屋上からの失踪(4)
津村と別れた後、夢路が校舎までたどり着いたのを確認すると、桐生はグラウンドの方へ駆けていく。
「じゃあ私、部活に戻るから。ソラちゃん、悪いけどお願いね!」
「分かりました、部活頑張ってください」
二人は小さくなる後ろ姿を見送った。
「どこまで信用されてないのかねえ。色々手間かけたな、チビ助。流石にここまで来れば大丈夫だ」
いつもの放課後の調子を取り戻した夢路。
「……一応、教室までご一緒しますね」
「誰にも信用されてないのか。まあ、朝は仕方ねえな」
夢路とソラは職員室で鍵を借りて、二年三組の教室へ向かう。
「そういえば、午前中に先輩に会うのって初めてですよね」
「言われてみればそうかもな。学年が違えば寮も違うし、授業が同じになるなんてこともまずない。まあ、例え会ってたとしても俺はどうせ寝てるから、多分覚えてないだろうけど」
「やっぱり授業中とかもずっと寝てるんですか?」
「大方な。たまに起きてる授業もあるが、それも半分は聞いてない」
ソラは、自分の先輩の不真面目さに頭が痛くなる。
「先輩、それで単位とか大丈夫なんですか? ひょっとして来年は同じ学年に……」
「大丈夫、大丈夫。生憎頭と要領は良くてね。留年だとかの危機は一度も迎えたことがない」
ソラは夢路の発言を訝しむ。しかし、こうも自信満々に宣うのならそっとしておこう。本当に賢い人は自分のことを頭が良いとは言わない、昔誰かから聞いた言葉である。
「さあて、到着だ。ここまでご苦労様」
「一応言っておきますけど、日直の仕事は教室を開けたらそれで終わりじゃないですからね」
「分かってる、分かってる。とりあえず俺は授業開始まで一寝入りするから、お前さんも自分の教室行きな」
それで気がつけば午後でした、なんて事態にならないことを祈りながらソラは言われた通り自分の教室へ向かった。
***
「おはよう。ソラ、ちゃんと夢路さんは起こせたの?」
テニス部の朝練を終えて、ミナミが一年二組の教室へ入ってくる。
「うん、何とかね。マキさんがいなかったら多分無理だったけど」
「二人がかりでようやくって、どうなってんのよ。まあ、あの人大きいしそんなもんか」
ミナミは夢路のことを配達物か何かだと勘違いしているようだが、ソラは実際荷物の運搬とさして変わりなかったのを思い出す。
「確かに、大変だった。私一人じゃびくともしないし」
「大仏みたいじゃん」
二人は顔を見合わせて笑う。
「でも朝から学園の有名人に二人も会うなんて、豪華な体験したね」
「有名人? 先輩はともかくマキさんもなの?」
ソラは首を傾げる。
「とってもね。美人で明るくて、誰にでも優しい。おまけに全国経験者というトップクラスの運動神経。何ならファンクラブあるらしいよ。テニス部の子にもいて、明日は大会だから絶対に応援行くんだ、ってさっき意気込んでたよ」
なるほど。先程の津村に対して感じた違和感は、おそらくあの場で自分しか感じていなかったのだろう。それにしても、まさか自分の知り合いの先輩がアイドル扱いされているとは。ソラは梅雨知らずであった。
「そういえば、今日の体育の話聞いた?」
「体育?」
「なんか先生が急病で休んじゃったらしくて、二年生と合同でやるらしいよ」
「へえ、そうなんだ」
二年生と授業をすることなどないと言った側からこれ。人生とは不思議な偶然が付きまとうものである。
***
「まさか、二年三組と一緒とは」
三限目。いつもよりも人口密度が高まった体育館は、心なしか蒸し暑い。今日の授業はバスケットボール。辺りからはボールの跳ねる音とキュッとシューズの底が擦れる音が聞こえてくる。
体育館の前後がネットで仕切られており、それぞれ男女で分かれて授業が進む。
「あ、ソラちゃんだ! 今朝ぶりだね」
「そうですね。まさか一緒に授業受けることになるとは思ってませんでしたけど」
「確かに。ウチあんまり学年を横断した取り組みとかないしね、寮も完全に別棟だし」
朝と変わらず快活そうな桐生を見て、ソラはふと男子の方に目をやる。
「先輩はちゃんとやってるんですかね」
「さあ。やらなきゃいけない時だけ動いて、それ以外の時間は大体サボってるんじゃないかな」
「ある意味で一貫性がありますね」
「だったら小学生の頃からずっと一本筋だね。先生がいようがいまいがお構いなしで、いっつも怒られてた」
「昔からずっとそうなら、もう治らなそうですね」
「そうなんだよね。あんな悪癖いつまで放っておくんだか」




