無力な容疑者(6)
「なるほど。確かにそういう詰められ方をされると、お前さんは本命の容疑者だな」
話を聞き終わった夢路は、茶を啜りながらあっさりと言い放つ。
「いや、でも私以外にも犯行のチャンスはあるって桐生さんが……」
「今やってる身体検査で、何もやましい事実が発見されなかったら、一体誰が吊し上げられるんだろうな」
夢路の言う通り身体検査で何も出てこなかったら、結局は明確に犯行のチャンスが存在した自分に容疑がかかってしまう。ソラは体を震わせた。
「リュウ、そんな他人事みたいに言わない! ちゃんと助けてあげてよ」
桐生の一喝に、夢路は笑みを浮かべながら徐に立ち上がる。
「ならそろそろ行くか、事件現場」
「そうこなくっちゃ!」
指を鳴らして喜ぶ桐生と、状況が飲み込めないソラ。一体夢路は何をやろうというのか。
***
ソラ・夢路・桐生の一行がテニス部の部室前にやって来ると、先程と変わらず周りはざわついていた。
「あ、ソラ! どこ行ってたの?」
ミナミがこちらに気付き、近づいてくる。
「まあ、ちょっとね。それより今はどうなってるの?」
「今最後の人がチェック受けてる。でも多分何も出てこなそうだから……」
ミナミもソラと同じ不安を覚えているらしく、途中で言葉を止める。
「へえ、ベストタイミングじゃねえか。チビ助、お前の容疑は俺が晴らしてやる」
明らかにテンションが上がっている夢路。そして更なる登場人物の追加にミナミは首を傾げていた。
「皆さん、お疲れ様です。ただいま、全員の身体検査及び持ち物検査が終了しました。結論から申し上げると、どなたも不審な物を所持していないということが分かりました」
恐れていた事態にソラは肩に力が入る。
「これで満足ですか、桐生さん。では、今際さん。私たちと一緒に……」
会長が言葉を途切らす。少し驚いた表情を浮かべているようにも見えた。その視線の先には夢路が立っている。
「よう、虎谷。相変わらず精が出るな。こんなチビ助いじめて何が楽しいのか、俺には全く理解できないけどよ」
「夢路くん、桐生さんにも言ったけどあまり部外者が口を挟まないでくれますか?」
会長の目つきが若干険しくなる。
「部外者とはひどい言い草だな。同じ校内で起こった事件だぜ、それに無関心ってのは感心しないだろ」
「では、今度は何です? まだ気になることがあるのですか?」
「そうだな。……無実の罪の人間がさも容疑者のように扱われていること、かな」
その場の全員に緊張が走る。ソラの中で心音が強くなる。
「……どうして今際さんが無実だと? 確かに物証はありませんが、確実に犯行を行うタイミングがあるのは彼女だけです。疑いをかけられるのは当然では? それに検査の際に確認を取りましたが、練習中にコートを立ち去ったのは今際さんだけ。他に容疑者がいるのなら別でしょうが、今回は消去法的にそうなるを得ません」
会長の主張に対し、夢路は軽く返答する。
「他にも犯行可能な人物がいた。それだけの話だろ?」
「夢路、貴様は一体何を言ってるんだ? 先程の会長のお言葉を聞いていなかったのか?」
会長に佐伯と呼ばれた男が口を開ける。
「副会長殿、お前さんたちは忘れていないか? ここにいる全員は、世間一般でいうところの『普通の高校生』ではないんだぜ。俺たちは半端だろうと全員漏れなく能力者だ」
確かに誰も今回の件で、能力について考察する者はいなかった。それは当たり前のありふれたものだから意識していなかったという面もあるだろう。しかし、主たる理由は違う。
「では、夢路くん。犯人は、例えば空間移動の能力を持つ人物だとしましょう。ですが、自分自身の全身を丸ごと転移し、それを一瞬かつ長距離で行える力となると、それはもう」
「ああ、まさに『超能力』だな」
会長の言に夢路が続ける。そう、ここにいる能力者は全員中途半端。とても実用に耐えるものではない。
「でもよ、今回の件はそこまで大掛かりな能力は要らないだろ。物体を引き寄せるアポートだとかなら、問題なく可能なはずだ。流石にテニスコートからこの部室までの距離は無理でも、練習前のわちゃわちゃした部室内なら、問題ないだろ」
「確かにそれなら距離の問題は解決するでしょう。しかし、私たちのアポートにはもう一つ条件が必要です」
「対象物へのマーキングだろ? 確かに半端者の俺たちは何でもかんでも好き勝手に引き寄せられる訳ではない。何かしらの目印がないと上手く能力が発動しない。では、今回のマーキングは何なのか。スペシャルゲストに回答してもらおう」
夢路が指をさした方には、群衆の最後部にひっそりと佇む男。購買部部長 山本の姿があった。山本は一つ深く深呼吸する。
「レシートだろ? 俺たち購買部で取り扱っている『御衣黄の押し花』の。誰が広めたか分からない、レシートと一緒にサイフに入れておくとより効果が増すっていう根も葉もない噂によるブツだ」
ここでソラは桐生が購買部に来訪した意味を理解する。今までバラバラだった事柄が一つ一つ繋がっていく。ソラは今まで感じたことのない不思議な感覚に襲われる。
「さて。サイフからお金がなくなったというのは誰だい?」
田中がゆっくり手を挙げる。
「押し花のレシートを後生大事にサイフに入れていた?」
そしてこくりと頷く。心なしか頬が少し赤い。全員の前でミーハーな部分が露呈されたからだろうか。
「これでマーキングの問題は解決だ。では、最後の謎に移ろう。どうして物証が発見されないのか、だ。生徒会諸君、君たちは何が見つかればクロと考えて検査をしていた? もっと直接的に言えば、レシートは注力してチェックしたか?」
全員から沈黙が返ってくる。