規格外の正体(6)
「先輩、この大会って規模はどれくらいなんです?」
夢路の横でスプレーやら救急箱を抱えた木野下に訊ねる。気づかなかったが、夢路はだいぶ早足だったみたいで、他のマネージャーは振り返ってようやく分かるくらい後方にいた。
「そこそこ大きな大会だね。ここでいい成績を残すと全国大会に進めるから」
つまり、地方大会みたいな感じか。
「ウチは強いんですか?」
「もちろん、と言いたいところだけどそうもいかないかな。県下なら一二を争うけど、今大会はそういうところが集まっているから、埋もれちゃうね」
なるほど、やはりけっこう大きな大会なわけだ。
「まあ、君の幼なじみの桐生ちゃんは別格だけどね。あの子は問題なく個人で全国行くだろうね」
「ふーん。そんなものですか」
「反応薄いね。あの子はまだ二年生だけど、すでにウチのエースだよ」
三年生のマネージャーがここまで褒めるのか。ならやはり、マキはそれだけ力のある選手ということか。あまり普段からは想像できないけど。夢路は改めて身内の評価を知る。
「じゃあ、先輩がもしマキくらい有望な選手だったら、推薦を蹴ってまでウチに来ますか?」
「ああ、その話ね。実は私もあの子が入部当時から気にはなってた。中学の時点で全国制覇の選手なら、どこか強豪から一声かかるのが普通。だけど、あの子は桜坂学園に来た。大して陸上が盛んなわけでもないウチに。夢路くんも理由は聞いてないの?」
「ええ。先輩から見ても奇妙な行動ですよね」
「うん、かなり。私なら普通に推薦受けるだろうけどなあ」
「一応聞いておきますが、実は下平が名監督とかいうことは?」
これなら、推薦を蹴った理由としてとりあえずは納得がいく。
「ないね。熱心な先生だとは思うけど、全国大会に出場する選手を何人も輩出したみたいな話は、噂の影すら耳にしてない」
即答だった。となると他に何があるのだろう。何か桜坂学園に他にはない魅力があるから選んだはずなのに。その内容が全く判明しない。夢路が頭を悩ましながら歩いていると、いつの間にか会場内に入っていた。
「あ、ちゃんとついて来てね。私が案内するから」
当たり前だ。初めて来た俺が迷子になったら、完全に詰みだからな。
「お願いします。そういえば、今日のタイムスケジュールってどうなってますか?」
「あ、そっか。それも渡してなかったね」
「それも?」
まだ何かあるのか?
「いや、実は事前に会場の見取り図と日程が書いてあるパンフレットを柊から渡すよう頼まれていたんだけど、ついうっかり忘れてて。後でちゃんと渡すから」
一番大事なやつじゃないか。そっちは何度も大会に来ているから頭の中に入っているのだろうが、こっちはそうもいかないんだ。
「ごめんね。次からは気をつけるから」
なんで勝手に次がある想定なんだ? 俺はもう正直駆り出されたくはない。正直な感想を心の中でだけ述べる。
「ここだね。これが今日のウチのベンチ。Bの9ね」
手前の柱にも、青い字でそう印字されている。夢路はとりあえず日陰の角にクーラーボックスを固めて積む。中身はスポーツドリンクだろうから、俺のせいで温くさせるわけにはいかない。あれ? これが今日の重要な課題のような気がしたが、理由を忘れてしまった。何の話でそうなったのか、分からん。これは思い出しが必要だ。一寝入りしてすっかり今朝の記憶が飛んでしまっている。
「リュウ、お疲れ様」
桐生がいつもと変わらない様子で近づいてくる。案外緊張しないんだな。
「まだ何もやってねえよ。マネージャーの仕事はこっからだろ?」
「うん、大会始まると忙しくなると思う。言っとくけど、今日は寝てる暇なんてないからね」
おいおい、冗談じゃねえぞ。それは非常に困る。夢路は顔を引き攣らせる。
「でも、一時間くらい休憩はあるだろ?」
「うん。でもその時寝ると、三時間くらいは起きないでしょ? それじゃあ、皆に迷惑かけるだけだよ。だから今日は仮眠禁止」
はあ、やっぱり来るんじゃなかったな。夢路は大きなため息を吐く。




