってのは」
水戸の代わりのように、今度は火野が口を開く。
「金髪ちゃん、お前は化学は得意か?」
「まあ、人並みには」
「化学反応の中に発熱反応と呼ばれる反応があるだろ。あれは正しく使えばカイロや駅弁なんかで温めるのにも使われる」
「それくらいは分かりますけど、正しくってことは逆に?」
「悪く使えば、その反応熱で火事なんか起こすこともできる。この化学反応は、カイロだったら空気に、駅弁なら水に触れることで起きる。そして、プールのさらし粉は、駅弁で使われる発熱剤と同じように水によって熱を発生させる」
「……」
火野は水戸の方を振り返り、同じように口を閉ざしてしまう。ソラは冷静にその場の状況を観察する。
「水戸、お前の能力『ウォーター』なら壁なんか関係なく、密室の中にでも水をかけるのは可能だ。そして最後にプール倉庫に入ったお前なら、さらし粉の周りに燃えやすいものを置いて、不完全な発火装置を作ることができる。これなら、もしプール倉庫が開けられることがあっても言い訳が作れる。これが俺の推理だ。反論はあるか?」
水戸はゆっくりと夜空を見上げ、大きく深呼吸をしてから、夢路の方をまっすぐ見る。
「……ありません、反論なんて。夢路先輩の言う通りです。私が今回の事件の犯人です」
「やけに素直だな。もうちょっと反抗してくると思ってた」
「それは、今回の事件は単に私が魔が差しただけだからですよ。特に意味なんてない。裕福な家庭の子供が万引きするのと同じです」
『魔が差したねえ。優等生の真面目ちゃんの方が案外闇が深いのかもな』
夢路は内心で水戸の深淵を覗いたような気がした。
「火野さん、あなたには悪いことをしたわ。いきなり犯人扱いして罪をなすりつけようとして。ごめんなさい。別に私、あなたのこと嫌いじゃないのに、いつも強く当たってしまうのも……」
「気にすんな。あたしも今回のことでお前をとやかく言うつもりはない。ただし、今後絶対に放火はしないこと。これだけは誓え」
「火野さん……」
水戸の目から涙が流れ落ちる。火野の深い心に触れて何か感じたのだろう。犬猿の仲の人間を、こうも簡単に改心させるなんて。まるで九十年代のヤンキー漫画の主人公だ。ソラは自然と感心する。
涙を拭き終わると、水戸はさっきのように凛としている。いや、先程よりも力強い。
「これからどうするんですか? 私はもちろん警察行きでしょうけど」
「おいおい、別に俺はそんなこと言ってないだろ。俺は単にお前に犯人を教えてやっただけだ。警察には、そうだな……さらし粉が何かの拍子で濡れてたまたま起こった事故だった、くらいは言っておくさ。話は済んだし、行くぞ二人とも」
三人は黙ってその場を立ち去った。




