愛乞う竜と泣く番
竜人と人間の少女って最高にエモいと思いませんか。
竜人族が人口の大半を占めるドラクーン王国には、掟がある。
王となる者は自分の力で『運命の番』を見つけ出し、その愛を乞い、真実受け入れられてから結婚すること。
これは三代前の王が運命の番を探さずに結婚し、後に見つけた番に拒絶され、発狂したことからできた掟だ。その王の番は人族で、竜人や獣人と違い番を感じることができなかった。
『立派な王妃様がいるのに運命の番なんかに血迷うなんて、頭おかしいんじゃない? サイテー』
人族の番が王を拒絶した時のセリフである。
王に対する不敬はともかく、正論であった。王妃はそれに深く同意し、番の不敬を不問に付し、発狂した王をさっさと幽閉して番との友情を育んだといわれている。
竜人は寿命が長いので、三代前でも三百年以上経っている。
番に拒絶された竜人が狂を発するのは有名な話だ。よって運命の番を求める者は常に身綺麗にして、番を見つけてもひたすらに愛を乞う。相手が竜人か同じく番を感じられる獣人ならまだ良いが、人族は不貞行為をひどく嫌うからだ。
さて、そんな竜人国ドラクーンには三人の王子がいた。
竜王とその番から生まれた王子は優劣つけがたく、王は三人のうち誰を王にするべきか悩んだ末に、こう言った。
「三人のうち最も早く番を連れ帰った者に王位を譲る」
掟を逆手に取った、見事な丸投げであった。
ドラクーン王国第三王子リュートレートは、王になるつもりがなかった。王の器が自分にあるとは思えなかったし、番についても否定的だったからだ。
「野生のドラゴンならともかく、誇り高い竜人族が理性も知性もなく本能だけで伴侶を選ぶなど、誇りを捨てるようなものだ」
びえええええええええええええええん。
「太古の昔には番を無理矢理に攫い、死なせる竜人もあったと聞く。そのような悲劇を生む番を探すより、心から愛しあい尊敬しあえる相手を探すべきであろう」
ぴぎゃあああああああああああああん。
「あの、殿下……」
「しかし、我は間違っていた。番とはかくも愛しく、尊い存在であるとは知らなかったのだ。許せ」
うわああああああああああああああん。
「どうか、我が番よ。我を愛してほしい」
何の因果か、そんなリュートレートが絶対いないだろうと逃げるつもりで来た人族の国、その辺境の片田舎に彼の番はいた。そしてリュートレートは、自分の考えがいかに偏見に満ちたものであったのか、身をもって知ったのだ。
番はすべからく愛しい。たとえ頭髪が後退して光り輝き腹回りが抱きしめるに値しないサイズで加齢臭漂う中年男性であっても。今にもぽっくり逝きそうな老婆であっても変わらない。
「ほら、アオイ。ちゃんとご挨拶しないと」
「やあああああああああん。ごわいよぉぉぉぉっ」
「殿下、今日はとりあえずここまでにしましょう」
困り果てた表情の番の母親。泣き喚く番。途方に暮れるリュートレートの部下。泣き喚く番。残念なものを見る周囲の目。耳をつんざく番の泣き声。
リュートレートの愛しい番は、五歳の女児であった。
人族の国ヒノマールでは、竜人の番はほとんどおとぎ話だった。
竜人国のある西大陸と東大陸の狭間、ほぼ中央に浮かぶ島国ヒノマール。動植物やモンスターには固有種が多く、よほどの収集家か道楽者の金持ちくらいしか大陸から足を運ばない。海にはシーサーペントやカリブディス、クラーケンなどの巨大で凶悪なモンスターが蔓延っているからだ。空なら野生のドラゴンにワイバーンなどがいる。竜人族なら敵ではないが、人間には脅威すぎた。
そんな世界的に見て辺境の国ヒノマールのさらに辺境の村に、竜人国の王子が番探しに来たとなったらちょっとしたお祭り騒ぎだ。村の外からも見物人がやってきて、瞬く間に竜人饅頭が土産物屋に並べられた。若い娘はおとぎ話の王子様にうっとりした。
しかし女児は泣き叫んだ。
竜人、その王族には羊のような角が頭の両脇についている。爪は鋭く伸び、身長は人と比べるとはるかに長身だ。
それだけではない、竜人族最大の特徴である鱗が、リュートレートの右の額から瞼を覆い、耳の辺りまで生えていた。
