規格外の正体(11)
「イタズラ? どういうことだ?」
「例えばドリンクの中身が入れ替わっているのなら、全く同じ容器を用意しておいて、隙をみてすり替える、とか」
確かにウチの陸上部が使用しているドリンクの容器は、某有名メーカーのどこにでもあるものだ。入れ替えるのもさほど難しい作業ではないだろう。
「でもよ、理由はなんだ? そんなくだらないことして何になるのだか」
夢路はぶっきらぼうに返す。
「うーん、選手の妨害?」
「なら、もっと効果的なものにするべきだ。たかがドリンク一本すり替えたところで、大して意味はないだろう」
夢路は冷たく反論する。
「じゃあ、ドリンク全部を入れ替えたとかは? これなら影響大でしょ」
「あのよ、そんな大掛かりなことしてたら誰かが絶対気づくだろ。バレたらただじゃ済まないのは、承知のはずだろうし」
正直、ドリンクの中身を下剤にでもしないと効果は出ないだろうし、そこまで手間をかけるくらいならもっと別のやり方をした方が確実だろう。ドリンクの飲むタイミングや、効き目が出てくるまでの時間は個人差があり、操作できない不確定要素なのだから。
「なら、リュウは他にどんなのがあると思っているの?」
桐生が口を尖らせている。
「そんなこと、俺が知るわけがない。第一、お前は自分のことに集中しろ。もうすぐ大会が再開するんだから」
「えー、こういうの考えてる方がリラックスできるよ」
「緩みすぎて本来の力を発揮できない方が問題だ」
あまり気負いがないのはいいことではあるが。
「分かった分かった。ちょっとアップ行ってくるよ」
そう言って桐生はグラウンドに飛び出していった。
「やっぱり、マキは調子良さそうだね」
柊か。俺からすると、いつも通りに見えたけどな。
「だから調子が良いのさ。肩に力が入って緊張しているわけでもなく、かといってたるみ過ぎているわけでもない。やる気が充満している状態さ」
よく一目見ただけでそんなことが分かるものだ。観察力も凄まじいな。
「まあ、君のおかげだろうな」
俺が? 別に今日俺はマネージャーとして、マキの競技に全く関わっていないのに。夢路は一人首を傾げる。
「気持ちの問題さ。君がわざわざ大会を観に来るのは珍しいことなんだろう? だから、今日来てくれたのが嬉しいんだろう」
だからといって、俺が何をするわけでもないのに。
「私も軽く体を動かしてくるよ。君も午後からの仕事に備えてくれ」
柊は小走りで去っていった。さて、俺もそろそろマネージャーの手伝いに行くか。おそらく午前と同じく高跳の担当だろう。夢路はゆっくりとその場を離れる。
「先輩、午後からは何をすればいいですか?」
「お、やる気だね。そうだねえ、正直もう人手は足りちゃってるんだよね」
え? 俺が呼ばれた理由が崩壊している。夢路の体が突然重くなる。
「いや、もう午後からは決勝だからマネージャーが担当する競技の数も減ってるし。それに、手の空いている部員も出てきてるからね。そっちにも頼むとむしろ人が余っちゃうくらいなのよ」
ということは、俺はお払い箱というわけか。まあ、素人を使うよりいくらか慣れている選手の方を採用するのは合理的ではある。
「そういうわけだから、夢路くんは適当にしといて。興味ある競技があったら、そっちに顔出してもいいよ」
興味のある競技、か。それを探すのは中々苦労しそうだ。
「分かりました。また手が必要になったら言ってください」
「うん、帰りの荷物運ぶ時とかはしっかり働いてもらうからね」
こうして夢路は木野下と別れる。急に手持ち無沙汰になってしまった。とりあえず、グラウンドを適当に歩いて回るか。もうじき午後の部が開始されるのもあってか、少し雰囲気がピリピリしている。これから決勝が始まるのだ。全員が全国行きの切符をかけて戦う。実力者揃いの勝負が開幕する。なら、この静けさにも納得がいく。
陸上のことを何も知らない夢路だからこそ、岡目八目のような視点でものを見ることができるのだろう。大きく、そしてゆっくり外周を歩いているだけだが、この場は雰囲気も含めて中々興味深い空間だと感じた。
「只今より、午後の部を開始します。選手達は、出場する競技の場所に集まってください」
会場にアナウンスが響き渡る。同時に、選手達が慌ただしく駆け回る。いよいよ始まるわけか。どこか興味のあるところへ行けと言われてたな。
マキの競技でも観に行くか。百メートル走が行われるのはトラックだろうが、いつから決勝は始まるのだろう。パンフレットをペラペラめくっても、見たい場所が見つからない。夢路は陸上観戦も素人であった。




