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EXTRANATERS1EXTINCTION エクストラネーター1消滅の時代  作者: 森本純輝


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第1章 最初の人類は何を見たか

「もう少し考えがまとまらないかな?」


泰雅が担当する作家の指摘と自身の中で呟いたぼやきが見事に重なった。少しばかり驚きの感情を抱いたが、外面には出さずに内心にとどめた。

この著者の言っていることは十分理解できる。でもそれでも今回の企画出版におけるコンセプトがあまりに自分にとって難題過ぎるテーマだからなのか、思考速度が作者のそれとまるで追いついていかないのだ。

作者の凉野氏が続ける。


「この同化の法則の基本的な原理は前回出版した同時存在理論の基礎の上に成り立つんだ。もちろん、量子もつれや余剰次元理論の概念も含めた上での新たな宇宙構造理論なのは、頼成さんも認識でしている通りだ。だけど、その前提要素がいまだ十分に把握できていない、すなわち理解不足だということになると、こちらとしても企画自体の進捗が滞ってしまうと思うんだ。もう少し物理学を応用的な知識も包含しながら個人的に復習してくれると助かるんだがな。どうだい、できそうかな?」


「あ、はい、そのように尽力いたします」


後ろめたい感情に苛まれて適切な言葉を表現できずにいる泰雅にはただそのように答えるしかなかった。そもそも元はといえば、自分はごりごりの文系出身だったのだ。いくら理論的思考が昔から得意だとは言っても、実際にそれが基礎知識の基盤の上に成り立っていなければお話にならないだろう。凉野氏の主張はそのことを暗に示しているようにさえ思えた。


「まあ、とにかく君が編集担当を務めてもらうからには、もう少し自助努力が必要なのかもしれないというのが私の一作家としての意見だがね。まあ、入社したての頃は入り組んだ思考を巡らせることにまだ慣れないかもしれないがな」


「は、はい、申し訳ありません」


「とりあえず企画の基本的指針やその概要は私の方から全部作成しておくよ。君の精進を祈ってるぞ」


「あ、ありがとうございます」


右肩をぽんと軽く叩いてくれた彼の心理的配慮に何となく申し訳なさを感じる泰雅。

………俺はかつて自分が目指していた最高の書籍を企画するという意気込みをこのまま蔑ろにするのだろうか。

一人ぼんやりと考えていると、凉野氏は「それでは、また明後日に来るよ」と席を立ってさくさくと出口まで歩いて立ち去ってしまった。


ぱたん、と軽くドアの閉まる音と共に突っ張っていた緊張が一気に緩んだ。


「はあ、まじかよ」


小さく一人ぼやいたその横のデスクでデスクトップとにらめっこをしていた一世代上の同僚の斉田が話しかける。


「別にそんな気負わなくていいだろ。いくら我が紅蘭社が理系関係の書籍を専門に出版しているとはいえ、お前は文系出身なんだ。本好きだけではまかり通らないことなんてごまんとある。自身の認識の甘さがこの事態を招いたとしても、努力する必要があることには変わりはないんだ。ここの部署で自分が一番頑張らなければならないともしも強く感じているのであれば、その心の声に従うしかないさ、頼成。がんばれ」


「ああ、ありがと」


「今日はもう定時をとっくに過ぎているから、さっさと帰宅してビールでも一杯腹に流し込めや」


「俺はビールは飲まん」


「おお、そうだったけかな。最近の若いやつはあんまり酒を飲まないとも聞くしな」


「いや、飲むやつは飲むぞ。高校時代の同期は成年になった途端に暴飲してた」


「まじかよ。それはそれでちょっと問題だわな。あまり酒の機会もないだろうからあんま絡むなよ?」


「まあ、心してはいるさ」


「そうか。今日もお疲れさん」


「お疲れ」


ぐったりと疲れた表情で立ち上がると、泰雅は荷物をまとめるべくその場を後にした。






―エクストラセンを有する数少ない惑星がまだこの天の川銀河の中にある―


部下からそう報告を受けたベラトリックスが期待を膨らませて到達したこの太陽系には、何らそれらしき痕跡は存在していなかった。部下の報告が誤報だったのか、あるいはただ単にこの星系が外れの宙域であるだけだったのか。想定はつかない。だが、自分たちの種族を存続するエネルギー資源が著しい枯渇を極めていることを鑑みれば、もう少し忍耐強く粘る必要がある。どの星系でも、恒星に近い宙域にある惑星の方が意外にそのエネルギー資源が眠っていることが多くある。今回もそれを想定して捜索していくとしよう。

