無力な容疑者(3)
しばらくすると、群衆の後ろから人の気配がやって来た。振り返ると、そこには赤い腕章を付けた女子生徒と、部長である白瀬が立っていた。
「生徒会です。騒ぎのおおよそは伺っております。まず、サイフからお金が無くなっていたのはどなたですか?」
口火を切った女子生徒に視線が集中する。目尻がスッと伸びたクールな目に、艶のある長い黒髪。高嶺の花とも呼ぶべきこの美少女に、ソラはどこか見覚えのある気がした。
「私です」
巻き髪の生徒が力無く手を挙げる。
「田中さん、お金が無くなっていたのに気付いたのはいつ?」
「えっと、練習が終わってからだから十分くらい前です」
「最後にお金があるのを確認したのは?」
「練習前です。お金があるのを確認してからロッカーの中の鞄にしまいました」
「なるほど。では、どこかに落としたり置いてきたりということは考えづらいですね。ありがとう」
生徒会を名乗る少女は踵を返し、今度は周りの生徒たちの方へ顔を向ける。
「それでは、皆さんに伺います。練習が開始してから終了するまでの間にこの部室に訪れた方、もしくは訪れた人を知っている方はいますか?」
堂々としたこの物言い、ソラは彼女が入学式で挨拶をしていた生徒会長であることを思い出した。
「あの、それなら私が一度タオルを取りに来ました」
ソラはゆっくりと手を挙げる。皆の視線が今度は自分に集まり、少し身がすくんだ。それと同時に、隣のミナミは大きく目を見開いている。
「……ありがとう。他に部室に訪れた方は?」
群衆は静まり返ったままである。
「会長、お連れしました」
再び群衆の外から、赤い腕章を付けた男子生徒がやってきた。その後ろには三人の男女が不安そうに辺りをキョロキョロしている。ソラはその顔に何となく見覚えがあったが上手く思い出せなかった。
「ありがとう、佐伯くん。吹奏楽部の皆さん、あなたたちは今日このテニス部の部室の前で練習をさせていたそうですね」
「はい。テニス部の練習が始まってから、ちょうど部員の人が帰ってくるまで。邪魔になるようなことはしないように配慮はしてます」
三人の代表で返事をした男子生徒は、どうやら自分たちが騒音等で怒られると勘違いしているようだ。
「そうですか。では、二点ご質問を。今日あなたたちが練習をしている際にテニス部の部室に訪れた方は何人ですか?」
「えっと、確か一人だけだったと」
後ろの二人も頷く。
「それは、彼女?」
会長が指を差した先は、もちろんソラである。それに三人が同じタイミングで再び頷く。
「ありがとう。では、今際 空さん。一緒に生徒会室に来てくださいますか?」
この時になってようやく、ソラはミナミが目を見開いた意味を理解した。あそこで手を挙げることがどれだけリスキーであるのかを、自分が犯人ですと名乗るのと同じであることを。
顔を青くし、体が震える。かつてない緊張がソラに押し寄せる。生徒会の二人に囲まれ、会長に手を握られたその瞬間、突然大声が皆の耳に響き渡る。
「ちょっと待ったー!」
ソラはゆっくり声の主に目を向ける。そこには陸上のユニフォームに身を包む、小麦色の少女が立っていた。引き締まった身体や、ポニーテールの長い髪からいかにも健康的で活発そうな人物である。そして誰もが振り返ってしまいそうな整った顔。会長とは違う種類の美人だとソラは思った。
「……何ですか、桐生さん? 部外者のあなたの発言なんて、考慮されるものではありませんが」
先程の問いかけよりも一層厳しい口調で会長が言葉を返す。
「まあ確かに私はただの野次馬だけどさ。でも、その野次馬から見てもおかしいって思うところはきちんと主張しないと」
「おかしなところ、ですか」
会長が桐生に正対する。
「サイフからお金が無くなっていたっていう田中さん、あなたは今日一番遅くこの部室に来たの?」
「うーん、多分真ん中くらいだったかな。とにかく最後ではないよ」
「続けてもう一つ、練習が終わってから部室に戻って来たのは一番最初?」
「それも違う。早い方だったけど先に着替え始めている子もいた」
「と、いうことは空白の時間は決して練習中だけないはずよね。練習前後のどさくさに何かが起こる可能性だって十分にあり得る。それなのに、どうしてその子だけが槍玉に挙げられているの?」
降って湧いた救援にソラは血の気を取り戻す。そうだ、自分以外だって荷物を物色できるタイミングは存在する。
「では、桐生さん。あなたは今際さんだけでなくテニス部員全員の身の潔白を証明するべきだと?」
全く調子を変えず、会長は問い直す。
「当然。それを出来るのは今だけでしょ?」
もし窃盗を働いた者がこの中にいるのであれば、この場で解散を言い渡してしまうと証拠隠滅の機会をみすみす与えてしまうことになる。
結局、謎の陸上部少女 桐生の意見が採用され、テニス部及びに部室前で練習をしていた吹奏楽部全員の身体検査と持ち物検査が行われることとなった。
「じゃあ、この子が一番ね」
桐生の推薦で、会長直々にソラの検査が行われる。現在身につけている衣服や鞄が隅々まで確認される。当然、怪しいものなど所持していないため、すぐに異常なしが告げられた。
『良かった、これで容疑者からは外れた』
大きく息を吐き、ソラは安堵の表情を浮かべる。
「お疲れ様、一先ずはこれで安心だね」
桐生はソラに優しく微笑みかける。
「ありがとうございます、桐生さん。おかげで何とかなりました!」
「いや、大したことはしてないよ。あれ? 私名乗ったっけ?」
「いえ、会長さんとのやりとりで」
「ああ、そういうことね。では、改めて。私、桐生マキ。陸上部の二年生だから初めましてだね」
「はい。あ、私今際ソラです。よろしくお願いします」
「うん、よろしく。……ソラちゃん、ちょっと今から私について来てくれない?」
返答を待たず、桐生はソラの腕を引いて走り出す。行先も分からぬまま、どこに連れられるのか。本日二度目のフィジカル負けを経験するソラは、一抹の不安を覚えた。