いくらと愛情
よし君が泣いている。
世の中はかくも理不尽だと責めている。
涙の原因はいくらだ。
スーパーまるはちのチラシに2/14の特売として大きく掲載されていたいくら。
ママの大大大好きないくら。
ほんの数日前、なんの記念日でもないけれど、よし君はママにいくらをプレゼントしようと思いついた。
いつもプレゼントをもらう側のよし君が渡す側に回るのだから一大事だ。
小さな頭をフル稼働させて、抜かりなく用意を進めなくてはならない。
第一にやるべきは貯金箱の中身のチェックだ。
今回の特売価格と持ってる小銭の枚数を何度も何度も照らし合わせる。
うん、大丈夫。いくらを買えるよゆうがあるぞ。
注意すべき点はママに気付かれぬことだ。
なにしろ今回の目的はサプライズプレゼントなのだから。
けれど、ママが2/14までに突然いくらを嫌いになる可能性もある。
だから毎日さりげなく「ママー、いくら好きー?」と探りを入れなくてはならない。
本当はリボンや可愛い包み紙を準備したかったが、予算の関係で中止した。
それならば色とりどりのペンで星や漫画の主人公を描いたメモを添えようと閃く。
何枚もの失敗作をゴミ箱行きにし、ようやく会心のメモが出来上がり、よし君のいくらプロジェクトはいよいよ大成功するかに見えた。
けれど、けれどだ。
よし君はおんおんと声を上げて泣いている。
スーパーまるはちに怒り、そして700円しか持っていなかった自分が悲しくて悲しくて仕方ないのだ。
スーパーまるはちの冷蔵ケースにはキラキラのいくらが詰まったパックが並んでいた。
ママの大好きなオレンジ色の真珠。
夕食の席を楽しく飾るはずの食べるファンタジー。
しかし、パックに貼られていた値札シールは無情だった。
よし君がチラシで見た650円の値札はなく、838円、1039円、1170円といった手の届かない金額が鎮座ましましていたのだ。
嘘つき、嘘つき、嘘つき。
650円って書いてあったのに。
嘘つき、嘘つき、嘘つき。
プレゼントしたい気持ちが昂まりすぎた分、買えなかった失望が大きい。
交わしてはいないけれど、大事な約束を破った気持ちにさえなる。
よし君は泣く泣く家に帰ると、大事にとっておいたチラシを確かめる。
ほら! やっぱり650円!
いくらには間違いなく650円と記載されていた。
「あらあら、よし君。どうしたの? なにがあったの? おいでおいで」
喜ばせたかったママの優しい声に悲しみが倍増する。
よし君はグスグス鼻を啜って、ママにいくらを食べさせたかったことを伝えた。
「よし君、よし君、よし君」
根気強く、よし君のまとまりのない話を聞き終えたママはよし君をギューッと抱きしめた。
数日前からソワソワワクワクしていたよし君。
小銭を並べて難しい顔をしていたよし君。
スーパーで目当ての金額のいくらを見つけられず途方に暮れたであろうよし君。
ママがいくら大好きなのにと涙を流すよし君。
ママの胸はよし君でいっぱいだ。
「よし君、ありがとう、ありがとう、本当にありがとう」
ママはよし君を抱きしめながら、スーパーが嘘をついたわけではないよと微笑み、よし君の見落としていた『いくら〈100g〉本体価格 650円』の〈100g〉の意味を丁寧に説明してくれた。
そして今度お買い物に行った時、パックに何グラム入ってるのか一緒に見ようねと頬を撫でてもくれた。
「ねぇ、よし君、今日はいくらの特売日でもあるけど、好きな人にチョコレートを渡す日でもあるんだよ」
そう言ってママが冷蔵庫から取り出した箱にはネコやウサギの形をした可愛いチョコレートが詰まっていた。
「これ100グラムにしたら何円?」
よし君は早速、肉球型のチョコレートを指差して、教えてもらったばかりの算数を始める。
「ん、んー、そうきたかー」
ママは我が子の賢さに誇らし気でありながら、答えられない問いに困ってもいた。
だからクスクス笑って、こう逃げたのだ。
「このチョコレートは12粒で2500円くらいだったので1粒は200円ちょっとです。消費税はあっち置いときます。で、1グラム何円かは分かりませんが、ママはその500000000倍以上、よし君が好きです」
ママの愛情1グラムに比べたらいくらがどれだけ安いか、この日よし君は知ったのだった。