まずは恒星から最も近い三つの惑星からだ。

ベラトリックスは腕につけてあるビーコンセンサーとなっている六角形の端末を指で操作した。すると、彼の眼前にホログラム状の青いスクリーンが扇形の形状になって冷たい金属の床から出現した。彼はその表面に表示されている「ウェポンオプション」の項目をタップし、ずらりと縦長に並んだリストから「メルトニック・チャージ」を選択した。


「兵器使用を許可しますか?」


人工音声のアナウンスと共に了承の認可を受けるウィンドウが表示される。彼は二項目のうち「はい」を選択した。


「アクセスを許可。これよりメルトニック・チャージを発射します」


そう音声が流れた後、数秒後に船のデッキ近い武器格納ハッチが開き、鋭い音と共に一つ、二つ、三つ、と続き、そこから連続して六つの砲弾が連射されたのが分かった。

砲弾は解き放たれたのちに、認知するのが難しいほどの非常に速い速度で宇宙空間の中をターゲットの惑星めがけてまっしぐらに突き進んでいく。そのうち、各惑星ごとに二つずつにまとまってそれぞれの大気圏に瞬く間にして突入していく。

恒星に最も近い地点から数えて三つ目の惑星の大気圏にそれらが突入した時、兵器の表面を回る環状の鋭いレーンがぶるぶると振動し始めた。


「メルトニック・チャージ、コード〇七二一、三番目の系外惑星の大気圏で異常を探知」


兵器の振動を感知した船の電磁パルス受信システムが音声に変換される。


「どんな異常だ?」


ベラトリックスの冷徹な声を認識して音声アナウンスが返答する。


「大気全体に兵器内部のシステム構造に支障をきたす微粒子が大量に含有されています。どうやらこの惑星全体が圏内全域にわたって微粒子を振動させる微弱な電磁気エネルギーを発生させていると想定します」


「………そんなことがあるのか?」


「電磁パルスの受信強度から測定してみてもその振動数が極めて高いことは断定できます」


「………かつての銀河アライアンスが命名していたとされるこの太陽系の名とその惑星の名は?」


「残念ながら記録が残されておりません」


「なぜだ?銀河戦争時代で奴らに勝利した我々は全ての星図を知り尽くしたはずだぞ?」


「彼らの残した星図によれば、この太陽系そのものが存在しておりません。この銀河系における宇宙周波数帯域にこれらの太陽系惑星が放つ周波数と一致した事例が全く記録として残されておりません」