衣服などで隠れない位置にある鱗は強者の証、誉れである。しかし五歳の女児にとってリュートレートは人間とトカゲが合体した化け物にしか見えなかった。
いかに竜人でも泣く子供には勝てない。リュートレートはしぶしぶ引き下がることにした。
「我としたことが焦りすぎたな。番よ、ゆっくりと愛を育んでいこう。母御、くれぐれも番をよろしく頼む」
「は、はい。ほらアオイ、バイバイは?」
「うっ、うぇぇっ、けぽぉっ。うぁあああああああああん」
リュートレートの番は泣きすぎて吐いた。
さんざんな出会いだった。
竜人にとって、番が何歳であっても関係ない。むしろ若ければ若いほど良いとされている。
リュートレートはさっそく翌日から番に会いに行った。
「すみません。アオイ、近所の子にトカゲを投げられてから爬虫類が大の苦手で……」
「我はトカゲではない」
誇り高き竜人である。トカゲと一緒にするな。
応接に出てきた番の母親に申し訳なさそうに言われ、リュートレートはむっつりした。
「すっ、すみませんっ」
慌てて母親が頭を下げる。リュートレートは鷹揚にうなずいた。
「いや、すまぬ。ヒノマールには竜人はほとんどいないのだったな」
「そうなんだよ」
むっつりしているのはリュートレートだけではない。
いきなりやってきた竜人に娘を番認定された父親もこの場にいた。
可愛い盛りの娘を攫おうとする男なんか、近所のクソガキだろうが竜人国の王子だろうが、父親にとっては敵である。
「しかし番に会えぬのは困る。……その近所の子とやらを処せば良いのか?」
「それしたら二度と会わせねえからな」
父親が腕を組んで言い返した。そんなことをされたら村が阿鼻叫喚である。番を口説くどころか反竜人キャンペーンが起こりかねない。
「冗談だ。父御よ、番はいまだ幼い。我も幼子を親から引き離し連れ帰るようなことはせぬ」
「……諦めるってことはねえんですかい?」
両親からすれば竜人国はおとぎの国だ。そんな想像もつかない国に嫁にやりたくないのが本音である。まして王妃なんて務まるとは思えなかった。
リュートレートは残念そうに微笑んだ。
「番に拒絶されるまで、いや、拒絶されても諦めることはできぬ。だからこそ運命の番などと言われている」
言って、リュートレートは番のいる部屋を見た。どこにいるかは匂いでわかってしまう。ひどく怯えていることも伝わってきた。
粗茶ですが、と出された不思議な緑色の茶を飲み干し、リュートレートは立ち上がった。
「馳走になった。次に来る時は我お薦めの茶を持って来てやろう」
遠回しな「不味い」である。これには両親も渋い顔をした。
「来なくていい」
そう父親がぼやいたのも当然である。
リュートレートの番は「アオイ」という名前だった。
「アオイか。良い名だ」
「ヒノマールにしか咲かない花なんだよ」
「ドラクーンにも固有の花がある。竜蘭といってな、紫色の大きな花を咲かせる」
アオイがリュートレートを怖がるため、直接姿を見せないようにしている。
アオイは部屋で、リュートレートは窓の外での交流だ。庭付き一戸建て木造住宅、南向きに窓のある二階部屋がアオイの部屋だった。
ただでさえ長身のリュートレートと部下が入ると、それだけで家が圧迫される、外に出ろと父親が言ったのだ。
はっきり邪魔だと言われないだけましかもしれないが、一国の王子に対して大変不遜である。五歳児を口説く男にはいい薬だろう。
「王子様は、いつまでここにいるの?」
「もうじき宿に戻る」
「そうじゃない。王子様がそこにいると、みんな怖がって遊びに来てくれないの!」
「アオイ、嘘は良くない。我がここにいるから人が来ないのではなく、アオイが外に出ないだけだろう」
他人のせいにするな、とリュートレートは言った。
そんなものは正論である。五歳児なりにリュートレートを傷つけないよう言葉を選んだアオイは、話の通じなさに癇癪を起した。
「もー! もー! もー!! いつまでそんなところでゴロゴロしてるんだい! ちったぁ働きな、このろくでなしが!!」
父親の名誉のためにいっておくが、これはアオイの母親のセリフではない。隣の家から聞こえてくる親子喧嘩の聞き覚えだ。隣家の息子は「冒険王に、オレはなる!」「オレはやればできるんだからな」「オレまだ本気出してないだけだし」と言って何もしない、典型的な駄目息子だった。
