規格外の正体(2)
「お、夢路。頑張ってるな」
声をかけてきたのは、体育教師の下平。そういえば、陸上部の顧問だったな。
「まさかお前がボランティアで手伝いを申し出るとはな。正直言って、意外だったぞ」
「まあ、心境の変化です」
「いつも寝ているお前が、こんな早い時間によく起きられたな」
体育教師まで、夢路が授業中寝ているのを知っている。もはや学生の間だけでなく教師の間でも常識なのだろう。
「人間、頑張ればこれくらいできますよ」
「しかし、お前案外力持ちなんだな。クーラーボックスを四つも担げるとは」
「このくらい、男子生徒なら誰でもやりますよ」
「うーん、そういうものか。でも、ウチのマネージャーは女子生徒ばかりだからな。そういう風に彼女達が運んでいるのを見たことがないから、少し驚いてしまったよ」
夢路は、何か思惑があって褒めているようにも感じる。まさか、この流れで俺を陸上部の正式なマネージャーにしようと画策してるのか。なら、コイツからさっさと離れるのが吉か。
「じゃあ、先生。自分は荷物運びがあるのでこれくらいで」
「ああ、すまんすまん。バスももうじき来るだろうから、それまでに全部外に出しとかないとな」
下平はそう言い残して二年寮の方に歩いていった。夢路は適当な場所にクーラーボックスを置いて、また食堂に戻る。この作業を二、三回繰り返し、食堂の荷物を全て外に運び終えた。少し外で伸びをしていると坂の下から、こちらにやって来るエンジンの唸り声が耳に入ってくる。
静かな朝だから聞こえてきたのだろうか。それとも、大型バスで登るには学園の坂は厳しいのだろうか。いずれにせよ、寮の前にバスが到着したのには変わりない。言われた通り、夢路はバスの下にクーラーボックスを積んでいく。大型バスのこの部分が開いたのを見るのは、修学旅行とかの特別な時くらいだろう。指示を受けたことは全部終わったので、夢路は再び食堂に戻る。
「先輩、荷物バスに運び終わりました」
見習いの身でもあるため今日は丁重にいこう。
「お疲れ様。もうバスも来たか」
食堂の中では、マネージャー達がバタバタと忙しそうに手足を動かしている。まさにてんてこまいといったところか。
「まだ準備はかかります?」
「いや、後五分くらいだよ。夢路くんは、今度は軽いものお願いね」
軽いもの、と言われてもいまいちピンとこなかったが、先程までクーラーボックスが置かれていた場所に大量のバインダーと紙、そして救急箱等があるのが見える。おそらく、これらのことでいいのだろう。
「了解、じゃあ行ってきまーす」
確かに重量自体は、クーラーボックスよりも断然軽いが、手で持とうとするとかさばってしまう。仕方ないが、二度に分けて運ぶか。面倒くさいから一度で済ませたかったのに。再び夢路が外に戻ると、バスの前に人集りができていた。男女問わず全員が陸上部のジャージを着用している。これが陸上部の選手の方なんだろう。その面持ちはどこか力強いというか、強張っているというか。まあ、夢路は言われた仕事をこなすだけ。選手の勝ち負けなんぞ、極論を言ってしまえば興味はない。
「中々、精が出ているじゃないか」
夢路に声をかけてくる女子生徒。
「ああ、あんたは部長の」
「柊だ。久しぶりだね、元気してた?」
夢路と面識があるらしいこの生徒は、柊 祭理。陸上部の部長である。
「まあね。それにしても、アンタは別に普段と変わらずだな。他の部員はあんな感じなのに」
「今からいちいち緊張してたら身がもたないからね。それにしても、君がここまで働き者だとは思わなかった。ちゃんと朝早く起きているし」
そりゃ、マキに無理やり起こされたからな。むしろ起きる以外の選択肢が用意されていない。
「そういや、出発はいつになるんだ? 選手一同が集まっているところを見るにもうじきだろうけど」
「ああ、顧問の下平先生が車に忘れ物をしたらしくてな。それを取って戻ってきたらすぐ出発だろう」
なら、急いだ方がよさそうだな。あと一往復しなければいけないのだから。
「じゃあ、俺は手伝いの方があるから」
「うん、今日一日よろしく頼むよ」
今日一日ということは、帰ってきてからも働かなきゃいけないのか。そう考えると何かドッと疲れてきた。これから会場でも色々雑務を押し付けられるだろうし、その上後片付けも参加しろということだ。はあ、もう少し楽な仕事だと思っていたのに。
おっと、今はこんな風に悲観している場合ではなかったな。夢路は第一陣を積み込み、第二陣を取りに戻った。