「なんだと?」


「ですが、この惑星の地表から発せられる微弱な周波数の中にメルトニック・チャージに似た周波数が存在していた記録を確認しています」


「どういうことだ?」


「おそらくは、過去の遠い時代に同じくメルトニック・チャージがこの惑星の表面を再編しているかと想定します」


困惑していたベラトリックスに対して返されたそのアナウンスの返答で合点がいった。

一人確信に近い答えを確証するべく、あえてアナウンスに聞いてみた。


「その過去の年代とは、今からおよそ六〇〇〇万年前の時代か?」


「さようでございます」


………まさかとは思ったが、こんな辺境の域に存在していたとはな。

かつて、閣下が仰っていたあの名がまさにここに密かに存在していたのだ。

遥か遠い宇宙の過去で我々が起こした銀河戦争。

その勝敗の行く末にもう少しで掴めるはずだった、夢に見たあの幻の技術が隠されたかもしれない場所。

そういえばその当時、閣下ネメシス様が仰っていたこと。


「奴らはどこかのタイミングで、『そのテクノロジー』をありかごと封印するために、どこかの惑星の記録を丸ごと消去した疑いがある」


六〇〇〇万年前に訪れた時は認識していなかったが、ついに「その技術」をここで見つけたかもしれないのだ。

あの憎き銀河アライアンスの前任の総司令官だったヤツの究極の技術を。

全宇宙を我が目的のために書き換えることができる技術、それが隠されていたと最も断言できる可能性が高い惑星。

そう、その惑星の名は………。

ベラトリックスは一人独白した。


「地球だ」






「高度六万フィートに謎の飛行物体を二体捕捉。物体の具体的正体は不明」


国際地球外電磁波観測所の所長を務めるマッケンジーの耳に入り込んできたその情報が、彼を突如にして緊張させた。大気圏外から何か未確認物体が到来する事態が起きた時の適切な処置手段は、常日頃からシミュレーションされた訓練によって鍛え上げられている。しかし、それでも実際に事態が発生するとなると、それもこれまでの前例がない未知の対応となると、さすがに緊迫した状況にならざるを得ない。事実、成層圏付近から一気に降下しつつある物体がレーダー探知機で捕捉されている画面を見ると、心臓が激しく跳ね上がるのが苦しくなるほどに確認できるのがよく分かる。

彼は、訓練されてきた通りの判断を下した。


「直ちにSDIシステムを起動、ルドルフ長官に連絡して迎撃用レールガン発射の許可を取れ。その間に物体の現在の軌道から落下地点を推測、計算せよ。それが文明圏であると想定される場合、避難警告の非常措置を告知するために大統領がすぐに対応できるよう、長官に待機を要請しろ」


「了解いたしました」


マッケンジーはディスプレイを不安な視線で凝視した。もしも、物体が軌道を変更して航路を変えたら、計算した座標は意味をなさなくなってしまう。もちろん、それを予測した追撃ミサイルもこちらは装備してはいるが、百パーセント確実に撃ち落とせるかといえば、確証できる余地は甚だないに等しい。そうなれば、残る選択肢はたった一つだけ………。


「神よ、甚大な被害は決してなさんことを」


一人小さく囁いたその独白を尻目に、落下地点を計算していた部下がこれこそは絶望そのものだと言わんばかりにつらそうな口調で報告した。


「所長………物体の落下地点はここアメリカのアリゾナ州、それもフェニックス郊外にあたります。現在の飛行速度は四万ノット。これはどう見ても、避難警告を強制執行できる十分な時間的猶予がありません。このまま衝突した場合、人口規模から見て相当な規模の被害が大きいと予想されます」


「………神が振ったサイコロの結末は情けを与えては下さらんようだ。結局我々自身の意志と行動にかかっているのだな。ロジャー、万が一が現実になる可能性が非常に高い以上、彼らを頼るしかなさそうだ。最後の切り札としてルドルフ長官にその旨も伝えておけ」


「つまりは………」


「そうだ。ビーフォースだ」


ロジャーと呼ばれた部下は困惑した表情を浮かべた。


「しかし、現時点では決して世間に公表されてはならない秘密の部隊です。彼らが組織された極秘機関『CHAOS』も絶対に外部に漏洩させてはならぬ最高機密情報に該当します」


「確かにそうだが、この事態にそんなことを言っている猶予があるか?人類文明の一大危機が今まさに差し迫っているのだぞ。被害の規模すら明確に想定できないことを考慮すると、そもそも我々の文明が存続できるかどうかも分からん」


そう言い返したのちに、長官と連絡を取っていた別の部下がマッケンジーに報告した。


「レールガンの発射が認可されました。これよりSDIシステムへのアクセスを許可します」


「分かった。標的を外すかもしれない可能性を考慮し、三機起動しろ。発射する座標は現在の軌道上で通過すると見込まれる航路として特定し、物体が到達するその瞬間に迎撃せよ」


「了解いたしました」






「ついに未確認飛行物体が到来したらしい。おそらく俺たちの出番が来るようだ」


壁に埋め込まれた拡張生体用のアーマーが格納された縦型のクレードルを見ながら、リチャードが事もなげに言った。


「約五十年前くらいからずーっと言われ続けてきた事態だな。今までは俺はこんな状況は金輪際決して来ないだろうと予想していたが、見事に外れたようだな。まあ、はなからビビってなんかいないけどな」


