不測の痛み(2)
とりあえずソラは屋内プールに足を運んだ。部室で夢路を何とか叩き起こそうと試みたが、やはり微動だにしなかったため、諦めて件の現場を見に来た。プールでは、水泳部の部員たちが一生懸命練習に励んでいる。ソラは独特の臭いと、水音を感じながら中に入る。
「あ、ソラちゃんだ。やっほー」
河野がこちらに気付き、第一レーンから手を振る。
「どうも。少しレーンを見てもいいですか?」
「構わないよー。でも、泳ぐのはオススメしないかな」
水泳部の中で笑い声が響く。あまり昨日のことは重く捉えられていないらしい。
『さて、何をしよう』
制服姿のソラが、プールに対して干渉する手段はあまりにも少ない。かと言って水着を持って来たところで泳げないのであればそこに大差はない。
水面に手を伸ばす。とりあえず引き込まれるということはなかった。もし霊がここに住みついているとしても、気性は穏やかなのだろう。五月のプールは少し冷たいようにも感じた。
「どう? 何か分かった?」
第一レーンから移動してきて、第五レーンから声をかける河野。
「そうですね、特段変わったところのない普通のプールだということは」
「そうなんだよねー。だから私も昨日泳いだ訳だし」
「足は大丈夫なんですか?」
つい昨日つったばかりでもう泳いでいる河野を心配するソラ。
「平気だよー。実は私の能力で足への負担を軽くしてるんだ」
「足への負担をですか?」
「うん。私の能力って体の特定の部位の重力を軽くする、空中浮遊の下位互換なの。だから、軽いこむら返りくらい簡単に治るんだ」
河野の能力を聞いて、ソラは納得する。どのくらい減らせるのかでも変わってくるだろうが、何なら水泳中にも活かせそうな力だ。
『待てよ。そうか、その線があった!』
「河野さん、水泳部の顧問ってどなたですか?」
「菅原先生だね。今は三年生の古典担当の人」
「ありがとうございます! 部活、頑張ってくださいね」
ソラは深くお辞儀をして職員室に向かった。
***
職員室の前でソラは座席表を確認し、水泳部顧問の菅原の元に向かう。目当ての席には、白髪混じりの髪色のお年を召した男性が座っていた。
「すいません、菅原先生。今お時間大丈夫ですか?」
「ええ、構わんよ。おや、一年生が儂の元に来るとは珍しい」
菅原は穏やかに返事をした。
「実は、水泳部のことについて伺いたくて」
「なるほど、儂が答えられる範囲のことなら何でも。こう見えて水泳部の顧問を八年は務めておるからのう」
ソラは一挙両得であると思った。
「菅原先生は、『呪いの第六レーン』のことはご存知ですか?」
「ああ。儂が水泳部の顧問になる前からずっと囁かれておった。度胸試しか知らんが、昨日第六レーンで泳いだ部員がおってな。案の定、足をつってしまったんじゃ。呪いというか祟りというか、恐ろしいのう」
「菅原先生が知る限りで、他に泳いだ生徒はいなかったんですか?」
「四年ほど前だったかにもいた。当たり前じゃが、そやつも足をつっておった」
なるほど。では、次の質問に移ろう。
「そういえば、この学園って色々手厚いですよね。大きな屋内プールどころか、全員に寮が割り当てられてますし。相部屋ですけど」
「それは国がバックにいるからのう。そこいらの高校よりはしっかりしとるじゃろう。まあ、誰でも入れるという訳ではないのが玉に瑕か」
いきなりのチャンス到来に、ソラのテンションが上がる。
「先生たちはどういう風に配属が決まるんですか? もしかして、私たちみたいに能力がないとダメとか?」
「いや、そういうのはない。普通に採用試験に合格したら配属が決定になる。試験の基準が他の学校とは少し違うらしいが、基本的な仕組みは同じじゃ」
「……なるほど、そうなんですね。すいません、お忙しいところ色々聞いちゃって」
「このくらい大したことないさ。それより、間違っても第六レーンで泳いじゃいかんからな。絶対じゃぞ!」
お笑い芸人なら喜んで飛び込んでしまいそうなフリを最後に、ソラは頭を下げて職員室から離れた。聞きたかったことは全て聞き出せたが、当初の予想が外れてソラは内心落ち込む。
『先生が能力を使って呪いを引き起こす。生徒と違って長く在籍しているから長期に渡って出来ると思ったんだけどなあ』
残念ながら容疑者候補すら失ってしまい、話は再びふりだしに戻る。やはり直感での思い付きだけでは上手くいかないものである。




