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お喋り師匠と語らない弟子

作者: アオにい

 



 それは突然現れた。

 漆黒の燕尾服(えんびふく)を纏ったその人物は、コツコツと小気味の良い音を立てながらこちらに近づいてきた。


 僕を取り囲んでいたチンピラの一人がその恰幅の良い体で道を塞ぎ、怒声をあげる。



「なんだテメーは!!」


「実に度し難い」


「怪我したくなかったらとっとと失せーーーー」



 チンピラが謎の人物に掴みかかろうと腕を伸ばすが、その手は空を切り、そのまま地面へと吸い込まれるようにチンピラは倒れてゆく。


 コツコツ。

 暗い路地裏に響く靴の音。ごくりと唾を飲む音がやけに大きく感じる。

 足音が近づくにつれ、曖昧だった輪郭や表情が徐々に鮮明になる。



 中性的な顔立ちに加え、短い黒髪から覗く冷たい瞳。

 その美貌も相まってチンピラ達に恐怖を与える。



「なぁにボーッとしやがる。相手はたかがガキ一人。こっちは三人。囲んじまえば俺達のモンよ。殺るぞ野郎共!!」


「おっおう!!」



 その後筆舌尽くしがたい動きでチンピラ達をばったばったとなぎ倒すと、僕に手を差し伸べてこう言った。



「立てるか?」



 それが彼との最初の出会いだった。

 僕の意識はそこで途切れた。










 僕が気絶している間に騒ぎを聞きつけた衛兵と鉢合わせしたらしく、流れで僕の身元保証人になったそうだ。

 彼には「神隠し」にあって、この見知らぬ土地に迷い込んだと説明した。案の定、胡散臭い目で見られたが勢いで押し切った。

 彼の優しさにつけ込むようで正直胸が痛む。

 幸いことに異世界に来るにあたって会話はもちろん読み書きも問題なく行える。

 それはつまり本が読めるということ。異世界には一体どんな本があるのか、少しワクワクしている。


 それは一旦置いといて、意外なことに彼は僕よりも年が下らしい。

 僕が十八歳だと伝えると、目を丸めて驚いていた。まあ、あんな情けない姿を見せたのだ。そう思われるのも仕方がない。

 ここは王都で、街は高い外壁で囲まれている。王都周辺は大丈夫だが、そこから離れた場所ではモンスターが跋扈しているとのこと。

 もしも彼が身元保証人になってくれなかったと思うとゾッとする。


 差し当たって金が要る。住む場所にしても食事にしても元の世界に帰るにしてもお金が必要だ。着ていた服が珍しいということで、それを担保に当面の生活費と現地の服を数着貰った。必要になったら服は返してくれるらしい。恐らく服を担保にするというのはただの建前で、彼の善意だろう。

