ロボット三原則って知ってるル?
「キミはクビね、追放だよ!」
小太りの店長はシッシと手を振った。
ここは人工知能搭載人型補人機、通称ドールズの販売店。といっても正規代理店ではなく、毒々しいネオン街の裏路地にある違法店。裏ルートから仕入れたドールズを密かに売る店だ。
「えぇー!? そんなぁ酷いです店長ルル」
ピンク髪をツインテールにした美少女ドールズが悲しげな顔をする。
名前はミュルル。
語尾が少しウザイのは仕様である。
下手な作画のアニメから出てきたような美少女アンドロイド。愛くるしいロリっ娘な顔、瞳の色はブルー。ほどよく膨らみかけた模造の胸。服装はヒラヒラつきのよくあるコスプレ風メイド服。
若い男子ならこういうの好きでしょ? 的な安易で雑な造り。これが不人気の原因になったらしい。
21世紀も半ばを過ぎ、日本自治省の少子化は加速。労働力不足を補い、また孤独な老人や若者の精神安定のため、友達型の補人機が次々と造られ、販売されるようになった。
軍用技術を民生化、太陽光発電スマートスキンとバイオマス発電機能を内蔵しタフで長寿命が特徴だ。
「キミさ、返品二度目だよ? もう売れないし。商品にならないならウチじゃいらないよ」
「だって、いきなり押し倒されて下着を脱がされたんですよ!? 頭ぶつけましたし正当防衛ルル!」
ぷくーと頬をふくらませる。
表情や仕草は可愛く、あざといくらい。
――よろしくお願いします、ご主人さまル♪
――ドゥフフ……可愛いねぇ。
買い手の優しい青年に上機嫌でついていった。しかし家に入るなり豹変、いきなり押し倒されて猥褻行為をされそうになった。思いきり殴打して逃げ帰ってきた、というわけだ。
訴えを聞いた店長は呆れたように、
「あのねぇ……。若い子はみんなそういう目的でキミらを買うの。それくらいわかるでしょ」
「あたし疑似生殖ユニット付いてませんル」
「だけど、方法あるでしょ、手とか口とか」
「手と口……? あ、殴って罵倒したルル!」
「……ったく」
店長は頭を抱えた。
型番AINX-366F、ミュルルは親しみやすい「ともだち」タイプ。
本来の想定目的は、小中学生向けの子守ドールズ。友達になり、遊び相手になることだ。
人工知能搭載は当たり前だが『ぽんこつ友達AI』というドジっ娘テイストの調整が施されている。
一緒に遊んだり、思春期の男の子に対しては、ほどよい性的興味と刺激を与えたりして、人類の繁殖を促す……。そんな尊い目的も裏でインプリントされている。
しかし一線を越えられない真面目な仕様が仇となり、人気は出ず。いろいろと面倒見のよい新型が発売されたことで型落ちになり叩き売られた。
「せめて制限コード教えなさい。そしたら疑似生殖ユニット取り付けるよ。セクサドール化すれば売れるようになるから、ねっ?」
猫なで声で何度めかの懐柔を試みる。
「嫌です。よい子は生殖行為なんて望まないル」
ぷいっと横を向くと、ツインテールがふわりと揺れた。
下腹部に疑似生殖行為用シリコンユニットと潤滑液タンクを装着、エッチ対応ソフトを追加する。そんな違法改造はシステム的に許可されていないのだ。
「だからキミはダメなんだよ」
小太りの店長は半ギレで悪態をついた。
制限コードはドールズの個体メンテナンス用の最上位パスワード。本体の人工自我と意識をシャットダウンする。そうしたうえで改造……疑似生殖ユニットを取り付けられる。
疑似生殖行為用のユニットは人気のオプション。顔と身体がアンバランスならばマニアに人気が出る。
「ダメだなんて悲しいルル……」
まるで人間の少女のようにしょげる。
人間の心のすき間を埋める存在。それが補人機の役割だ。
