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中途半端は大変です!  作者: 平下駄
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無力な容疑者(終)

「いいえ、全く。申し訳ないですが皆さん、もう一度押し花のレシートの有無だけチェックさせてください」

 会長が部員たちに呼びかける。全員が納得の上で再び検査が開始する流れになったその瞬間。


「Noだ。それは悪手中の悪手だ。飛ぶ鳥落とす勢いの押し花だぞ。レシート持っているやつなんて山程いる。徒に容疑者を増やすだけだ。それに犯人がそんな分かりやすくレシートを持っていると? そもそもお前たち、身体検査で漏れている項目がある」

 夢路が完全に場を支配し、筋書き通り進み始める。更に胸の鼓動が高まるソラ。もはや自分が容疑者だったことなども忘れ、夢路の発言に夢中になっていた。


「漏れている項目だと? 失礼な事を言うな、夢路。我々はきちんと隅々まで……」

「履いている靴は?」

 反論した副会長がキョトンとする。


「今回盗まれた金は紙幣だけだろ?」

 田中は再び頷きを返す。

「レシートと札だけなら、インソールの下なんて正に盲点だろ」

 確かにソラが検査された際は、あくまで身につけている衣服と鞄が念入りに検査されただけであり、靴を脱いで中までチェックされることはなかった。


「では、全員の靴だけを検査すればいいのだな?」

「副会長さんよ、俺の話聞いてたか?」

 皮肉めいて夢路が答える。


「ただのレシートじゃマーキングとしては不十分だ。指紋であったり時間であったり何かしらの条件をクリアしてはじめてアポートのマーキングになるのさ。つまり、どうにかこうにかして犯人は事前にレシートに触れていなければならない。そして、客以外にレシートに必ず触る人間が存在する。これもスペゲスさんに答えてもらおうか」


 話を振られた山本は、露骨にため息を吐く。

「店員、今回で言えば購買部の部員だな」

「この中にいるテニス部と購買部を兼部している人間。それだけ調べるだけなら大して手間もかからないだろうよ。ということで生徒会の皆さん、後は任せても?」


「……ええ。ありがとう、夢路くん。これで何とか解決できそうだわ。山本くん、立ち会いをお願いしても?」

「構わねえよ。……夢路、一つ貸しだぞ」

「借りの間違いだろ? じゃあこれで部外者は退散さ」

 こうして夢路は化学準備室に帰っていった。ソラはかつてないほどの興奮を覚え、しばらくその場に立ち尽くしていた。


『すごい、私もあんな風に振る舞えたらどんなに楽しいんだろう……!』


   ***


「今日は、本当にありがとうございました!」

 準備室に戻った夢路・桐生・ソラ。夢路は再びベッドに寝転がる。

「どうだい、初めて異端審問にかけられた気分は?」

「最初はハラハラしましたけど、途中から楽しくって! 先輩の話聞きいっちゃいました!」


「楽しかった、ね。お前さん、実は将来大物だったりするのかもな」

「いや、先輩の方がすごい人ですよ。まさに鮮やかな推理、名探偵みたいでした」

「推理、ねえ。そこまで大仰なものをしたつもりはないんだけどな」

 夢路は天井を仰ぎなからそう返す。


「でも、リュウ。これから大変になりそうだよね。生徒会と正面切ってぶつかっちゃった訳だし」

「別に対立した訳じゃないし、大丈夫だろ。ただの意見交換さ」

 桐生の心配をよそに、夢路は大の字のままである。


「そういえば、ソラちゃん。結局部活はどうするの?」

「そうですね。まあ他に候補がないし多分テニス部になると思います」

「ずいぶん消極的だな。満足するものがないなら新しく作るっても手だろ」

「作る、ですか?」

 ソラは自分の理外の選択肢に驚く。


「そう、作る。幸い、ウチの部活動のルールは緩い。どんな部活でも通るだろうさ。ワクワクするもの、成し遂げたいことがあるならそれを実現する手段として利用するのも一つさ。どっかの商人みたいに」

 今、やりたいこと。成し遂げたいこと。ソラは少し時間をかけて考える。そして、先程感じた一つの気持ちを思い出した。


「あります、やりたいこと! 私、先輩みたいになりたいです!」

「俺?」

 夢路は体を起こし、ソラを見る。


「はい! 先輩みたいに難事件を華麗に解決する、そんな名探偵になりたいです!」

 突然の後輩の宣言に桐生は困惑する。夢路は上体を起こし、ソラの方を見る。

「いいじゃねえか、面白そうだ」

「いいですよね、『探偵部』! 先輩も一緒にどうですか?」

 絶対断る、桐生は反射的にそう思った。


「いいぜ」

 ソラは喜びの声を上げ、その場で小躍りを始める。

「ただし、条件が二つ。一つ目は部室はこの部屋であること。二つ目は部長はお前さんがやること。これを飲むなら引き受けよう」

「いいですよ、そんなの。じゃあ早速明日申請書出しますね! それじゃあ、お二人ともさようなら」


 丁寧にお辞儀をしてソラは帰路に着いた。その足取りは軽やかで、鼻唄まで歌っている。そしてその場に残された二人。

「……本当に大丈夫なの? 今までわざと作らなかったのに」

「そうは言っても、そろそろ頃合いさ。それにアイツは面白い。生徒会が今日の一件で無理矢理にでも唾をつけようとしたのもそのせいさ」


「ああ、やっぱりあれはそういうことなんだ。普段の会長さんとは思えないくらい雑だったのは。……ソラちゃんはさ、そんなにすごい能力者なの?」

「さあ、どうだろうな。それはこれから見極めてくよ。何てったって、同じ部活の仲間なんだから」


 どこからが夢路の筋書きで、どこまでがソラの自由意志なのか。いずれにせよこの日、桜坂学園おうさかがくえんは大きな転換点を迎えた。

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