応対する隊員、ジャスティンもさして動揺していないような口ぶりで話す。


「それにしてもいまだに解決しない疑問があるんだが、つい最近発掘された恐竜の化石で、地層に埋まっていた岩石と一緒くたになっていたものが発見されたそうなんだが、その発掘現場のすぐ近くに地球由来のものとは思えない扇形の鉄が見つかったらしい。その内部の仕組みと化石の分子構造を分析したところ、化石に含有するカルシウムによ溶岩を構成するケイ酸塩成分が含まれていたんだ。さらにそれが硫酸に近い性質も併せ持っていることが発見された。そしてそれは鉄の分子構造とも見事に合致する。また、同じ構造をした扇形の鉄がある地方にあるクレーターでも発見された。そして、その二つの発見地は遠く離れている。つまるところ、この扇形の鉄が恐竜を溶解させた、つまり、溶岩に似た何らかの物質によって恐竜が滅びた可能性があるんだ。何が言いたいか分かるか?クレーターを作った地球外から降ってきて大地に衝突した隕石か何かがそこから遠く離れた地にいた恐竜を溶岩で焼き滅ぼした、そんな可能性があるかもしれないんだ。一人の地質学者がそれを主張してる」


リチャードは振り向きざまにその質問に答えた。


「実は、俺もその手の話を聞いていたところでな。ある政府直属の研究機関に勤める所長から聞いたんだ。その学者の主張は完全に的を得ている、とな。それだけじゃない。空から降ってきたとされるその隕石は自然に形成されたものじゃなく、人工の産物だったらしい。そのことについて彼は別の分野から情報を得ていてな。どこの分野から仕入れた情報なのかまでは分からないが、彼はこう言っていた。

『宇宙から来た"時空の印"と呼ぶ超テクノロジーによって恐竜は絶滅したんだ。そして、今度は我々人類がその危機にさらされている』

と」


ジャスティンは腕組みをして首を傾げた。


「俺は荒唐無稽な話は昔から信じないタイプだったが、こうも事態が変わってくると視野に入れざるを得ないよな。その話はなおさらだ。ちなみに"時空の印"って、なんだ?」


「分からない。ただ、彼が口にしていたのは『その隕石は地球外にある未知の文明のものであり、あらゆる世界や生命圏を滅ぼしてきた。そして地球が最後だ』ということだ。文脈から察するに宇宙で多くの侵略があって、かつここが最後の仕上げだということがうかがえるよな。俺はかつて宇宙で銀河戦争があったんじゃないのか、って予測してる」


「途方もない話だな」


「彼は世間が知らない多くのことを知っているそうだ。俺もいろいろと聞かされた。その時空の印はさらに大きなテクノロジーの存在と関連しているとまでな」


「さらに大きなテクノロジー?」


訝しむジャスティンにリチャードは肩をすくめる。


「その正体が具体的に一体何なのかまでは彼もまだ突き止めていないそうだが、そのテクノロジーは時空の印と共通点があると言っていた。『それらはあらゆる物体や物質を転送する』と」