家と家の距離が近いので喧嘩の音は良く聞こえる。窓を開けて叫んだアオイのセリフもばっちり隣家に届き、駄目息子に直撃した。また今日も説教という名の親子喧嘩が勃発するであろう。
そんな隣家の事情など知る由もないリュートレートはショックを受けた。王子の彼に、働くという発想がなかったのである。
「働く……我が?」
「たしかに今の殿下は住所不定無職ですね」
部下が何度もうなずきながら言った。
番探しの資金はドラクーン王国から出ている。足りなくなればドラゴンの姿に変身して飛んで帰れば良かった。俗にいう「かーちゃんお小遣いちょうだい」である。まごうことなきろくでなしであった。
ショックのあまりふらつきながらリュートレートは宿に戻る。ヒノマールの家はどこもこぢんまりとしていて、竜人は鴨居に頭をぶつけそうになる。リュートレートはふらついていたため見事に激突した。ちょうど目のあたりだった。
そこは竜人の強靭さでびくともしなかったリュートレートだったが、まさに目から鱗が落ちた気分になった。
アオイの父親は、毎日毎日働いて家族を養っている。
そして子供とは、親の背を見て育つものだ。
つまりアオイは、甲斐性のある男が好きなのでは?
「ピョートシルト、アオイの父御はどこで働いているのだ?」
「番様の父御ならば狩人でございます」
「うむ。それではアオイも屈強な男が好みであろう」
「おそらくは」
部下は素早く主人の考えを読んだ。
アオイの父親の真似事をして好感度を上げようというのだろう。
良いことである。たとえリュートレートが王になれなくても職があるのは安心だ。モンスター退治なら竜人族にはわけもないし、国の役に立つ。
ピョートシルトは王家に仕える従者であるが、彼の給金は主人が賄う。つまり、リュートレートが稼いでくれないと、ピョートシルトも困るのだ。
「殿下なればどのような獣であろうとモンスターであろうと敵ではありませぬ。まずは冒険者として活躍する姿をお見せなさればよろしいかと」
おべっかではない。純然たる事実としてそう言った。
竜人族の王子、さらに番がいるとなれば世界最強といっても過言ではないのだ。
「うむ! 我が奥義、竜爪粉砕拳でモンスターなど塵にしてくれよう!」
「塵にしてどうするんです。ほどよくとどめを刺して肉や素材を売るんですよ」
討伐依頼が出ていればそこからも報酬が入る。討伐証明にも塵にされたらだいなしだ。
番に良いとこ見せたいリュートレートはすかさず部下に叱り飛ばされ、しょんぼりとなった。
さて、やってきた当初こそお祭り騒ぎになったリュートレートだが、定宿を決め冒険者として活動していくうちに、しだいに見物人もいなくなった。
毎日あちこち行っては獲物を抱えてアオイに会いに来て、そのたびに泣かれるのが日常になっていった。
幼女を口説く残念王子だったリュートレートへの評価も変わる。
ヒノマール国の者は、基本的に働き者が好きなのだ。まずリュートレートの献身にアオイの母親が折れた。
角と鱗はともかくあれほどの美形に口説かれているアオイを、村娘たちも羨ましく思い、リュートレートを応援する。
隣家の息子はアオイに良いとこ見せたいリュートレートを言葉巧みに丸め込んだ隣家のおばちゃんによってリュートレートに預けられ、数か月で見違えるほど働き者の狩人になった。
ちなみに狩人と冒険者の違いは旅をするかしないかである。住民権を持ち地域密着型なのが狩人だ。
旅といってもリュートレートはドラゴンになって飛べるので、行ってもせいぜい三日くらいでアオイのところに帰ってくる。天候など関係ないのはドラゴンの長所だった。
いつしかリュートレートと部下がいるのがあたりまえになって十年。アオイは十五歳になっていた。
この歳になれば、いくらなんでも番の意味もわかってくる。
リュートレートが、最大限アオイに敬意と好意を示し、愛を乞うていることも。
リュートレートがその気になれば、アオイを攫っていくこともできるのだ。それをせず、彼はひたすらアオイに好かれようとしている。
