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神なき世界に我らは在りて~箱入り魔王の異世界巡礼記録~  作者: 葛猫サユ
魔王少女とネクロマンテ
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哨戒巡礼:Ⅱ



     ◆



 やはり道中で見かけた晶狼の群れが気になる。

 アルのその言葉を受けて、ローランとアルは休憩をそこそこに城砦を後にする。

 とはいうものの、方向感覚の狂う暗森の中で、晶狼の群れを追いかけるというのは至難の業であった。

 ローランがウィスプを指で突くと、魔力光は羽を内側に吸い込むように折り畳み、球体を潰して平面上になる。しばらくしてローランの手の上には部屋で複製した森の地図が現れた。


「今が、ここ」と、森の北東部を指さす。地図上には神木の位置と、ウィスプ自身……それを伴う、アルたちの現在地が緑と赤の点で浮かび上がっている。

「そこから螺旋状に伸びた順路を通って、群れを見かけたのは三番目の礼拝が終わってすぐの場所、だったね」言いながら地図に渦を描くローランの指を、アルは注視している。


「探すとしたら三番目の神木の付近かな? アルはどう思う?」

「晶狼は、神木の周辺に巣を置く習性がありますし、問題は無いんでしょうけど……」

 

 晶狼は、この森の生物的階級のなかで高い身分を持つとされている。結晶化した爪や牙には十分な殺傷力を持ち、耳の結晶により仲間間で高い連携を見せるためだ。そんな晶狼は夜にひときわ輝く神木の側に巣を作ると言われている。これは自身の結晶を光に反射させて、姿を擬態しつつ休息を取るためだとされている。

 その中で言い淀みを見せたアルに、ローランは「けど?」と先を促す。


「何かを警戒してましたよね。この森で晶狼が警戒するものといえば……」


 その先の言葉を予見し、ローランの表情が曇る。


「いや、それはないよ。大方、森に迷い込んだ人間の臭いで、過敏になってるだけだと思うんだ」

「そうだといいのですが」

「それより」展開した地図から手を離し、元の球体へ戻すと、ローランはアルに問いかける。

「場所の目星は付いたけど、どう追いかけよう? さすがに晶狼の気配は辿れないし、勘付かれでもしたら、晶狼と交信できない俺たちだって穏便には済ませられないよ?」

「ひとまずは神木の近くで待ち構えましょう」言いながら、アルは色味の薄い横髪を両手で掻き上げて、白く小さな耳を露わにする。


「万が一相対したら、私が話を着けます」


 そうアルの言葉が呪文となったように、大気が音もなく震える。程なくしてアルの耳が青白い光を妖しく灯す。

 しばらくするとパキピキキ……、と硬質な音を立てて、アルの両耳を氷結するように結晶が生え始めている。

 ウォルフの耳は、幼少から二~三十年の時間を掛けてクリスタロボ大森林に適応するために結晶化し、晶狼と交信する魔力器官として成長する。これが大きければ大きいほどウォルフとしての能力が高いことが認められ、場所によっては里長の基準に使われることも少なくない。

 今、この数秒間でアルの側頭部には、そんな魔力器官が耳当てのように覆い被さるほどに大きく伸びていた。


「……それできるなら、俺が頑張る必要なかったよねぇ……?」

「なんです? はっきり言わないと聞こえませんよ」


 明らかに不機嫌な声を上げたアルは、そのまま魔力器官を赤く発光させ、ウィスプと同期させる。ウィスプはローランの傍を離れ、アルの周りを回遊する。そのまま何かに気付いたのか、アルは辺りをキョロキョロと見渡して、その場で目を閉じて体を一回転させると、ウィスプも陽気に踊り出した。

 

「なるほど……、森に群生している結晶樹と器官を同期させて、森全域を無意識のうちにマッピングすることができるようですね。たしかに、これなら現在地も把握しやすい」

「同期できる範囲は魔力器官の大きさと……多分、結晶の密度にも比例するんだと思うよ。もしそうなら森全体を把握できるのは恐らく君だけだね、アル」


 どこかふて腐れたような声音のローランに、アルは得意げに笑みを浮かべる。ローランを写した瞳も心なしか爛々としているようにも思えた。

 その様子にやれやれと首を振るローランであったが、すぐさまハッとなってアルを見返した。


「待って、それなら晶狼の場所もわかるんじゃないかい?」


「いえ……」とローランの質問に、アルは耳を押さえながら否定する。

「結晶樹の反応が大きすぎて埋もれてる……? いや、晶狼の思念……と、いうより動いているものの思念を感知していないような……?」

「晶狼とウォルフでは同期の手順が感覚的に違うのか……? たしかに晶狼と相方を組むときに行う契りの習慣がウォルフにはあるけど……、ああそうか形式上のものだと思っていたけれど、こういう側面もあるのか。いや、でも里のウォルフたちはみんな晶狼と交信できているようにも見えたけど、あれはまた別なのか……? にしても特定の個体同士での思念交信で、他には傍受させないような術式も組み込まれているとなると……記述の一部を暗号化して……」


