『あすなろ園』の新しいお友だち
自分の得意なことが通用しない。身に付けたスキルが役に立たない。そんな場面に出くわすことは人生においては意外と多い。それは、高性能アンドロイドのミュルルにとっても同じなのだ。
「ミュルルさん、気を落とさないで」
「……面目ないルル」
しゅん、とするメイド姿のアンドロイド。
家事のスキルはほとんど役に立たなかった。
21世紀では当たり前になった電子レンジでの手軽な調理、冷蔵庫や冷凍庫にあって当たり前の食材。それらは昭和の時代では存在しないのだ。
未来から来たロボットが過去の世界で無双、活躍する……それは案外ハードルが高いらしい。
「園では自分が出来ることを、自分のペースで手伝うルールなんです。小さな子も大きなお姉ちゃん、お兄ちゃんも、みんなそうしています。だからミュルルさんもそれでいいの」
春子は優しく慰めてくれた。食卓を囲んだ子友達に優しい眼差しを向ける。
「春姉ぇ、お腹空いた!」
「はやくご飯食べようよー!」
「コロッケ! コロッケ!」
「そっちのほうが大きくない?」
「同じだよ!」
ちびっ子たちが騒がしい。八帖ほどの部屋は、わいのわいの賑やか。孤児院『あすなろ園』にいる子供達は現在十二人、野球でもサッカーでもチームがつくれそう。
台所のとなりが畳敷きの居間になっていて、四角い食卓が二つと、丸いちゃぶ台がひとつ。周囲には子供達がそれぞれの食卓を囲んでいる。
「お茶碗並べるのを手伝ってくれました。それでいいんです、ミュルルさん」
「……わかったルル!」
ある程度年齢のいった子供達は、みんな積極的な働き者だった。
最初は外国人のような見た目のミュルルを警戒していたけれど、すぐに打ち解けることができた。
慣れない手付きのミュルルの家事を、みるに見かねたらしく、むしろ子供達のほうが「それはこう」「こうするの!」と教えながら手伝ってくれた。
ご飯を盛り付けたり、お箸を並べたり。
春子による言葉で、ミュルルは自分の力不足を許されたのだと理解した。
「さぁ食べましょう、いただきます!」
「「「いただきまーす!」」」
みんなで一斉に合掌。少々遅い晩食がはじまった。
漬け物と、ひとり一匹ずつのメザシ。そして春子が買ってきた特売のコロッケ。ちびっ子たちはすごい勢いでご飯を食べまくる。
「ミュルルさん、ご飯……大丈夫?」
春子は外国人のミュルルに、孤児院の貧しい食事が口に合うのか、遅蒔きながら気になったようだ。
「ん? 美味しいルル」
メザシの尻尾を口で揺らしながら、
「……むぐむぐ、炭水化物、タンパク質、脂質、カルシウム……栄養バランスはバッチリルル!」
「よかった……」
どうやら杞憂だった。
それもそのはず。ミュルルに実装されている人造胃は大抵の有機物は分解、処理することができる。口から取り込んだ食物は、喉の奥ですり潰し人造胃へ。そこで栄養素センサーで成分を分析、人間にとって有意なものかも判断する。
つまり味はあまり関係ないが、悪意をもった人間が面白がってアンドロイドに残飯処理を行わせる事案が多発。倫理的問題から改良され、人間と同じ判断基準にて食物を選り好みする仕組みになっている。そして人造胃に取り込んだ有機物は、ミュルルの体表面を覆う人造細胞の滋養となる。
身体を構成する骨格はセラミック複合材、循環器系はシリコン系合成材、頭髪を覆うナノ粒子コートによる太陽光発電で駆動エネルギーを得る。そして筋組織や体表面の皮膚は、人間と同じATP回路を利用した人造細胞で覆われている。
ちなみに21世紀では、アンドロイドが排泄物を出さぬよう、ゼリー状の完全栄養食を与える場合が多いのだが、友達用ゆえ、共に食事をすることも重要な役割とされている。
「あたらしいお姉さん、ミュルルさんに、みんなも自己紹介しましょう!」
「「「はーい!」」」
春子の一言で子供達の自己紹介が始まった。
年長さんはしっかりもの、小さな子は恥ずかしそうに名前を名乗る。
すると年中、小学校3年生だと言うトシ子が、
「ミュルルさんのこと、みゅうちゃんって呼んでいい?」
「はい! 呼んでいいルル!」
「その語尾のルルって外国語ー?」
「変なのー!」
「へんルルー! きゃはは」
五年生の男の子、武蔵がからかい、小さな子も悪のりする。
「こら! ダメよ」
春子は叱るけれど、ミュルルは気にしない。
「これは初期設定の『あざとい語尾デフォルト』ルル。では、聞き取りやすいように設定を変え……あれ?」
ミュルルは即座に設定変更しようとしたが、何故かできなかった。
「語尾……直せないルル」
「なーんだ、つまんないの。まぁいいよ……無理しなくても。外国人なんだし」
いかにもワンパク坊主という感じの武蔵だが、根はいい子らしい。
「みゅうちゃんは、そのほうがいいるるー!」
「るるー! かわいいるるー」
小さな子達には好評らしく、変な語尾は園でしばらく流行りそうだ。
「みんな、ありがとうルル!」
それにしても――。
ミュルルの自己学習型AIはこうしている合間にも、状況把握に努め、ディープラーニングを繰り返していた。
家事ではまるで役立たずだった。
部屋を見回すと、箱のような白黒のブラウン管テレビと弁当箱のようなラジオ機器があるだけ。
情報通信機器などは見当たらない。
台所に21世紀の最先端家電が皆無だった。つまり掃除機も洗濯機も無い可能性が高い。