「アオイ! 西の国で珍しい花を摘んできたのだ。そなたの髪に飾ると良い!」
「アオイ! 今日の晩餐は豪華だぞ! 東海竜王の肉だ!」
「アオイ! これは星の石でな、守りになるという。腕輪にしておいた、着けると良い!」
友人に言えばなんと贅沢な、と怒られるだろう。それでもアオイは普通の恋愛をしてみたかった、と思うのだ。
普通に出会い、普通にデートを楽しみ、普通に喧嘩もして、時に別れることもある。物語のお姫様になんかなりたくなかった。
「リュートってさ、王子様なんでしょう? 国に帰んなくていいの?」
「番を見つけるまでは帰ってくるなと言われている。かまわない」
「でも、もう十年だよ」
十年も経てば、アオイもいい加減竜人に慣れる。ただし、すぐ逃げられるように外で会うことにしていた。悲鳴の一つも上げればすぐさま父親が助けに駆けつけてくるだろう。
「兄たちも国に帰っておらぬ。竜人には十年など瞬きほどの時間よ」
もう村中がリュートレートに絆されて「そろそろ結婚してあげたら?」なんて言う。アオイの味方は娘を嫁に出したくない父親だけだ。その父親も、サシで飲むほどリュートレートと仲が良い。
「気が長すぎ」
「アオイ」
リュートレートが呼んでもアオイは彼と顔を合わせようとしない。
「アオイ、まだ我の鱗が怖いか?」
アオイは首を振った。竜人の鱗はそういうものだと思っている。リュートレートの美貌を損なうことなく、むしろなんともいえない艶美さがあった。
「では角か? 爪か? この角も爪も、けしてアオイを傷つけぬ」
「わかってる。そうじゃない」
そうではないのだ。アオイが番をためらうのは、そんな見た目などではない。
「……アオイよ、我はそなたを責めたりせぬ。我と番になるのが厭ならきっぱり拒絶するが良い」
アオイは息を飲んでリュートレートを振り向いた。
黄緑色の瞳が愛しさを隠さずにアオイを見ている。
「さすれば我はそなたを諦め、この地を去るであろう」
「なんで……そんなこと言うの。そんなことしたら……」
番に拒絶された竜人は発狂する。アオイでさえ知っていることだ。
「人の子の寿命は短い。アオイは今が花の盛りであろう。好いた男と添い遂げ幸せになる権利がある」
絶望を抑えるのは容易ではないだろう、しかしそれを抑えてみせるのが理性ある生き物だ。リュートレートはゆっくりと首を振った。
「あ、あたし……っ、リュートが嫌いなわけじゃなくて。だって……っ」
「なんだ」
「た、卵を産むのは無理!!」
「……うん?」
決死の形相で言ったアオイにリュートレートは耳を疑った。
「あたしだって調べたんだよっ。そっ、そしたらドラゴンとかトカゲは卵から産まれるって! それは無理だよ!」
「我はトカゲではない!」
反射的に否定したリュートレートに、そこじゃない、とこっそり見ていた部下は目を覆った。
「えっ?」
「そ、そこは人族と変わらぬ。きちんと妊娠期間を経て人の姿で生まれてくる。安心せよ」
長く生きて来てもこういったことを少女に説明するのははじめてなリュートレートは珍しく真っ赤になった。
「……そうなの?」
「う、うむ。そうだ」
「そっか……」
安心したアオイだったが、自分が結婚後の、夜のあれこれについても考えていると暴露したことに気づいてリュートレートに負けず真っ赤になる。
「ち、ちがうし。まだ番になるって決めたわけじゃないからっ」
「う、うむ!」
なにもそこまで言わなくても……と部下はそっと目元を拭い、いつの間にか合流していたアオイの父親がすまねえ、と謝った。
しばらくもじもじチラチラしていた二人だったが、先にリュートレートが口を開いた。
「……では、他に何の懸念があるのだ?」
それはもうなんとなく見当がついている。リュートレートはアオイの口から聞きたかったし、自分で説明したかった。
「……あたしら人族は、六十年くらいしか生きられないんだよ。あたしが死んだら、リュートはどうなっちゃうの?」
これこそアオイが踏み切れない最大の理由だった。
竜人族は百年以上生きる。伝説ではなんと千年も生きた竜人がいたという。
番になったとしても、アオイの人生は流星のごとく通り過ぎてしまうのだ。