 口元に手を当て、ブツブツとローランは考察を始める。やがて視線と腰を落として、拾った枝で地面に術式を描き始めた。


「……置いていきましょうか、ローラン?」


 そんなローランを、アルは半目で見つめていた。



     ◆



 三番目の神木は、切り立った崖に根を張りながら上空へ直角に伸びており、他の神木に比べて歪ながらも劣らずその巨大な姿をひっそりと表しながら、まるで燭台を思わせる特徴的な形をしていた。

 そんな神木からやや遠くの位置で、アルたちは茂みに隠れながら晶狼の群れが来るのを待っていた。時間はそろそろ夜になり始め、辺り結晶には明かりが点り出している。

 いっそうの輝きを放つ神木はいよいよ燭台めいてきていたが、それに紛れる晶狼たちは訪れなかった。


「まさか、完璧に擬態できているなんて話ではないよね」

「晶狼が神木の傍を好むのは、どちらかと言えば威光を示す意図がある……、というのを本で読んだことがあります」アルは神木を注意深く観察しながら続ける。「『輝きを放ちゆるり歩むこの姿こそ聖者の行進なり。何人たりとも、その気高さに平伏せん』……なんて言われていて、そもそもこの森において晶狼の天敵は居ませんし、彼らからすれば必要以上にうまく隠れる意味も無いんですよ」


 アルたちは周囲を警戒しながら、神木に近づく。やはり晶狼の群れはなく、神木が放つ結晶の光が二人の顔を照らすだけだった。


「当てが外れましたか?」

「うーん、その可能性も否定出来ないねぇ」


 バツの悪そうに、アルの問いかけから視線を逸らすローラン。

 だが、ふいに目を留めて、眉を顰めた。


「アル」


 ローランは重い声音で、神木の一部を指さし、アルを促す。

 そしてアルもまた、それを見て表情を険しくする。

 そこには神木から分かれた枝の一部分であったが、乱暴にねじ切られ、手折られた跡があった。光り輝く幹を注視すれば、切り傷から屈折した光が漏れていることを確認できる。

 ウォルフたちは結晶樹を伐採し生活資源としている。しかし、この森の墓標でもある結晶樹の切り倒しには厳しい制限があり、原則として伐採場以外での伐採は禁じられている。伐採の際にも根元に弔辞を記した上で作業を行い、一度伐採した結晶樹には定期的に供物が供えるようにしている里もある。たとえ子供であっても無闇の結晶樹を傷つける行為には重い罰が下されるほどに、ここでは結晶樹に敬意を払うことを教育される。そして晶狼や他の生物もまた、自らの生活拠点としている結晶樹を傷つける利点はない。

 野生の晶狼であっても、ましてやウォルフであっても、神木の枝を無断で折ることは禁忌に等しい。

 直後、茂みから白い影が飛び出した。


「アルっ!」「――っ!」


 二人は左右に飛び退き、襲撃を躱す。影はそのまま神木に激突すると思いきや幹を踏み台に三角飛びをして、アルたちから再び距離を取り、こちらを睨み付けた。

 影の正体は、晶狼の一匹だった。結晶樹の光を受けて体表の結晶部が反射し、その体は光り輝いているようにも見える。

 アルはすぐさま体を起こしてローランを見やる。ローランは頭を押さえながら上半身を起こして晶狼を警戒しようと晶狼に視線を向けようとしていた。

 しかし晶狼はそんなローランに雄叫びを上げく飛びかかり、その首筋を噛み千切らんと顎を大きく開く。


「やめなさい!」


 アルの魔力器官に赤光が走る。晶狼の耳がピクリと跳ねるが、それでもローランに食いかかろうとしている。ローランは結晶杖を噛ませながら応戦していた。


「待ちなさい! その人を食ったって腹の足しにはなりませんよ!」


 アルの制止を無視して、晶狼は結晶杖を振り払って喉笛に飛び込む。

 瞬間、ローランの首からは鮮血がいきよい良く飛び散り、その体が発作のようにもがき、跳ねる。それが動かなくなる頃、ローランの体から青い魔力光が四散した。

 アルはそのまま腰に手を当てて晶狼の暴虐を呆れた緑の目で観察してた。

 激情を露わにしている晶狼の体毛は土埃を被り、よく見てみると乾いた血が付いているのがわかる。全身を神経質に逆立てたその身なりは落ち着いた気高さよりも余裕のないみずぼらしさが勝っている。