 そこで僕は彼に頼み込んだ。



「働きたいです」


「……奇麗な手だ。いいよ私も実はそのことについて話そうと思っていた」



 少し奇妙な間があったが、多分気のせいだろう。彼は快く了承した。

 それで紹介されたのが土木の日雇いだった。

 王都ということもあり、人と物の流れも活発でそれに伴い家や設備に投資する人も多い。つまり繁盛している。そのため万年人手の募集をしているそうだ。

 資材の運搬と建築が主な仕事内容で、金払いもそこそこ良い。

 その分、体にかかる負担は半端なかった。僕がもやしっ子であるのも差し引いても、周りの仲間たちは筋骨隆々のマッチョ達。



「おいっ、そこのお前!! ちんたらせずにとっとと次運びやがれ!!」


「うっ。うっす」



 仕事量に差が出るのは当たり前で、現場監督から叱責されるのは日常茶飯事。

 それでも仲間たちの励ましのお陰で、なんとか頑張ることができた。本当に人の縁には恵まれているなと実感できた。

 なんやかんや仕事を始めてから一か月が過ぎた。


 ここでの生活も慣れてきて、趣味に費やす時間もできてきた。

 最初の一、二週間は帰宅しては倒れるように眠りについたもんだ。それ考えると僕も成長したもんだな感慨にふけっていると、僕の家に彼が現れた。

 週に三回ほど、こうして家に訪れては僕の無事を確認する。恐らく手のかかる弟か何かだと思われているのだろう。


 命の恩人である彼の名前を僕はまだ知らない。

 彼自身、自分のことをあまり語ろうとはしない。僕も彼が話さない以上、特に詮索するつもりもなかったた。気付いたらこの奇妙な関係が続いている。

 逆に僕は自分の身の上話をよくする。所々ぼかしながらだけど、結構評判はいい。

 彼は外の世界に興味をもっていると思う。日本のことやネットで聞きかじった海外の面白ネタを冗談交じりに話すと、心なしか彼も楽しそうに顔を綻ばせるのだ。


 この部屋は畳三畳ほどの大きさで、必要最低限のものしか置いていない。

 そのため普段は壁を背に、布団を上に座りながら駄弁る。今日も布団の上でお喋りをしていると、彼が不意に僕の手を見た。



「随分と立派になったな」


「そうだろ。はじめの頃は豆ができては潰れての繰り返しで、風呂入る時なんか染みるのなんのって感じでさ。ようやく慣れてきたよ」



 力こぶ作って笑って見せる。

 そんな僕とは対照的に彼は物憂げに僕の手を見つめる。



「すまないな、佐藤。お前にこの仕事を紹介したとき、私は三日も経たずに音を上げると思っていたよ」


「ん?」


「お前を見て直ぐ理解したよ。あの装いもそうだが、言葉遣いや傷一つない奇麗な手。少なくともお前は肉体労働に従事する立場の人間じゃない、違うか?」


「……」


「やっぱりか……」



 彼は無言を肯定だと受けった。

 三角座りした両膝に顔を(うず)める。心なしか普段より声のトーンが低くなっている。



「私は正直に言うとお前のことを情けない奴だと思っていた。絡まれていた女の子に格好つけて、チンピラにボコボコにされて。あの子が私に助けを求めていなかったら、お前死多分んでたぞ」


