写った被写体(終)
「中々きれいな桜でしょう。よく撮れてる」
「リュウ、それ桜なの? 色も黄色いし……もしかしてこれ」
「その通り。こいつが例の御衣黄だ。花弁をよく見ろ、ちゃんと桜の形をしているだろ?」
皆が近づき、花びらを確認する。確かに夢路の言う通り、ハート型の花弁が付いている。
「ちなみに花は緑から黄色に、そして最後には中心が赤くなる、ちょっと変わった桜だ」
「何でそんなに詳しいんですか?」
「昔、お袋と一緒に遠出して見に行ったことがある」
あれだけ話題になっていた押し花に使われていたものであるはずなのに、意外にも実際の木を見た人間は少数だったのだろう。陸上部の面々は物珍しそうに眺めている。
「そいつを見つけるのにはかなり苦労したんだ。校舎の裏山に何日も通ってようやく出会えたんだから。大方占い部のやつらが大量に狩ったせいだろう」
万が一、そのような自然破壊を行なっている事実があるのであれば犯人は購買部だろうが、ソラは口を閉じておく。
「まあ、その甲斐あってこの写真で賞も取れたけど」
顎を突き出し、自慢げに語る田村。ここぞと威張りやがって。きれいなのは認めるけど。
「でも、この写真何か変だね」
柊の冷静な声が響く。皆が御衣黄に見惚れて静かな分、さらに余計に。
「おっしゃる通り。この桜には、現実ではありえないことが起こっている」
「現実ではありえない?」
ソラが間抜けな声で聞き返す。
「この桜、光はどっちの方向から受けている?」
「それは……左だね。向かって左側が明るいし」
桐生が答える。
「じゃあ、影はどっちにある?」
「影? そんなの右側に……って、あれ?」
桐生が言葉を詰まらせる。
「そうだ。この桜、影が左側にある。光の方向、つまり太陽と同じ方向にある」
もちろん、これは言うまでもなく自然の摂理に反している現象だ。
「さて、田村。お前はこの桜、どこで撮った? 苦労して撮った? お前の能力『シャッター』は、自分の目の前の光景を写すのではなく、自分の想像した光景を念写する力なんじゃないのか?」
田村が膝を折って地面に倒れ込む。答えは聞くまでもないか。
「本来ならお前が昨日写した写真も確認するところだが、やらなくても良さそうだな」
今思えば、写真部の部員がソラのことをやけに警戒していたのは、田村がこの御衣黄を賞に応募したからか。能力が露見すると、芋づる式に捏造した写真だとバレるし。ソラは頭の中で合点がいく。
「これで私からの話は終わりとさせていただきます。この額縁を戻しておかないといけないんで。柊、後は頼むぞ」
「ああ。この田村の処遇、陸上部で預からせてもらおう」
夢路とソラは再び額縁を小脇に抱え、写真部の部室前に向かう。もしかしたら、一年前の事件も追及されるのかもな、という考えが浮かび、少し田村に同情しそうになる。しかし、二人は振り返らない。地獄に突き落としたのは、他でもない二人なのだから。
***
その後、田村の処遇が決定したと桐生の口から探偵部の耳に届く。詳しいことまでは教師陣から教えてもらってないらしいが、何らかの法的処分を受けたらしい。退学、とまではいかないようだ。まあ、それでも警察の厄介になったら、罪としては充分だろうけどな。
「何にせよ、事件解決して良かったですね」
「お前さんの巻き込まれ体質のせいで、余計な事件に関わっちまっただけだろ」
夢路は毒を吐きながらコーヒーを飲む。何とも器用な男だとソラは若干皮肉めいたことを考える。すると、その時来訪者が扉をを叩く。
「どうぞー」
入ってきたのは柊だった。
「この前の件では、ずいぶんと世話になったからね。礼を言いにきた」
「そいつはどうもご丁寧に。大したことはしてないがな」
「いやいや、面白いものが見れた。改めて眠りのリュウ、聞きしに勝る推理力だったよ」
「褒められても何の足しにならねえよ」
夢路はコーヒーを飲み干し、ベッドに転がる。
「眠りのリュウって何ですか?」
「夢路くんの一年生の頃の渾名さ。四六時中寝てるくせに、単位を落とさないどころか他人の悩み事まで解決してくれる。不思議な名探偵みたいにみんな思っていたさ」
一年前から今の片鱗を見せていたのか。だからこそ、今も探偵部には依頼人が殺到しているということだろう。
「まあ、今は探偵部の夢路くんか」
柊はソラの方を見つめて話す。
「柊さん、今回の事件あなたどこまで見えていたんですか?」
ソラはずっと喉に引っ掛かった小骨のような、小さな疑問をぶつけてみた。柊はまるで今後の展開が見えているかのように立ち回り、夢路のサポートをしていた。ひょっとすると事件の全容に辿り着いていたのではないのか。
「君は私のことをずいぶんと高く評価しているみたいだね。だけど私にできるのはせいぜい円滑に話を進めるくらいさ。君たちのように推理を構築するなどという高度なことはできない」
「でも、あなたは円滑に話を進められ過ぎるんですよ。まるで、予め真相が読めているみたいに」
柊が一息間を置く。
「私はあくまで傍観者。事件を解くのは探偵の役割だろ?」
柊の発言にソラは眉をしかめる。
「そんな顔しないでくれたまえ。では、私はこれで」
そう言い残し、柊は去っていった。世の中、怖いくらいすごい人が案外身近にいるものである。
「あいつは狸だからな。ほどほどに相手してやれ」
この口振りだと、夢路も以前何かあったのだろう。ソラは一年前の桜坂学園に想いを馳せる。