 そう、明らかに、尋常ではない様だった。


「あなた、何があったんですか?」


 アルはローランを食い散らかす晶狼に問いかける。晶狼に人間の言葉は通じない。あくまでアルと晶狼が交わしているのは、伝えようとする意思そのものを魔力器官で変換して晶狼の結晶と交信している不可視光の波である。アルが人間の言葉を晶狼に投げかけるのは、魔力器官を供えたばかりの彼女では人間の言葉を口にしなければ目の前の晶狼と言葉を交わすことができないためである。

 しばらくして、ローランが動かなくなったことを確認した晶狼がアルに向き直る。牙をむき出しにし、口の端から返り血の泡を零してアルを睨み付ける。


「……ころされた? にんげん、しらない、このもりを、けがした。なかまを、ころした」


 赤く走る光に応じるように、アルは言葉を呟く。


「ゆるさない、にんげん。もりをこわすもの。……待って、つまり……」

「侵入者がいるってことだね」


 ふいに後ろから声を掛けられ、晶狼は飛びずさる。そこには埃を払いながら悠々と立ち上がるローランがいた。


「この森の生物は神木を無闇に傷つけない。手折られた枝は、恐らく薪にでも使ったんじゃないかな。それで、ここを巣にしていた晶狼の群れと偶然鉢合わせたってところだと思う」


 動揺しながらも威嚇する晶狼を、手を前にして宥めようとしながら、ローランは言う。アルはそんなローランと晶狼の間に入り、晶狼に話し掛けた。


「あなたの仲間を殺した者は、どこに行ったかわかりますか?」


 晶狼はアルを見上げて、唸りをあげる。耳の結晶がせわしなく明滅している。


「おまえに、はなす、いみない。……この森に侵入者がいることは、ウォルフの問題でもあるんです。ですから……」


 言い聞かせるような口調でアルは言う。しかしそれを聞いた晶狼は、アルへの唸りを強めて明らかな敵意を示した。


「おまえはだれだ?」アルの瞳が紫がかり、大きく見開かれる。「おおかみのたみではない。おまえは、なにものでもない。われらのことばが、なぜわかる」


 その質問に言葉が出せずにアルは、晶狼から視線を逸らして目を伏せる。

 晶狼は何かを察したように踵を返し、そのまま素早く神木から離れていった。


「野生の晶狼の気が立っていたのも、これが原因だったんだろうね」

「……問題は、誰がこんなことをしているかということですよ」

 

 晶狼が行き去った方向を見ながら、アルは言った。


「それなんだけどね」そう言いながらローランは右手を挙げて、人差し指を中空に突き出す。

「なんとかなるかもしれない」


 その指先に、青白の光が点った。



     ◆



「魔力光が聖質に内包している情報っていうのは膨大でね、指先の光1つだけでも具体性の高い情報が得られたりもするんだ」


 落ち葉に埋もれた斜面を注意深く歩きながら、ローランは後方のアルに解説をしていた。


「なおかつ大気中を漂う魔力光自体も流動性の高いものだから、魔力光が生物を透過するに当たっては、透過した生物の聖質を読み取ることだってできる」ここまで話したあと、ローランは苦笑を漏らす。「まぁ、これは本当に結果論だったんだけど、あの時晶狼が俺を『自分たちを狙う侵入者』だと思って本気で襲ってきたのが幸いしたのかな」


