写った被写体(2)
不幸の理由も直結してるし、何よりも平凡な日常で起こりそうな出来事である。日常で誰かに追われる、それは何か大きなことをやらかした時くらいだろう。そんな不幸はカロリーが高くて、とても今の俺じゃ消化しきれない。お粥くらいあっさりとした不幸がちょうどいい。朝食も食べていない男が何を言っているのだか。
「いずれにしても、今日は先輩の推理の出番はなさそうですね。非常に個人的な話で済みそうですし」
「そうだな」
そうであることを願っておこう。ソラに言われた途端、夢路は急に何か背筋が凍るような悪寒が走る。……まだ首が痛むのかな。
「あ、それと先輩。私今日委員会の仕事で部活遅れますので、それまでお一人でお願いします」
「了解、頑張れよ」
二人は校舎に着くとそれぞれの教室に向かった。
***
キーンコーンカーンコーン。
誰もいない静かな教室。ソラは時計に目をやる。針はちょうど六時を指している。気付いたらもうこんな時間か。思ったよりも委員会の仕事に手間を取ったが、ソラは職員室に報告書を届けてから、その足で旧校舎三階の部室に向かう。
振り返るとまるで今日一日が一瞬で過ぎたような。二、三行で省略されてしまったような。夢路のようにソラは授業を寝ている訳ではないが、特に描写すべきことがなかったということか。それとも勝手に自分の脳が、頭の中で今日の一日を圧縮したのだろうか。
どちらにせよ、今日は何もない平凡な一日だったということだろう。小学生の夏休みの日記に書いたら、教師に呆れられるような内容の薄さである。しかしここでソラは何か引っ掛かりを感じる。夢路の予知は、確か放課後に起こるとか言っていた。そんな都合良く現場に居合わせる訳もないだろうが、ソラは少し身構える。
キャー!
すると突然、どこからか女子達の悲鳴のような叫び声が夕暮れの校舎内にこだまする。ソラは急いで靴を履き、生徒玄関から外に飛び出す。
もしかして、これは今日の夢に関係することか? ふと、そのような考えが頭に浮かぶ。時刻も辺りの様子からこれくらいだったはず。ソラはとりあえず、校舎の裏側に回るために走り出す。夢の主が走っていたのも、ちょうどこのコースだろう。今朝の情報と酷似していることから、ソラは確信する。
校舎の裏手にたどり着いたところで、ソラはむこうから走ってくる男がいることに気付く。二人は顔を見合わせるようにしてブレーキをかける。男は肩で息をしており、初めて見る顔だった。
「そんなに慌ててどうしたんですか?」
「お前、こっちに人が来なかったか?」
「人? 私もさっきここに来ただけで。でも、途中で誰ともすれ違いませんでした」
「何? 妙だな……」
男の質問の意図がいまいち見えてこない。誰かを追いかけていたのだろうか。
「あ、見つけた!」
すると今度は、男が来た方から大勢の女子がドタバタ雪崩れ込んでくる。そして、目の前の男があっという間に取り押さえられる。一体何の騒ぎだ?
「とうとう、追い詰めたわよ。覗き!」
「そうよ、観念しなさい。この盗撮魔!」
その他の罵声が縦横無尽に飛び回っていたが、多すぎてソラの耳では聞き取れない。ただ、内容はどれも大差ないだろう。
「ちょっと待ってくれよ、それは誤解だ。俺は覗きでも盗撮魔でもないって!」
男が必死に弁明しようとしている。犯人がよく言いうベストスリーに入る第一声だ。ん、よく見たら押さえてる奴の中に知った顔がいる。
「マキさん、これは何の騒ぎなんです?」
「ああ、ソラちゃん。どうしてここにいるの?」
「さっきまで教室で委員会の仕事をしていて、これから部室に向かおうと下に降りてきたらどこからか叫び声が聞こえてきたから、とりあえず走って裏手に来たらこんな感じです。それでさっきの続きなんですけど、これは何の騒ぎですか?」
「実はね、さっき陸上部の女子更衣室を外から誰かが覗いていたの」
「だから、その場にいた全員がソイツを追いかけて、今取り押さえてるって訳ですね」
マキ以外の女子もソラの話に頷く。地面に這いつくばった男に冷ややかな視線を送る。
「だから、俺は覗いてないっての!」
「うるさい、変態!」
取り押さえられている男の発言は、周りにいた女子に一蹴されてしまう。しかし、この人が本当に犯人なのか? もし犯人なら、私の目の前で止まらずにそのまま逃げ出すのが普通なんじゃないのか? ソラは頭の中でいくつかの疑問が浮かぶ。




