色覚異常の能力
――アフリカ人は高い身体能力の遺伝子を持っている。
一般的にそのように思われているかもしれないが、実はこれは正確ではない。正確には“アフリカ人は多様な遺伝子を持っている”と表現するのが正しい。
例えば、短距離走と長距離走のアスリートの体格を比較してみよう。どちらもトップクラスはアフリカ人(の遺伝子を引き継ぐ者)が多いが、その体格はまったく違うことに直ぐに気が付くはずだ。
一口に“身体能力が高い”と言っても様々なタイプがあり、短距離走に向いているアスリートは長距離走は苦手だし、長距離走が得意なアスリートはその逆なのだ。
つまり、アフリカ人は様々なタイプに特化した遺伝子を持っているのであって、どんな状況においても優秀な遺伝子を持っている訳ではないのだ。
アフリカという土地は、長い間、隔絶されていてあまり交流がない地域が多数存在していたらしい。その結果、遺伝子が混ざり合わず、そのような状態になったのだとか。
対して、黄色人種や白人は、遺伝子が混ざり合って均質化してしまった。それで一部の能力に特化した遺伝子は失われてしまったと考えられている。
だから長い年月を経れば、やがてはアフリカ人達の遺伝子も均質化し、それぞれの競技でそれほど顕著な実績を残さなくなっていくのかもしれない……
「よお、深田! 今日、一緒に遊びに行かないか?」
クラスメートから、そう誘われた。
三城という明るくて人気のある男子生徒だ。
どんな気まぐれで誘われたのか僕にはまったく分からなかった。僕はクラスでもあまり目立たない方だから。
「いや、僕はいいよ」
そう断ると、彼はとても残念そうな顔(僕の気の所為じゃなければ、本心から残念そうにしているように思えた)で、「そうか。分かった。じゃ、また今度な」とそう言った。
なんとなく、罪悪感のような後味の悪い想いが残る。
――勇気を出して、遊びに行ってみるべきだったろうか?
いや、きっと僕のことだ。
行ったら行ったで、後悔するんだろう。
僕は物心ついた頃から、劣等感を抱えて生きて来た。
少なくとも、その原因の一つには心当たりがある。
僕には色覚異常があるんだ。普通の人の目は三色感じ取れる。ところが、僕の目は二色しか感じ取れない。
それほど大きな問題がある訳じゃないけど、それでも例えば、赤色で強調されたメッセージに気が付かなかったり、色で分類されている物が判断できなかったりと、色々と困った事がある。
駅で「赤のラインを辿れ」と言われて困って駅員さんに自分に色覚異常があることを伝えたら、とても嫌な顔をされた事もある。まるで汚物でも見るかのような蔑みの視線。
……どうして色が分からないくらいで、あんな目で見られなくてはならないのだろう?
親も僕の色覚異常を好ましく思ってはいないようだった。普段は平気だけど、機嫌の悪い時に酔っ払うと、僕のこのハンデを罵って来る。
そんな経験を繰り返すうち、いつの間にか、僕は自分を劣等な人間なのだと思うようになっていた。でも、それならそれで構わないとも思っていた。身の程をわきまえて生きていけば良いだけだから。
ただ、だから、偶にこんな風に遊びに誘われたりすると困るんだ。
断った時、なにかとてももったいないことをしたような喪失感を味わうから。なにか悪い事でもしてしまったかのような……
――それにしても、どうして三城君は僕を誘ったのだろう?
帰り道、僕はそんな疑問を思った。
でも、直ぐに忘れた。実は、今、ゲームに嵌っていて、今日も家に帰ったら、早速、オンライン対戦をやるつもりでいたからだ。
それは『ファンタジー・アーツ』というバトルゲームで、近代の戦争にファンタジーの要素を加えたような世界観がとても魅力的だ。魔法や銃撃を駆使した迫力のある戦闘は他に類を見ない没入感を味わえる。
まぁ、僕はそんなに上手くはないのだけど……。
家に帰って早速ゲームをやってしばらくが経った辺りだった。
『よぉ、深田! お前もこのゲームをやっていたんだな。手間が省けたよ』
唐突にそんなメッセージが送られて来た。
え? 誰?
と、思ったけれど、相手は直ぐに名乗って来た。
『オレだよ、三城だ』
僕はそれにびっくりした。
『どうして、IDを知っているの?』
『教えてもらったんだよ、里中に。友達なんだろう?