 それを聞くアルは半目になりながらも、その瞳は黄に染まっていた。


「あの晶狼の襲撃と侵入者の居所と、いったい何が繋がるんですか?」

「あの時俺が一回死んで、拡散した魔力光が収束した際に、偶然晶狼の体を透過したおかげで、晶狼の記憶の一部とそれに伴う悟性的な感情刺激を貰うことができたんだ」

「悟性的?」

「簡単に言うと、ある事柄に対して自分がどう感じたのかってこと。それで、俺は晶狼の、侵入者に対する憎しみや殺意を、情報として受け取ることができたんだよね」


 ローランの正面には、青白い光を纏った狼が、地面に鼻先を近づけながら歩いていた。

 その狼の輪郭はぼやけており、時折陽炎のように左右に揺らめきながらも迷わずアルたちを先導し、道を示していた。


「俺たちが今追ってるのは、そんな晶狼の感情と対侵入者の記憶をミキシングさせた専用の追跡魔術なんだ。精度は晶狼の探知能力に依存しているけど、そこはさすがだね」


 目の前の狼が迷うことなく先導しているのも見て、ローランは満足げに頷く。

 魔力は全ての生命に宿り、生命の全てを内包している。

 すなわち、魔力を知れば命の法を知ることができる。そして魔力によって、生命の基盤たる魔力光……魂を作り出すことも可能とする。

 死霊術とは、全ての魂を解析し、模倣し、再現する魔術研究の総称である。

 そしてローラン・エル・ネクロマンテ……『死霊術士のローラン』の所以でもあった。


「……そろそろ、かな」


 途中で休息を挟みながら白夜の森林を歩くアルたちだが、先導者の狼が顔を上げるのを見て、その場で立ち止まった。

 現在アルたちが向かっている場所は哨戒巡礼のルートとは大きく外れる場所であったが、森全体を把握できるようになったアルの力もあって、迷うことなく目的地に到達することができた。

 アルたちの目の前にあるのは、やはりこの夜に光を放つ神木の1つだった。根元に洞窟のような大きな洞が空いており、中は外の輝きと打って変わって暗がりとなっている。

 ローランは手にした杖を軽く突き出してウィスプを呼び出し、光を強めて洞に放つ。洞全体が輝き、中の様子を明るみにする。

 洞の奥には、二人の男がいた。


「誰だ……!」

「にん、げん……? いや、まさか……」


 男たちは困惑の声を上げて立ち上がり、アルたちを見つめている。精神的な疲弊からか呼吸が浅く、二人を見る目も血走っていた。

 男の格好は両者とも統一されたものだった。皮を下地に金属製のプレートを縫い合わせた軽装の鎧に、革製のブーツを履いて、洞の中で両腕に抱えるようにして同じ規格の長剣を携えており、アルとローランに男たちが兵士が類いであることを容易に想像させる。

 しかし、烈火に染まったアルの瞳には、男の腰に吊り下げられた、血のこびりついた紋章が映し出されていた。

 

「翼と、虹の紋章……」


 アルの呟きが、洞に反響する。ローランも驚愕の表情で同じく紋章も見やった。


「ウォルフ……神に仇なした獣人ども……!」


 絞り出すように、男の1人がローランとアルの見てそう比喩する。そのまま長剣の両手で構えた。

 ローランは視線を男に向けながら、アルの肩を引いて下がらせようとする。


「ちょっと待って。落ち着いて話を……」


 その言葉が終わる前に、神木を取り巻く空気が嘶いた。それはローランが幾度となく感じたであろう、魔術の震えだった。

 ローランが顔を向けると、煌々と瞳を揺らめかせながら左手を男たちに突き出すアルの姿があった。


「アル、まっ――」


 ローランの制止も間に合わず、アルは開いた手のひらを、グッと握りしめる。

 木の洞に撃音が響き渡り、次いで男の絶叫が鳴り響いた。


「あっ、……がっ、ああああああっ!!」


 地面の長剣が落ち、男の膝もまた落ちる。長剣を構えた右腕は肘の先から手首にかけて『く』の字に何度も曲がり、屈折に耐えられなかった骨は皮膚を突き破って枝葉のように伸びている。

 そんな光景を、アルは無感動に眺めていた。


「う、うあああっ……!」


 一方の男は恐怖に震えた声を上げながら、後ろに下がろうと壁により掛かる。


「ばけ、もの……」


 腕をひしゃげられた男は怨嗟を込めた瞳でアルを見返す。恐怖か痛みか荒い息を何度も吐きながら、奥歯がかち合って音を鳴らしている。

 アルはもう一度手のひらを広げ、戦意を失わないその男に向けた。


「アルッ!」


 その声を上げたのはローランだった。男とアルの間に入って、アルの両肩を両肩を強く掴んだ。


「この人らを殺す気か!? 早まった真似はするんじゃない!」

「早まる?」アルはローランを上目で鋭く睨む。「目の前にいるのがどういう人間か、わかっていますかローラン?」

「ああ、わかってる。さっきの言葉に、腰のタリスマン……エル教団が抱えてる、聖騎士団だろう?」


 ローランは横目で男たちを気にしながら、アルに言い聞かせる。アルは口の端を持ち上げて、吐き捨てるように言う。


「ええ。虹の彼方へ去った無銘の神々を信奉し、亜人たちを罪人と弾圧し、二十年前の戦争で矢面に立って私たちを殺した、あの教団が組織している騎士団ですよ? そんな騎士団が、斥候用の軽装でこの森をうろついている」ここまで言い切り、アルは大きく息を吸った。「これが何を意味しているのか、わからないんですか?」