ゴミセンサーと連動した室内清掃機能、洗濯物の量に応じて洗濯機の水量と洗剤を制御する連動機能も、すべて無用の長物……と推測される。
困ったルル……。
頭脳に保存している過去知識データベースを紐解くと「昭和の暮らし」という短いテキストがあった。
家電は『三種の神器』とよばれ貴重品。洗濯は手洗い、掃除はホウキと雑巾がけ。
だが、発想を変えれば、素体の運動部のみを使用して対応できる事なのだ。
手足を動かし、洗濯と掃除を行うよう素体制御用のマクロを自己生成。あとは実際に作業を行いながら微調整してゆくしかない。
問題は左手だ。
ミュルルは自分の左手に視線を向ける。
店長さんが他の廃品アンドロイドから、ジャンク品を移植してくれた。適合化処理はしても微細な動きが不得意なのだ。
でも……なんとかするしかないルル。
この園でも「いらない」と言われないように。
食後は子供達と遊ぶことになった。
「ねー! あそぼうみゅーちゃん」
「ウチらとおままごと、外国のお人形さん役やってー」
「いいルルよ!」
女の子たちはままごと。これはミュルルの得意分野だ。育児系の対人接触スキルにより、小さな子供達のよい遊び相手になり、場合によっては「大きなお友だち」を相手にままごと遊びをすることも出来る。
「悪の鉄十字団! ルルル怪人役やって!」
「おぉ? なんだかわからないけどいいルルよ、オラールル!」
「キーック!」
武蔵ら男の子たちは戦いごっこ。
内蔵されている素体自己防衛機能には、徒手空拳で暴漢と戦うスキルも実装されている。殊にも捕縛して縛りあげるスキルは特殊性癖の「大きなお友だち」にも「まろやか」と好評だ。
今回は子供相手なので人造表皮に傷か付かない程度に相手をする。
ミュルルはまさに八面六臂の活躍を見せた。
「ミュルルさん、すみません……! 疲れませんか?」
台所での洗い物を終えた春子が気遣う。
「平気ルル! 各部バイオメカニカル稼働部の負荷も正常範囲、特にメンテナンスが必要な部位は無いルル!」
「え、えぇ……大丈夫ならいいんですけど」
「みゅうさん、勉強……わかります?」
年長の大人しい女の子、美和が話しかけてきた。
ちゃぶ台にノートを広げ、他の子も倣う。そろそろみんなで宿題の時間らしい。
「ぐわー!? くそ怪人にやられ……」
「観念するルル」
武蔵を倒し踏みつけたところで、宿題の先生に切り替わる。
「勉強もまかせるルル! 義務教育程度の教養は、ちゃんとオフラインメモリに有るルル」
「みゅうさんすごい、家庭教師が来たみたい」
「みんなも宿題やるルルよ!」
まだ遊び足りない武蔵を座らせ、他の子も宿題を広げてゆく。わからないところはミュルルが指導。
学習用AIはもっとも歴史が古く、チップセットに当たり前のように実装されている。
「あの……」
「ヒロシくんは何がわからないルル?」
ぐるぐるの丸いメガネの男の子はハカセ。
図鑑を大事そうに抱えている。ごっこ遊びにも加わらず、大人しく本を読んでいた。本が好きなのだろう。本名はヒロシらしいが同級生の美和から「ハカセ」とあだなで呼ばれていた。
「ミュウさんのその左腕……ロボット?」
「あ、これルル? 別の機種の腕ルル」
「機種……?」
ミュルルは左腕をハカセに見せた。
春子も他の子供達も気になっていた。
ミュルルはメイド服の半袖シャツから露出する腕をゆっくりと見せる。
肘から先はやや色が濃い肌色。表面には筋肉図のような分割線がいくつか入っている。手首には球体状の関節あり、極薄の強化シリコンスキンで覆われている。
「以前のご主人様を助けたとき、壊れたルル。それで売られて……。お店で余った部品を付けてもらったルル」
「そんな、酷い! 助けたのに……売られたって」
春子は思わず憤りの声をあげた。
外国には奴隷制度のある国もあるという。ミュルルは過酷な扱いをうけてきたに違いない、と思い込む。
「……? 仕方ないルル。欠損品は要らないと言われるルル」
「でも……」
「今はみんなの役に立てるルル! 必要とされたいルル」
ミュルルは笑顔を見せる。
「ミュルルさん……」
「春子、どうして涙を流すルル?」
「……ここにいていいからね。ずっと」
「ありがとう、ルル!」
悲しい気持ちになった人には、笑顔を向ける。それがいちばんいいと学習してきた。
「ミュウ可哀想……」
「だからお茶碗上手に持てなかったの?」
「僕、手伝うから」
「あー、ちょっと違うルル、これ……軍用だったのでパワーがありすぎて……」
手首をドリルのように回転させて見せる。
「わぁあ!?」
「みゅぅちゃん、すごい!」
「いたくないのー?」
「か、かっけぇ!」
子供達が目を輝かせる。
「あっ、ゴキブリ!」
春子が悲鳴をあげた。
「ルルッ!」
ドシュッ!
と音がしてミュルルは左手を射出――。
飛翔した左腕の肘から先は、テーブルの上にあった新聞紙をつかみ、そのまま壁際のゴキブリを叩き潰した。
この間、わずか一秒。
子供達が唖然とするまえで、ミュルルは腕をしゅるる……ターン! と格納してみせた。
「っと、こんなもんルル」
「……す」
「すごぉおおおおおおい!」
「かっこいいい!」
「ロケットパンチだ!」
あすなろ園は大歓声に包まれた。
――これから私の新しい生活が始まるルル……!
<完>