密室の消失(4)
「じゃあな、チビ助。良い夜を」
「はい、おやすみなさい。……お風呂はちゃんと入って下さいね」
「分かった分かった。お前は俺の母親か」
こうしてソラと廊下で別れた後、夢路は言われた通りに風呂に向かった。八時から九時までが風呂の時間なので、終了十分前の今から風呂に入るなんて奴はほとんど、いやまずいないだろう。
案の定夢路一人の貸切状態だが、ゆっくりできないのが残念だ。カラスの行水の如くさっさと風呂を出て、自分の部屋に戻る。さてと、明日は日曜日か。今日は真面目に宿題でもやってそれから寝るか。たまには俺も勉強しないとな。えーっと、「次の変化を化学反応式で表せ。また、発熱反応か吸熱反応かも表せ」か。化学は嫌いなんだよなあ。
そう言って一時間も経たない内に灯りを落とし、床に就いたのは内緒の話である。
***
次の日、ソラが起きて時計を見ると六時五十分。七時からの朝食に十分間に合う時間である。昨日は夢路と分かれてから一人で就寝したわけだが、それが新鮮に感じた。いつもは相部屋のミナミが横にいるのだが、ただいないというだけでどこかぎこちなく思ってしまう。あまりスッキリとした朝を迎えられなかったが、とりあえずベッドから起き上がる。
食堂に向かうと、昨日の夜夢路とあった場とは打って変わって賑やかなガヤガヤ声が廊下を通って階段の方まで聞こえてきた。
ソラが食堂に入ると、席が満席状態。つまりこの寮にいる一年生がなぜかほぼ全員集合していた。日曜の朝の七時である。いつもならだいたい七時半くらいじゃないとここまでの出席率はありえない。
今日は本当に非常事態が起こっているのかもしれない。そう思って周りから話を聞こうとした時、突然入り口で立ち尽くしているソラの方に視線が集まり、周りは静かになった。
はて、私が何かしたのか? 昨日は別に寝てただけだし。……待てよ、もしかして昨日の夜先輩のところに行ったのがマズかったのか? 確かに門限ギリギリの行動だったが、そんなことでこんな大事にはならないだろう。でも、他に私が何かしたかと言うと……。いろんな疑問がソラの中に浮かんでいた時、ソラは後ろから肩を叩かれた。
「すごいね、こんな時間にみんな揃って。何かあったの?」
振り返ると火野だった。まさかこの視線は私じゃなくて彼女のもの? 新たな疑問が生まれた時、バッと勢いよく椅子から誰かが立ち上がった。
「火野さん、あなたなんでしょ?」
立ち上がったのは水戸だった。
「一体何の話をしてるのか見えてこないんだけど?」
これはソラも同感だ。水戸は何を言いたいのだろう?
「この期に及んでとぼけるつもり? 決まってるじゃない、昨日の夜の火事のことよ」
「火事? そんなのあったの?」
堪らずソラは口を出してしまう。しかし火事とは、全く気がつかなかった。これは夢路のことを馬鹿にできないかもしれない。
「ええ。昨日の夜、プールの方が火事で燃えたのよ。幸い、火は何とか消し止められて被害があったのはプール倉庫とプールの屋根の一部分のみに抑えられたわ。出火元は全焼してしまったプール倉庫の中かららしいのだけど、燃えている時には倉庫は鍵がかかっていて、誰も入ることが出来なかった」
「倉庫の鍵なんて職員室に保管してあるだろうし、それを使えば別に不思議でも何でもないんじゃない?」
ソラは乗りかかった船とばかりに疑問を投げかける。
「確かに職員室に鍵はあるけど、そもそも職員室に入るのに鍵が必要だし、鍵や周辺の窓にも荒らされた形跡はなかったそうよ」
「つまり、昨日の夜鍵は持ち出されていなかったって言いたいの?」
「ええ、そうよ」
「だったら、それで何で火野ちゃんが犯人になるの? 倉庫が密室で誰も入れないなら放火の可能性はありえないはずだろうし」
「決まってるじゃない、火野さんの能力よ。それなら問題なく犯行が可能よ」
「能力? ホントなの火野ちゃん」
ソラが後ろの方を振り返ると、火野は首を縦に振る。
「ああ。アタシの能力『ファイア』はマッチくらいの火を出せる力だし、一メートル程度なら離れていても使えるよ」
「それは壁とか障害物があっても使える?」
「……うん」
なるほど、疑われる材料は十分揃っているわけだ。