「転送?一体何のことだ?」


「つまるところ、テレポーテーションのことだ」


「瞬間移動とか時空転移とかいう類のことか?」


「そうだ」


「ことさらに突拍子もねえ話だな。宇宙人が地球に転送されて侵略してくるのか?」


「分からない。そのテクノロジーの用途や目的まではな。彼もその巨大なテクノロジーに関してはまだ確証がないそうだ」


「銀河戦争に侵略にテレポーテーション。完全にSFの幻想へと取り巻かれている世界だ」


「それはともかくとして、まずは俺たちは目の前のことに当たろう。この手の話が続けられるのは、俺たちが隕石の脅威を人類文明から退けることにかかっている」


「世界に明日が来るように、か?まるでSF映画みたいだ」


「事実として、SF映画が現実になった世界だよな、この事態は」


「確かにそうだな。それに」


ジャスティンは目の前にある拡張生体を眺めて誇らしげに言う。


「こうした時代にこのビーフォースに所属できたということに、俺たちがこの世界の主人公になった感覚さえ感じる。他にもいそうな気がするが」


「本当の主人公は誰か、ということか?」


「そうだ」


「本当の主人公。この世界の巨大な危機を救う存在、か。どこにいるんだろうな」


拡張生体のヘルメットの部分を見ながらリチャードが言った。




「レールガンを起動。目標となる座標を捕捉」


音声アナウンスが基地に流れた。その場にいる作業員の全員が自分たちに極度な緊張を課されたことを、他ならぬ雰囲気で強く感じ取った。

動く標的物を捉えたのちに、再び流れたアナウンスが全員の期待と不安を懸けていた。


「一機目、発射」


施設の外に装備された、巨大なレーザー発射砲が大きな機械音をきしませながら遥か高空の地点へ向かって空気を切り裂くような発射音を著しく轟かせた。

レーザーはまるで一本の光の柱が天と地を繋ぐように瞬時にして目標地点に到達した。

人が認知できないほんの一瞬の間がターゲットを撃ち落としたかに見えた。

だが、物体はそれを予測していたかのように突然軌道上の航路を変え、レーザーが直撃するぎりぎりのタイミングで、しかし余裕を持っているかのような動きでそれを交わした。

一連の状況を見守っていたメンバーに驚愕の声が広がる。

事態を重く見ていたこの場における司令官であるマッケンジーだけが回避された事実に怯むことなく、叫んだ。


「二機目を、発射!!!」


その声に従い、同じく座標を計算していた二機目のレールガンが標的を捉え、発射された。

しかし、それをも把握しているかのように、物体はまるでメンバー全員を嘲笑うかように、今度はレーザーが発射される直前で悠々と回避した。まるで物体そのものが意志を持っているようにも見える。


「三機目だ!!!」


最後の希望を託して、マッケンジーが吠える。

今までの二機と同様に、三機目もまたターゲットに狙いを定め、発射された。

それも、すでに知っていたかのように、飛行中であるにも関わらず、突如としてその物体の周囲に衝撃波が放たれた。衝撃波は発射されたレーザーの進行方向をぐにゃりと曲げてしまった。

そして、三度にわたる砲撃にいきり立ったかのように、さらに落下速度を上げてきた。


「………そんなことが?」


一同は皆、驚愕の上に戦慄を覚えた恐怖を各々の表情に乗せてただただ見入っていた。

だが、それでもマッケンジーただ一人だけはその年齢による衰えにも匹敵しない態度で、その場を一喝した。


「まだ、希望は残されているだろう!ビーフォースを出動させろ!今すぐにだ!!!」


メンバーの中にはまだ物体の地上衝突の大きな不安を抱いている者も決して少なくはなかったが、上司の意志に従って国際秘密部隊を統括している政府直属の組織に連絡を取る。


「こちら国際地球外電磁波観測所、及び秘密軍事施設であるSDIシステム電磁管理研究所より政府直属機関、CHAOSに指令を下す。直ちにビーフォース隊員を出動させ、現在落下中の未確認飛行物体を撃墜するよう要請する。繰り返す。直ちにビーフォースを出撃させ、物体を迎撃せよ」






「準備はいい?」


まるで、戦闘時にふつふつと湧き上がる血を抑えきれないような口調で、セイラが隣のリチャードに言った。

言われたリチャードは特段表情を変えずに、淡々と返す。


「ん-、俺としてはいつも通りって感じだな。これまで通りの任務を実行するってだけ。そんな感じだ」






「ばっかじゃなかろか」


「ふざけてるとしか思えんな」


久しぶりに立ち寄った駅前のビルにある書店に入った途端に泰雅の耳に入ってきた会話だった。

思わず目を向けると、店頭に並んでいる売れ行きが好調な書籍が何冊も積まれているのを二人の男子高校生が指を差して笑い転げている。

本のタイトルに眼差しを向けるその目はいかにも侮蔑を強調していた。

遠くからでもその本が見えた。

タイトルには「意志は相互伝達する」とある。

今海外で絶賛されている学者が書いた科学の読み物らしい。

高校生の嘲笑が続く。


「だいたい、この手のジャンルに引っかかるヤツって大抵中二病だよな」


「スピ系にどっぷりはまり込んだヤツとかもなんか好きそう」


「うわあ、キモイなあ~。そういうヤツが精神を病んで結局変な犯罪とか起こすんだろ?可愛い女の子に異常に接近し過ぎて、断られた挙げ句にいかれた行動を起こすヤツ」


「マジでやめて欲しいわ~」


「マジで下らねえわ~」


互いに下品で卑しい笑いを浮かべながら、「それよりさっさとあのマンガの最新刊見に行こうぜ!」などと言い合って別のコーナーへと去っていった。

ごく普通の、さり気ない日常の風景の一部ではあった。

だが、彼は先の会話を聞いて憤慨していた。

世のためにと長い歳月を割いてもっぱら研究に従事し、やっと出たその成果が認められないこともままある。その行く末に世間一般に受け入れられれば自身が成しえてきたたゆまぬ姿勢がようやく大きな実りを迎えることは、そう簡単に実現できる話ではない。