「わかるよ。戦争が終わった今、穏健派の勇者が属している教団の軍事組織がここに居るのは、明らかな問題行動だ」

「そうでしょう? しかも彼らはウォルフの信仰物である神木を傷つけて、盟友である晶狼も殺している。里に連れて行ったところで嬲り殺しにされるならまだ優しい処置です」アルの息が上がる。興奮しているのが明白だった。「それなら、ここで殺したって文句はないでしょう?」

「だめだ」

「どうして?」

「目的がわからないだろう? なぜ聖騎士団が今になってこの森を偵察している? 侵略するなら、その規模は? 指揮官は?」ローランは釣られて語気が上がるのをなんとか抑えて、聖騎士の2人に向き直った。「それを聞く必要がある。だから今は殺せないよ」

「ふざ、けるな……!」1人が息も絶え絶えに声を荒げる。「我々を拷問しようというのか、野蛮なウォルフ風情が! 神の尖兵たる我々が口を割るとでも思っているのか……!」

「…………」

「死ねっ……! 死ねっ! 呪われてしまえ! 貴様らがいなければ、神は我々を見放さなかったのだ……!」


 獣のように体を折り、唸りながら男は吠える。もう一方の男は涙を流し、腰の紋章を手に取り祈りを捧げている。


「……一人いれば、十分では」


 冷淡なアルの声が、低く男たちの耳を通る。ローランは「だめだ!」と言い、アルの手を取る。

 そしてその手を、自身の胸に当てさせた。


「君が、そんなことをする必要はないよ。お願いだから、無闇に人を傷つけるのはやめるんだ」


 ローランはまっすぐと、アルを見据える。激情と慈しみを含んだその瞳を見て、アルの目つきから鋭さが消える。


「……あなたはそれでいいんでしょうけど」

「ごめん」

「……ああもうっ、いいです。白けました」


 ふんっ、と鼻を鳴らしながらアルはローランの手を振り払い、再び男たちに言った。


「あなたたちをジルバの里に連行します」


 その言葉に、怒りを隠せない男は、ギラついた目をアルへ向ける。ふらついた足取りで、空いた左手で長剣を掴み、アルに向けた。


「無駄ですよ」


 瞬間、男の前で長剣が砕け散る。その後を追うように、魔力の震えが沸き起こる。さすがの男も目を見開いて驚愕していた。


「その腕を見ても理解できませんか? 蛮勇を奮って立ち向かえばその様ですよ。おとなしくしていてください」


 驚愕の表情を崩せないまま、男の視線はアルに向く。


「まさか……」


 震える声で、男は呟く。

 それはどこか、確信めいたような口ぶりだった。


「本当だったのか? 魔王に、娘がいたというのは……?」


 しん、と。

 アルとローランの顔に、底冷えした緊張が走る。


「どうして……?」


 その声は、アルのものか、ローランのものか。


「は、ははは……」


 痛みも忘れて愉快そうに男は、しかし乾ききった笑い声を上げた。


「ならば、我がすべきことは1つ……」


 そう言って男は、折れた長剣を自身の喉元に向ける。

 アルと、ローランは、その男の発した言葉の衝撃に動揺し、その行いを止めることはできなかった。


「主よ……、自らの手で、生命の環を巡ることをお許しください」


 それはあり得ないほどに、偏執的な狂気を孕んでいた。

 男は自身の首に、折れた長剣を突き入れた。切っ先を失い、金属の断面でしかないそれを、片腕の力のみで喉元にねじ込み、無理矢理貫いていく。

 零れた鮮血が地面を濡らし、その体が血だまりに飛び込むまで、その場の誰1人として言葉を発する者はなかった。


「は……」


 ようやく息を呑むようにして、残された男が声を漏らす。その声で我に返ったように、ローランは男に駆け寄り両腕を押さえつけた。


「君までふざけたことはしてくれるなよ」

「あ、ああ……」


 取り押さえられながらも男の視線は、自害し青い魔力光を飛散させる同胞に向けられていた。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

次回は10月19日21時投稿予定です。


よろしければご意見・感想よろしくお願いします。

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