「僕もそう思う」


「それにその後もだ。私がお前の面倒を見るという時。お前は馬鹿正直に私の話を信じてたな」


「それはお互い様かな。君も僕の突拍子のない話を信じてくれたし」


「私の場合、お前とは大分違うんだが。まぁ、相手を信じるという点ではお互い度し難いかもな」


「筆舌に尽くしがたいアホともいう」



 僕と彼は顔を見合わせて笑った。

 あまり自分のことを語らない彼だけど、確かに僕と彼の間には絆がある。今はただそれだけで十分だ。


 どうやら彼は仕事の件に対して僕にかなり負い目を感じていたらしい。僕がこうして普通の生活を送れているのも全部彼のお陰なのだ。感謝すれど責める気など毛頭ない。

 夜になると気温もぐっと下がる。僕と彼は短い毛布を引っ張り合いながら夜を過ごした。

 最後の方は何について話していたか覚えていないが、眠りにつく間際にとても大切な話を聞いたようなそうじゃないような。とにかく眠い。









 次の日。



「これお前が書いたのか?」


「んんー。そう」


「わ、私を弟子にしてくれ!!」


「は?」



 なんか友達が弟子になった。







 * * *





 どうやら僕が書いた小説を読んで感銘を受けたらしい。

 内容は至ってシンプルな怪獣モノなのだが、それがとても衝撃的だったとのこと。モンスターとはまた違った未知の存在が彼の心を鷲掴みにした。

 試しに小説に出てきた怪獣の絵を描いて見せると、目を爛々と輝かせた。絵を受け取った彼はそれを額縁に飾ると張り切っていたのだが、流石に恥ずかしいのでやめてもらった。


 それにしても彼が物書きを目指していたとは。

 言われてみれば、確かに僕との会話の時も有名な童話や昔話をした時など異様に食いついた気がする。知識欲ゆえだと思っていたが、そう考えると合点がいく。

 元々本を読むのが好きで、それから自分で書きたいと思うのは実に自然な流れだ。

 僕もその類だったからわかる。


 だけど、これは。



「なんだ、師匠。腹でも減ったか?」



 なんか嫌だ。

 昨日あんなに熱く語り合って、友としてわだかまりをなくしたのに。やっと対等になれたと思ったのに。

 師匠と呼ばれて尊敬されるのは一人の物書きとしては大変名誉なことなのだが、どうしてよりにもよって君なんだ。

 この気持ち筆舌に尽くしがたし。


 気持ちとは裏腹にお腹は正直なもので、彼の家で食事をすることにした。



「待たせたな、師匠」


「ありがとう。でも師匠呼びはやめてくれると嬉しいな」


「ん? 師匠は師匠だろう。お前は私にとっての師であり友だ」


「その言い方はちょっとずるいぞ……」



 僕は諦めて師匠呼びを受け入れることにした。

 呼び方で変わるほど僕たちの関係は浅くないということにしておこう。それにしても彼の家に来るのも実に一か月ぶりぐらいである。

 確か怪我の治療のため二日ほどお世話になった時以来だ。

 何度か自宅に招待されたが、自立してみせるという手前断っていた。何度か断ると、僕の思いを察してくれたのか彼の方から僕の家に来るようになっていた。でも今思えば、逆に手間を取らせていたかもしれない。反省しなければ。


 辛気臭いことよりまずは飯だ、飯。

 せっかくの手料理。味わって食べなければ。

 運ばれてきた料理を前に空いた口が塞がらない。



「これなに?」


「食事だが。嫌いなものでも入っていたか?」


「いやないけど……もしかして毎日こんな感じなのか?」


「ああ、体を作るのも食事からだからな。栄養には気を付けている」



 確かに野菜や肉もバランスよく入っているが。



「せめて切ろうよ。野菜丸ごとって正気?」


「胃に入ったら全部同じ。それにこっちのほうが洗い物が少なくて済む」


「そうだけどさー」



 僕はどうやら彼を誤解していたようだ。

 初対面の時、僕にとって彼は間違いなくヒーローだった。それは今も変わらず、恐らくこれからもそうだ。ただ彼もまた僕と同じ人間であるということ、忘れてはいけないかもしれない。


 次からは外で食べよう。出来るだけ彼も一緒に。師匠として。











 本を書いた。

 今回の内容はラブロマンスだ。王子様と平民の身分違いの恋。これはきっとヒットするぞ。

 印税がっぽりいただきますぜ。


 そんなことを思っていた時期、僕にもはありませんでした。



「めっちゃ売れとる!?」



 失敗した。

 まさか息抜きで書いていた方がバカ売れするなんて、誰も思わないじゃん。収入全部寄付に回してくださいなんて格好つけなきゃよかった。

 今ならまだ間に合うか? いや駄目だ。そんなことしてあの孤児院のチビッ子達に顔向けできるだろうか。いいや、出来ない。

 神父さんから受けた恩、ここで返さずにいつ返す。


 この本の作者は謎の男S。そもそも僕とは無関係なのさ。



 まぁ、自分の書いた作品がたくさんの人に読んで貰えただけ良しとしよう。

 僕は気を取り直して、弟子が働いている古本屋に行くことにした。

 古着屋と仕立て屋の隙間を埋めるようにその古本屋は建っている。大通りに面している割といい立地だが、お客さんの出入りはそれほど多くない。知る人ぞ知るお店だ。

 ここの店長は本の収集が趣味で、本のために王都から数か月離れること珍しくない。そんな店長不在の店を任されているのが、僕の弟子であり友だ。基本的に土日しか営業していないらしい。もともと店長の趣味で建てられた店だから、収益とか気にしていないそうだ。

 来客もほぼ固定客だし、冷やかしに来るような連中は魔法道具の能力によって遠ざけているとか。残念なことに僕には魔法の才能がないため、一市民として頑張りたいと思う所存であります。


