第2話 変わらずの芸術(1)
場面は、教室。まだ日が昇っているころである。辺りをみるとビニールシートが敷き詰められており、目の前には机と椅子だけが置かれた何もない空間。
『これじゃあ、何も分からん』
男は、再びまどろみへ戻る。
***
「うーん」
放課後の一年二組の教室で、ソラは書類に向かいながら頭を抱えている。
「ソラ、何悩んでいるの?」
ミナミが机の上の紙を覗き込む。
「部活の申請書なんだけど、新しい部活を作るには部員が最低五人必要なんだって。今のところ私と先輩の二人だけだし、あと三人どうしよう?」
昨日、勢いのままに「探偵部」の設立を宣言したソラ。しかし、その勢いがゼロになる壁に早速ぶつかってしまう。
「名前貸すだけなら私の名前使ってもらって大丈夫だよ」
「ありがとう。ちょっとこれから先輩にも相談してみる」
「うん。じゃあ、私もこれからテニス部だから頑張って!」
ソラとミナミは爽やかに教室で別れた。
***
旧校舎三階の化学準備室。すでに部屋の主はベッドで寝息を立てている。その静寂を破るように勢いよく扉が開く。
「こんにちは、先輩!」
声を掛けられた部屋の主、夢路はゆっくりと上体を起こす。
「おはようございます、先輩」
「ああ、おはよう」
二人の間で、正しい挨拶が交わされる。
「早速なんですけど、『探偵部』の新設に部員が足りないんです。どなたか当てはいませんか?」
「部員っていうと、三人か」
夢路があくび混じりに返答する。
「はい。でも、私の友達も一人名前貸すだけならって言ってくれてるので実質あと二人です」
入学したばかりの一年生とは違い、夢路は広い人脈があるはずだ。二人くらい簡単に見つけてくれるだろう。ソラはそう思っていた。
すると再び部屋の扉が開く。入ってきたのは赤縁の眼鏡をかけた女子生徒で、緑の上履きの二年生。未知の来訪者にソラは首を傾げる。
「よう、ブン屋。景気はどうだい?」
「別に私たちは商売でやってないからねー。でも、面白い記事は入ってるよ。というか、どうして今際さんがいるの?」
「え? どうして私の名前を?」
「だって昨日のテニス部の事件の重要人物じゃんか。ほら、ここにも記事になってるよ」
女子生徒はソラに新聞の一コマを指差す。その見出しには「テニス部、盗難事件!?」と書かれている。
「そろそろ読ましてくれよ、今日の夕刊」
「はい、どうぞ」
夢路は新聞を受け取ると広げて読み始めた。
「おっと、自己紹介がなかったね。私、後藤郁代。新聞部で部長やってます。よろしくね、今際さん!」
「はい、よろしくお願いします」
何をよろしくさせたのか不明だが、ソラは会釈で返した。
「お、ちゃんと探偵部の広告あるじゃねえか」
新聞に目を通しながら夢路は声を上げる。
「うん。ちゃんと注文通り目立つところに書いといたよ」
まだ出来ていない部活動で広告を打つ生徒がこの世に何人いるのだろうか。ソラは意味のない調査に想いを馳せる。
「そういやよ、ブン屋。探偵部の新設のために名前貸してくれ。部員が足りないんだ」
「いいよ別に。じゃあ、また面白い記事あったら来るから」
後藤は足早に立ち去っていった。新聞部の活動は忙しいのだろう。
「よし、他にちょうど誘いたいやつが二人いるからそれでちょうどだな。お前さんの友達は、今回は大丈夫だ」
いともあっさり部員問題が解決しそうで、ソラはとりあえず安堵する。
「そうですか。でも、どなたを?」
「とりあえず、体育館行くぞ」
徐に立ち上がり部屋を出ていく夢路の後ろを、ソラはついて行った。
***
夢路とソラが体育館に到着すると、中ではバスケットボール部とバトミントン部が真剣に練習をしていた。
夢路はバトミントン部のエリアを素通りし、バスケ部の練習場所に向かった。
「タツ、ちょっといいか?」
夢路の声を聞き、一人の男子生徒がこちらに歩み寄る。夢路に負けず劣らずの大柄な体に、目鼻の整った顔。間違いなく女子生徒に人気な人物だろう。
「これ、書いてくれ」
ペンと部活の申請書を差し出す。
「ああ、例のか」
それだけ言うと男は淡々と名前を書く。
「頑張れよ、色々」
「サンキュー」
男は練習に戻り、夢路は体育館を後にした。