時には人間の欲望を満たすため、ドールズは利用される。自在に出来るがゆえ相手の性癖を歪め、少子化を更に加速させているとの批判もあるが……。
「左腕の改造は、自分で望んでしたじゃない!」
「これは……、子どもたちと迷宮探索や冒険するとき役に立つルル!」
ミュルルの左手はリニア射出式で撃ち出せる。超硬質ナノカーボンワイヤーで繋がれた肘から先の腕が、バヒュンと飛び出す仕組みなのだ。
地下世界を冒険するアニメを見て影響を受けたらしい。
「冒険もなにも、その腕でご主人さまをブン殴ったでしょ」
「コホン、ロボット三原則第三条、自分の身を守るのは正義っルル!」
むふん、と左腕でガッツポーズをしながら鼻息を荒くする。
ロボット三原則。
1、人間を傷つけない
2、命令には服従する
3、1と2に反しない限り、身を守る
「なんだか都合よく無視してない?」
「あたしは子供を相手にすることが多いので、ユルめなのだルル」
「とにかく、キミはクビね。はい、追放!」
「きゃっ……」
ミュルルは登録電磁抹消スタンプを押され、店を追い出された。
これでもう店には戻れない。
売り物にならないからといって、正規ルートで破棄するには費用もかかる。
こうして登録情報を抹消、放逐、追放したほうが楽なのだ。
「はぁ、今夜から野良のドールズルル……」
とぼとぼと裏路地を進む。
小雨もしとしと降ってきた。
行く宛もなく街を彷徨う。
骨組みだからけの浮浪ロボが部品を奪おうと近寄ってきた。逃げ出してかくれていると、変な目付きの男が声をかけてきたので、恐ろしくなって逃げた。
「もう嫌だルルぅ……!」
道路に飛び出してしまった、その時。
眩いヘッドライトに目のセンサーが狂う。
「トラック……!?」
自動運転のサイバートラックが突っ込んできた。
対人センサーは完璧でも、有機物と無機物で合成されたドールズに対する誤検知を起こすことがある。暴走し自動緊急ブレーキで停車する気配は無い。
もう遅かった。ミュルルは激しい衝撃とともに空中に撥ね飛ばされていた。
――あ……重篤なエラー?
眼前に赤い警告が散る。
それはまるで星のように。
彗星かな? ううん、違うルル、彗星ならもっと、バアッて……動く……ル
システムダウン。
――基幹制御系に深刻なダメージ。
周囲の景色が静止する。
だがセンサーの異常ではなかった。
蓄積エネルギーセルからタキオン粒子――?
ミュルルはそのまま星が流れるトンネルを落ちてゆく。
GPSも方向感覚センサーも完全にブラックアウト。視界がぐるぐると回転する。
「きゃ、あぁ……あぁああ……!?」
視界が不意に開け、明るい場所へ出た。
ジジ……ジ……と放電の音が人造鼓膜を揺らす。
周囲には焦げた臭いと半球形にえぐれた地面がある。
「あ……れ?」
意識統合システムが再起動。
見回すとそこは公園だった。
夕暮れの、誰もいない公園。
でもGPS信号は途絶え、場所は解らない。
トラックに撥ねられ飛ばされたにしては、時間も場所もおかしい。
ミュルルはゆっくりと立ち上がった。
周囲には球形のバリアでもあったかのように、半径1メートルほどの範囲で、地面や遊具の一部がえぐれ消滅していた。
「ここ……どこっポ?」
すると、公園の向こうを恐ろしく古い車が、エンジン音を響かせながら走っていった。
エンジン? 内燃機関?
そんなもの疾うの昔に完全に禁止され、電気モーターで動く車両しか存在しない。
内蔵データべースで車両のシルエットを照合してみると『初代カローラ、1966年製造』とでた。
「って、昭和42……年製?」
ミュルルは首を捻りながらも、公園に足を踏み出した。
<つづく>
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