「番を失った竜人は、思い出と共に生きる」
リュートレートは心を込めて言った。
「竜人も獣人も、番が同じ種族とは限らぬ。むしろそのほうが稀だ。寿命が違うのは覚悟の上。共に生きている時間に精一杯愛しあい、慈しみ、思い出を作ってゆく。そうして得た思い出と共に残りの生涯を過ごすのだ」
「思い出……。でも、忘れない?」
「忘れるであろうな。だが、想いは残る。番を得た竜人が強くなるのはそれゆえよ。何者からも番を守るために、強くなるのだ」
アオイの目が潤んだ。
竜人とは、なんと健気で愛おしい生き方をするのだろうか。
「我が五歳のアオイに出会えたのは幸運であった。たとえ拒絶されようとも、この十年の思い出と共に生きていけよう」
リュートレートはアオイの前で片膝をついた。華奢なその手を取る。
「アオイ、我の……。いや、違うか」
「?」
「ワタシと結婚してクダサイ」
ムードもない、花束も、指輪もない。なんなら近所中が見ている中でのプロポーズだった。
番と言わず、人族風で言ってくれたリュートレートに、アオイは泣き笑いになる。
「なんで片言?」
「言い慣れぬのだ」
茶化されたリュートレートの眉が寄る。アオイの手を摑んだ手に力が籠った。痛くはない。きちんと加減してくれている。
ついに言った! と部下がガッツポーズを決め、父親がハラハラしながらアオイの返事を待っている。
「ふつちゅか者ですが、よろしくお願いします」
「噛んだな」
「うるさい。大事にしないと離婚するからね!」
「わかっている。……アオイ! 我が番、愛しているぞ!」
「きゃっ」
リュートレートがアオイを抱きしめ、そのまま抱き上げてくるくると回りだした。
そこに父親が飛び出してくる。
「リュートレート! 一発殴らせろ!」
リュートレートは素直に頬を差し出した。父親怒りの鉄拳が入る。
「……今、何かしたか?」
ニヤッと笑ったリュートレートに、痛む手を押さえて涙目になった父親が、
「てめぇに娘はやらーん!!」
お決まりのセリフを叫んだ。
ドラクーン王国は、リュートレートが連れて帰ったアオイを歓迎した。
番を得ることは竜人にとって悲願なのである。見事にそれを果たしたリュートレートに父王はあっさりと王位を譲った。兄たちはまだ番探しの旅に出ているらしい。
「もともと父上は、さっさと引退して母上と余生をゆっくりしたいと仰せだったからな」
「リュートのお母さんて、虎の獣人なんだね」
「うむ。人族ほどではないが、竜人と比べると寿命が短い。それゆえ王になってもせいぜい百年ほどで譲位するのだ」
思い出と共に生きるために。
王妃になったアオイだが、両親が心配したような身分差はほとんどなかった。不安だった政務もほとんどない。竜人国には王がいても貴族はいなかった。
強い者が群れを率い、守る。揉め事が起きても法に則って処理し、それでも治まらない時は王の出番だ。アオイの村と何も変わらなかった。
王になったリュートレートは自らモンスター退治に行き、国を守った。
ドラゴンになって飛べるため、ヒノマール国との国交が開始され、文化や物が両国を行き来した。ヒノマール国は災害が多く、土砂崩れや地震による家屋の倒壊などには力自慢の竜人が飛んできて彼らを助けた。
アオイはたびたび実家に帰って両親に顔を見せた。子供が生まれれば子供を連れて帰り、そのたびにヒノマール国の繊細な伝統細工や調味料を持ち帰り、ドラクーン王国に伝え広めていった。
アオイが六十歳になるとリュートレートは息子に王位を譲った。
アオイはいくつになっても笑いを絶やさず、多くの竜人に慕われ、リュートレートを尻に敷いていたという。彼女の健康に気を使ったリュートレートの献身もあり、八十歳まで生きた。人族にしては長命であった。
アオイの死後、リュートレートは彼女を偲ぶ廟を建て、そこで余生を過ごした。ピョートシルトや子供たちが遊びにくるたびにアオイとの思い出を語り、彼女を懐かしんだ。
「我がアオイと会った時は泣き叫ばれて大変であった。そなたらも頑張るが良い」
番探しの旅に出る若者にそう言って励まし、笑って締めくくるのが常だったという。