無力な容疑者(4)
「大丈夫なんですかね、何も言わずに抜け出してきちゃって」
「どうせまだ身体検査してるだけでしょ。終わる頃に戻れば良いよ」
ソラの静止も何のその。小柄のソラを引っ張りながら桐生は目的地へ突き進む。
「はい、まずはここだね」
桐生が足を止めたのは校舎内の一室。室内札には「購買部」と書かれている。一体何の用だろうか。
「お邪魔しまーす! 山本いるー?」
桐生が元気良く扉を開けると、中には一組の男女がそれぞれ書類に向かって作業をしていた。
「何だ、桐生か。また夢路のおつかいか?」
男性の方がこちらの方に正対する。どうやら彼が山本らしい。
「まあね、ちょっと聞きたいことがあってさ」
「購買はもう締めちまったからな。それなら相手してやるよ。ところで後ろのおチビちゃんは何だ?」
山本は見知らぬ少女に視線を向ける。
「一年生のソラちゃん。ピカピカだよ、いいでしょ?」
「生憎俺は宝石商ではないんでな。まあ、ウチで雇われたいってなら使ってやってもいいがな」
「雇う?」
学生の口からはあまり馴染みのない単語にソラは首を傾げる。
「購買部はこの学園唯一の有給の部活動なの。シフト制でキッチリ管理しているから、イメージとしてはコンビニバイトみたいな感じね。兼部も全然構わないし」
もう一人の購買部の女性が分かりやすい補足を付け足す。
「部長と副部長は残業するが、平部員はなし。どうだ、面白そうだろ?」
今までに聞いたことのない部活動の仕組みに、ソラは好奇心を掻き立てられる。
「まあ、部員勧誘はそのくらいにして。そろそろ質問いいかな?」
脱線していた話が、桐生によって戻される。
「おう、そうだったな。で、夢路の聞きたいことってのは?」
「『御衣黄の押し花』の景気はどうかって」
ソラは今日聞いたばかりのワードに、アンテナを敏感にした。
「ぼちぼち店仕舞いだろうな。欲しがっている生徒にはほとんど捌き終わって今は熱狂的なファンか、占い好きの一年生が買ってるだけだ。せいぜい四月いっぱいの命だろうよ」
残念そうに話す山本の姿に、ソラは違和感を覚える。
「あれ? でも押し花は確か占い部が売ってるて」
「へえ、一年のくせに耳が良いな。そいつは根も葉もない噂だ。まあ、押し花の効果の裏付けの一つにはなるかと思うから放置してるけど。アレは完全に購買部だけで製造・マーケティング・販売を行なってる代物さ」
「製造もですか?」
ソラは驚きの声を上げる。
「それよりもマーケティングが大変だったがな。一月かけて占いブームが来るように仕向け、そして恋のご利益のアイテムであるような設定作り。手間かけた分キッチリ稼いだから、今は大して感慨もないけど」
目の前の男が滔々と語る話に、ソラは心底感心した。山本が行なっているのは部活ではなくビジネスであり、通常の学生を大きく逸脱している。そして、常識からもかけ離れている。
「それって、校則的にはセーフなんですか?」
「アウトとは書いてない。……いいか、一年よく覚えとけ。世の中ルールで得する奴は、従順な奴でなくルールを利用するか、作った奴だけだ。ただ口を開けているだけじゃ、餌は食えない。俺は部活動というルールを利用している。それだけの話だ」
山本は激しくもなく、かといって冷淡でもなく、諭すような口調で言葉を伝えた。
「安藤、アレ」
山本が手を差し出すと、副部長の女子生徒から一枚の紙を受け取る。
「ウチの入部希望者用の説明会のビラだ。次で最終回だから暇なら来な」
山本からビラを受け取ると、ソラはじっと内容を見つめていた。
「そういえば、押し花を買った時のレシートも一緒に持っておくと効果的って噂もあったけど、あれは購買部発?」
桐生が再び質問を投げる。
「いや、それもウチじゃないな。正直自作の商品を売るのは部活的にはかなりグレーだから、出来るだけ証拠は残したくないんだかな」
「かと言ってレシートを勝手に廃止する訳にも行かないし、穏便に済ませるしかないのよね」
消費者からすればたかが一枚のレシートだが、購買部の二人は頭を悩ませているようだ。
「まあ、目標分の利益は回収したし、販売禁止になってももう構わないけどよ」
桐生はその一言に大きく頷き、満足そうな笑顔を浮かべる。
「うん、これで聞きたいことは全部かな。ありがとう、二人とも!」
桐生は手を振って購買部を足早に立ち去る。ソラも一礼してからその後を追う。
「……まさか夢路のやつ、販売終了に追い込もうとしてないか?」
購買部の部長は一抹の不安を覚えた。