額に汗して、ただ黙々と己のやるべきことに邁進するその人間的な在り方に人としての美しささえ、感じる。

その努力の賜物を何の知力も十分に成熟すらしていないガキどもに、学者の偉大さの何がわかる。

若気の至りかもしれないが、それでも真剣な努力を継続してきた者への称賛、あるいは敬意を込めることもできない輩が学生のうちからいるということに強い憤りを感じるのだ。

誰も手を付けたがらないような難しい学術書を平気で何時間も読みふけることが趣味の一つである泰雅にとって、不甲斐ないことこの上ない光景だった。


「下劣な醜悪さの漂うお前らの短絡的単細胞思考みたいな脳みその方がよほど下らねえよ、このカスの塊みたいな偏屈野郎」


思わずといった調子で小さく独白する。

全く、近頃の若者というヤツは………。


「お兄さん、この本、オススメですよ」


不意に話しかけられて、泰雅は焦った。

気づけば、優しい雰囲気の女性の店員がこちらの様子を控えめに伺いつつ、包み込むようなオーラを放ちながら静かに立っていた。

手元にいくつかの本を抱えている。

恐らく、これから本棚に陳列する予定の書籍なのだろう。

その顔立ちを見て、泰雅の思考が止まった。

吸い込むような真っ直ぐな瞳が、きれいな弧を描きながらこちらの表情を好奇心混じりで覗き込んでいる。その瞳に宿る輝きには何の疑いもなく人を信じ切れるような、そんな純白さが伝わってくる。

家庭的な女性とでもいうのか、人を安心させてくれるような性格の持ち主であることは確信できる。

この人は………?

呆けた顔が少しおかしかったのか、クスっと笑ってみせる。

その笑顔も人を惹き付けるような明るい印象を受けた。

この人を守りたい。

思わずと言っていいほどにそんな感情が泰雅の心をよぎった。


「お客さん、さっき『何を言ってんだ』みたいな顔つきされてましたよ。私の気持ちを代弁してくれたような気がして、ちょっと嬉しかったです」


女慣れしていない泰雅は余裕をなくして「そ、そうだったんですね………!」と調子を合わせる。

いかん、いかん、逆に俺が短絡的単細胞思考になってどうする。

確かに俺はかつて、学生時代に中二病みたいなところはあったさ。

だけど、女性を大切に想う気持ちはいつだってこの胸の中に………。

実にどうでもいい考えを巡らせる上に、知らぬ間に虚栄心が湧き上がってきて、思わず見栄を張りたくなるような衝動に駆られた。

そんなあくせくしている彼を見た店員は「いつもいらっしゃって下さる方ですよね?」と聞いてきた。

いつの間にか知らないうちに顔を覚えられていたらしい。


「いつも小難しい学術書を買っていかれるの、よく見かけますよ。頭がいいんですね、きっと」


「あ、あの………はい、ありがとうございます!」


何を話していいかわからずに戸惑っていると、幸いにも店員がリードしてくれた。


「実は、さっきのあの学生さんたちもよく来るんです。今みたいにいつも何か珍しいタイトルの本を見つけては笑いながらあしらっている様子は日常茶飯事ですよ。まだ未成年だし、世の中のことをよくわからないこともあって、仕方がないのかな、とも感じてはいたんですけれど最近はなんだか、段々目にするのがあまり好ましく思えなくなってきて。でも、今のお客さんの表情を見て、真剣に物事を考えられる方もいらっしゃるんだなあ、と思い直して少し嬉しくなりました!」


若干シャイな表情を見せつつ、泰雅の瞳の奥を覗き込んでくる。

自分も何か話さなくては!

そんな焦燥感に駆られ、ひとまず思いついた言葉を口に出す。


「そういえば、今話題にしているこの本は、もう読まれたんですか?」



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