規格外の正体(14)
「じゃあ、お前が走っている姿も無事見れたことだし、俺は寝る」
「マネージャーの手伝いは? まだ終わってない競技いっぱいあるけど」
「なんでも、人手は足りているそうだ。適当に会場をブラブラしてろ、とまで言われた」
「完全に暇人ってことだね。なら、一緒に他の競技見ようよ。まだリレーまでには時間もあるし」
そういえばリレーにも出場するんだったな。忙しいやつだ。
「いや、もう限界だ。今寝ないともう次は動けなくなる」
夢路がベンチに座り込みながら桐生の方を仰ぐ。視界すらもぼやけて、どんな顔をしているのかすら分からなくてなった。
「じゃあ、後はよろしく……」
***
そう言い残し、夢路は桐生の目の前で動かなくなる。ベンチに行儀良く座っているところは感心するが、いくらなんでも突然過ぎるだろう。心地よさそうに寝息を立てているので、このままそっとしておいておくのが一番か。桐生はベンチを離れ、グラウンドの方へ向かう。まだ最終種目のリレーが残っているからだ。
「やあ、マキ。さっきの走りは見事だったね。自己ベスト更新だったんじゃないのか?」
後ろから柊が声がする。
「そうなんですよ。こんなに調子の良い日は、めったにないですから。大会の時とそれが重なってよかったです」
柊はゆっくりと何度も頷く。まるで子の成長をしみじみと感じる親のように。
「練習の成果が出たみたいだね。……いや、彼の熱視線のおかげかな」
柊さんは、たまに茶化してくる。真面目なのに硬い印象が薄いのは、こういうところがあるからだろう。
「それは関係ないですよ。今だって、リュウはスヤスヤと寝てますから。今日大会に来たのも、ただ柊さんにいっぱい食わされただけだろうし」
そうでなかったら、いつも通り寮で寝ているだけだったはずだ。
「でも、マキはうれしかったんでしょ? なんだかんだ言いながら、明らかに機嫌がいいし。午前中も鼻唄混じりにスキップまでして。あんなことをしているのは初めて見た」
え? そんなことしていたのか。無意識って怖いことだ。
「そして、現在進行形で肩を落としているのも、彼の存在が大いに影響を与えていることの証拠だろう」
自分では真っ直ぐしているつもりなのに。そんなところまで観察しているなんて。やっぱり、リュウが一目置くだけある人だ。
「私のことは置いといて。柊さんは千五百メートル走、大丈夫なんですか? 確かもうそろそろ始まる頃じゃ——」
選手の皆さんにお知らせします。千五百メートル走決勝に出場される選手は、トラック前に集合してください。
「おっと、噂をすれば影だな。じゃあ私は行くよ」
「はい、応援してますから」
柊はゆったりとした雰囲気で召集場所に歩いていく。まさに鷹揚という言葉がぴったりだ。どうしたらあんなにも競技前に落ち着いていられるのだろう。
私が長距離を専門としていないからなのだろうか、いや多分違う。柊さんの性格の問題だ。強者の風格というか、大物の器というか、そんな感じか。私ももっと見やすい位置に移動しよう。多分、柊さんの応援に来ている部員は他にもいるだろうから、そっちを探す方向で動こう。案の定、すぐに桜坂陸上部の文字が背中に入っている生徒が見つかる。
「あ、なーちゃんとすっちーじゃん。二人も柊さんの応援?」
なーちゃんとすっちーは、私と同じ短距離を専門にする二年生だ。背の高い方がなーちゃんで、ちっちゃい方がすっちー。二人とも何かと一緒になることが多く、仲の良い友達だ。
「うん、そうだよー。あれ? マキは夢路くんと一緒じゃないの?」
なーちゃんが訊ねる。
「リュウならベンチで寝てるよ。慣れない早起きをして疲れたんだと思う」
「えー、せっかく二人でいい感じだと思ってたのに。ねえ」
「うん。マキは愛の力で自己ベスト出せたのに」
すっちーも同意するらしい。全く、柊さんといいこの手のからかいはやめてほしい。
「はあ、それより今は競技の方をしっかり見ようよ。柊さん、今回こそは全国行きたいはずだし」
柊さんは一年前予選で怪我をしたため、決勝に進むことが出来なかった。実力は当時から十分あったために一層辛い出来事だっただろう。
今回は、その無念を晴らす絶好の機会だ。と私は思っていたが、さっきの様子から柊さん自身はあまりそのことを気にしていないようである。まあ、当人がそれでいいのなら外野がとやかく言って心配する必要はないか。