 にしても何度見ても不思議なものだ。

 天井から光が差し込むのに、天井には穴もガラスもない。きっとこれも魔法道具の影響だろう。

 店の中から声が聞こえる。先客がいるらしい。

 この声はリゼだ。恐らく話し相手は弟子だ。リゼはチンピラに絡まれていた少女だ。

 どうやら弟子に一目惚れしたようで、ここにあししげく通っている。まぁ、あんな場面を目撃して惚れるなという方が難しい。

 弟子と本の話をするためにわざわざ僕に文字の読み書きを習いにくるほどだ。


 ここは一つ、大人として小さな少女の恋を応援しようではないか。

 僕は入店するのを止めて、外から聞き耳を立てる。


 どうやら彼女はいま流行りの恋愛小説について話しているらしい。

 自分の好きなシーンを熱く語っている。やけに既視感を覚える内容に耳をさらに澄ます。

 僕が書いた恋愛小説にも似たようなシーンがあったのだ。婚約者のいる王子様が夜の舞踏会をコッソリと抜けて、誰もいない裏庭に平民のヒロインと二人きり。そこで遠くから聞こえる音楽に合わせてダンスを踊る。王道と言えば、王道だが……

 まさかな。


 そんなことを考えていると、聞き手に徹していた弟子が口を開く。



「今だけは君のことを考えた」


「キュン!!」


「っっ!!!!」



 僕は胸を押さえた。

 この苦しさ筆舌に尽くしがたい。




 今日の教訓。盗み聞きはやまましょう、絶対に。以上。















 師匠として弟子にできることは。

 僕は本当に師匠と呼ばれるに値する人間なのだろうか。

 僕は色んな人に聞いて回ることにした。



「あなたにとって師匠とは?」


「筋肉だ。どんなに痛めつけられようとも、その痛みをもって成長を続けるその生き様。まさに俺たちの目指すべき道」



 仕事仲間は答えた。



「あなたにとって師匠とは?」


「んん。優しい人かな。この人を見ていると自分も誰かに優しくしなきゃって思えるの、不思議だよね」



 少女は答えた。



「あなたにとって師匠とは?」


「弱者を救い、強者と対峙する心の強さを持った人ですかね。そして、いずれは超えなければいけない壁とも言えるでしょ」



 神父は答えた。



「僕にとっての師匠とは?」



 僕にとってのは師匠。

 それは……









「大作を書きたい?」


「はい、だから私は生半可なものを書きたくない」


「なるほど……」



 彼の夢は大作を書くこと。

 駄作や凡作は不要。

 一理ある。本を書くなら沢山の人に読んでほしい。そのためには素晴らしい作品をつくらないといけない。駄作に費やす時間はない。

 だけど、いやだからこそ。



「じゃあ、書くべきだよ。たくさん」


「いや、師匠の言いたいことは分かりますが。それでも私は……」



 僕は彼にペンと紙を渡す。

 目を逸らさずに、しっかりと優しく導くように。



「自分の作品としてじゃなくていいんだ。それに公開しなきゃ、誰にもバレないよ。ここには君と僕しかいないんだ、好きに書きなよ」



 僕は笑う。

 何も恐れることはないと。伝わるかどうかはわからない。それでももしも僕の思いの本の一部でも届くのなら、万度でも繰り返そう。

 今回が駄目でも、次が駄目でも。僕が必要とされるのなら、何度でも。


 人より優れたものなんて僕にはないかもしれない。それでも僕は君の師匠だから。



「……」


「わかりました。書きます」


「一週間後、楽しみにしていますよ」


「いいえ。一時間で十分です」



 彼はそう言うと、ペンをすらすらと走らせる。

 僕はそれをじっと見守った。


 ペンの走る音が止まる。

 彼は恐る恐る自分の書いた作品を僕に差し出した。僕はそれを受け取って、彼が描いた世界に身を投じる。

 最後のページをめくり終え、僕はふぅーと息を吐く。

 そんな些細なことにすらびくりと反応する彼に少し苦笑する。


 僕は読んでみた正直な感想を嘘偽りなく彼に伝える。



「うむ、これは。改善の余地ありだね。だけど悪くないよ」



 僕の言葉に彼は安堵の表情を浮かべた。



「じゃあ、これは後は好きにしていいよ。捨てるのも大切に保管するのも君次第さ」



 僕にとっての師匠とは。

 僕の書いた作品を読んでくれる読者なのだから。










 翌朝、彼がいる本屋に訪れた。

 そこで彼の作品を読み終えたリゼと偶然鉢合わせた。



「とても筆舌に尽くしがたいのは伝わったよ」



 その日から彼のあだ名は筆舌さんとなった。





一読ありがとうございます。感想あるとありがたいです。

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