不測の痛み(3)
「戻りましたー」
ひとまずもう一度落ち着いて考えを整理、あわよくば夢路に相談するために、ソラは一度部室へ帰って来る。夢路は出て行った時と変わらず同じ姿勢のまま、静かに呼吸をしている。
『これはまだまだ目覚めるのには時間かかりそうだなあ』
仕方なく、ソラは今日あったことを日誌に記す。といっても、事件を解決していないため実に中途半端なところで文章が途切れてしまう。
『本格的に出来ることが何もない……』
ソラは応接セットの椅子に腰掛け、机に紙を広げて改めて依頼内容を整理する。
「今日の依頼は、水泳部部長の河野さんによる『呪いの第六レーン』の解決。これは、屋内プールの第六レーンで泳いだ人は必ず足がつってしまうというもの。昔建っていたお墓が原因らしい。直近で泳いだのは河野さん、過去に遡ると四年前にも一人。八年顧問をしている菅原先生よりも前の時代から受け継がれている。ここで私は、能力による妨害ではないかと疑ったが、そもそも生徒はそこまで長期で学校に在籍できないし、先生方は能力を持っていない」
図式化しながら今日の話をまとめてみたが、やはり付け入る隙がない。これは本当に、呪いによるものなのだろうか。
「独り言にしちゃずいぶん大きかったな、チビ助」
ソラが振り返ると、夢路が半分ほど目を開けてこちらを見ている。
「先輩、助けてください!」
「……呪いがどうとか言ってたな。生憎俺はその手のオカルトやスピリチュアル的なのは苦手だぜ」
「そんな人にピッタリです! 是非呪いなんて打ち破ってください」
「とりあえず、コーヒーでも淹れながらもう一回話してくれよ」
夢路はゆっくりと立ち上がり、席に着いた。
***
「『呪いの第六レーン』ねえ。初めて聞いた」
コーヒーを口に運びながら夢路はソラの話に耳を傾ける。
「それにしても、教師に疑いの目を向けるとは中々良い発想の転換だな」
「ですよね! 私も最初はこれだ! って思ったんですけどね……」
「そもそも能力を持って生まれてきたのは、いわゆる俺たち『新世代』からだからな。それ以前の世代が能力持ちってのはまずあり得ない」
「え、そうだったんですか? てっきり数は少ないけど普通にいるものかとばかり思ってました」
「いたとしたら、今頃『超研会』に人体実験でもされてるんじゃないのか」
「超研会」とは、正式名称を超常能力研究委員会といい、新世代と呼ばれる夢路たちのような能力者の研究を主な目的にする組織である。ちなみにこの学園の創設にも深く関わっており、噂では超研会の観察・研究・調査のためにこの学園には様々な能力者が集められているとのこと。さらに過激なものだと、モルモットまがいの実験を強いられるとか何とか。
事実かはさておき、この学園が全寮制にも関わらず学費等が全額免除されているのはこのような事情があるとされている。
「……そういえば、今更なんですけど先輩の能力って何なんですか?」
「一応、世間では能力者の能力が何であるかは聞かないのがマナーらしいぜ」
「それくらいは知ってますけど、先輩そういうの気にしなさそうじゃないですか」
「おいおい、俺はガラス細工のように繊細な人間だぜ。ひとまず、眠りに関係あるとだけは言っておこう。そういうお前さんは聞かれて困らないのかい?」
夢路の質問にソラは静かに答える。
「実は私、まだ能力を持ってないんです」
「ほう?」
「どうやら検査の値とかで、能力者であるのは間違いないらしいんですけど、まだ発現はしていなくて。だから私、無能力なんです」
夢路は珍しく考えを巡らす。
「だから、私みんなが羨ましかったんです。何者でもない私と違って、自分だけのかけがえのないものを持っている人が。……でも、今は違います。私にはこの探偵部がありますから」
「……よく言った、さすがは部長だな」
夢路はカップに残ったコーヒーを飲み干し、立ち上がる。
「休憩ももう十分だろう」
「どこ行くんですか?」
「準備。呪いを解くためのな」
先程までの静かな話からの、突然の急展開にソラは慌てる。




