第5話 規格外の正体(1)
人がたくさんいる気配がする。音だけしか聞こえないので、詳しくは分からないが、応援のようにも、野次のようにも感じる。画面が徐々に明るくなってくる。ここは、野球場か。いや、白線で書かれたトラック、砂場などが存在するところを見るに、ここは陸上の競技場らしい。
雲一つない青い空。文字通り、絵に描いたような快晴。こんな天気のもとで運動させられるなんて、まるで拷問だな。夢の主はゆっくり、脇に設置されているベンチに向かっている。そして、その上に置いてあるスポーツドリンクに手を伸ばす。競技が終わって、水分補給をしているところだろう。ここで突然画面が消える。
今の夢、一体何を予知しているんだ? 俺の夢の大半は何かしらのアクシデント、不幸を見るものだ。今のはただ陸上部員が大会に出場して、その後普通に自分達のベンチに帰ってきただけの光景である。この後、フライングの判定を受けて大会新記録が取り消しになるとか、急に左足に違和感を覚えるとか、いくらでも不幸につなげようと思えばつなげられる。
しかし、あくまで俺の夢は夢の主が不幸を被る一場面を予測したものだ。完全でなくても、その断片くらいは不幸が垣間見えるはずなんだけどな。もしかすると、俺が陸上部員でないために何か見逃している要素があったのかもしれない。
***
「リュウー、起きてー」
いつもはダイナミックに起こしてくるはずの桐生が、夢路の体を揺さぶっている。夢路は揺れを止めるために両腕の力を振り絞り、何とか上半身を起こす。うっすらと目を開けると、周りはほとんど見えないくらい暗かった。まだ、夜は明けていないのだろう。
「どうした、マキ。こんな時間に」
「こんな時間も何も、もう起きて準備しないと間に合わないよ」
間に合わない? 県境を二つ越えて学校に通っているのならともかく、俺は寮生だぞ。何で日が出てないうちから支度しないといけないんだよ。というか、今日は土曜日のはず。どうなってるんだ? 夢路は幼馴染が奇行に走っていると分析し、訝しむ。
いや待てよ、そういえば昨日マキが言ってたな。明日は大会で、応援ついでにマネージャーの手伝いを俺が引き受けているから、早く寝て早く起きてみたいな話だった。ったく、何でそんな面倒くさいことを引き受けたのやら。まあ、勝手に話を進められていたので夢路に拒否権はなかった。
「ずいぶんと早いな。というか、朝五時じゃなかったのか?」
夢路は部屋の時計を指差す。蛍光剤が塗られた針は、四時を示している。
「それは、出発時間。今からは、早く起きて準備して。はい、これ借りてきたから」
桐生が渡してきたのは、桜坂学園 陸上部の文字が印刷されているジャージだった。
「今日はコレを着て、ちゃんとマネージャーの人達の言うこと守ってね」
「なるほど、見た目くらいはそれっぽくしとかないとな」
「というか、それ着てないと会場で浮きまくるよ」
確かに普通の服だと、完全に部外者なのが丸わかりだ。
「じゃ、私も準備あるから。マネージャーの人達は、三年女子の寮食堂に集合してるはずだからリュウも着替えたらすぐに向かってね」
小走りで夢路の部屋から出ていく桐生。大会が楽しみで機嫌がいいのは分かるが、よくこんな朝からあんなに元気なもんだ。夢路は言われた通り、受け取ったジャージに着替える。どこから借りてきたのか知らないが、サイズもピッタリで中々着心地もいい。
何か持っていかないといけないものは……無いか。何も言われなかったし、そもそも俺がマネージャー関連のグッズなど持っているはずがない。夢路は少し開いたカーテンの隙間から、外を覗く。予想していたようにまだ暗い。こんなに早起きをしたのはいつ以来だろう。中学の修学旅行、が思い出せる限り最近の出来事だ。
おっと、早く行かないとな。手伝いなのにサボっていると思われるのは心外だし。夢路は廊下に飛び出したが、早朝ということを思い出し、静かに階段を降りた。
食堂に来ると、二十人くらいの生徒達が忙しそうに働いていた。
「お、夢路くんやっと来た。マキから話は聞いてるよ。私は三年の木野下ね。まあ、とりあえず分からないことがあったら、誰でもいいから近くにいる人に聞いて」
「了解。で、早速俺は何をしたら?」
「じゃあ、荷物を外に運んでもらおうかな。バスももうじき来るだろうから、積み込みの方もお願いね」
夢路は小さく頷き、食堂の入り口近くに固められているクーラーボックスを担いで外に出る。頭の方は何とか冴えているようだが、やはりいつもよりも体の動きは遅い。