いやぁ、お前がこのゲームをやっているってあいつから聞いてさ。もしかしたら、今日もやっているかもしれないと思ってログインしてみたんだ。ビンゴだった』
僕は彼の言葉に困惑した。
『あの…… 何の用?』
『うん。お前にオレのチームに入ってもらいたくってさ』
『チームって、このゲームの?』
『そうだよ。実は今日誘ったのは、このゲームに誘う為だったんだ。だから、お前がやっているって知ってラッキーだと思ったんだ』
僕は彼の言葉にますます困惑した。
『一体、どうして? 僕は特別ゲームが巧いって訳じゃないよ?』
僕の困惑に構わず彼は『まぁ、いいから。とりあえず、一度やってみようぜ』と僕を誘って来る。
オンライでのチーム戦。
どうやら、これからやるらしい。
僕は断れ切れず、結局、それに参加する事になってしまった。
そのチーム戦は森林ステージで行われた。
森林だけあって、障害物が多く、物陰に隠れての奇襲という戦法が強力だ。
相手チームは、森林での戦いに慣れているようで、その地形を活かして攻撃をしかけてくる。
どうやら僕らのチームは押され気味のようだった。
僕はそんな中で不安いっぱいだった。IDだから本当の名前は分からないけど、きっと僕らのチームには三城君の友達が……、つまりは学校の友達が多くいるんだろう。ここで僕が足を引っ張ったら、皆に嫌われてしまうのじゃないか?
……身の程をわきまえて、ほどほどにゲームを楽しめればそれで良かったのに、なんでこんな事に?
僕は怯えて縮こまっていた。
だけど、そのうちに僕のいる場所の近くにまで敵が迫って来る気配が。
どうやら、敵チームに押されて、戦闘地帯がずれてきているらしい。
見ると、敵チームの一人が樹々の影から銃を構えているのが見えた。僕のチームの一人は、それに気づかず、無防備に歩いている。
『何をやっているの! 危ないよ!』
僕はそう叫ぶと、咄嗟にプロテクトの魔法で彼を守った。その次の瞬間、銃声が聞こえたけど、僕のプロテクトで弾ははじかれた。
『おお、サンキュー』
撃たれそうだった彼は、そう僕にお礼を言って来た。ただ、どうして敵が狙っているのが僕に分かったのかは不思議だったらしく、
『凄いな。どうして、敵が分かったんだ?』
と、そう訊いて来た。
僕としては、逆にどうして分からないのかが不思議だったのだけど。
その時に『やっぱり、予想通りだな』とそんなメッセージが届いた。
三城君だ。
『予想通りって?』と、それに僕。
『お前、二色型色覚なんだろう?』
それは、つまり二色しか感じられない人の事を言う。
『そうだけど……』
僕がそう戸惑いながら返すと、三城君は続けた。
『聞いた事があるんだよ。戦場で、色覚異常って言われている二色型色覚者の方が、カモフラージュを見抜く能力が高かったって話を』
『え?』と、それに僕。
その時、僕の視界には、敵チームが迫って来ている様が見えていた。
『あっちの方から、敵チームがやって来ているよ』
と、それで僕は言う。それに三城君は『サンキュー!』と返すと、銃を構えた。
『深田さえいれば、このゲームいけるぜ! いけんくだ! さぁ、逆転開始だ』
そして、嬉しそうにそう言ったのだった。
そのゲームは、なんとギリギリで僕らのチームの勝利で終わった。タイムアップで、体力1メモリくらいの差だったから、ほとんどまぐれだけど、それでも格上だという相手に勝ってしまった。
『二色型色覚者ってのはさ、どうやら色の違いで判断が狂ってしまう三色型色覚者とは違って、質感の境界線を明確に識別できるらしいんだよ。
だから、カモフラージュを見抜き易い』
ゲームが終わっても、まだ不思議に思っている僕に向って、三城君はそう教えてくれた。
『もちろん、二色型色覚者にはデメリットもある訳なんだが、こんな風にメリットもある。
だから、三色型色覚者のデメリットを二色型色覚者が補って、二色型色覚者のデメリットを三色型色覚者が補えれば、チーム全体がより強くなるんだよ。
まぁ、多様な遺伝子の一例なんだな。
二色型色覚を世間では色覚異常だって言うけどさ、こういう点を考えれば、実は二色型色覚ってのは一つの能力なんじゃないか?って少なくともオレは思うね』
僕はその言葉に感動していた。
そして、今まで抱えていた劣等感が、一気に楽になっていくのを感じていた。涙が出そうだ。
どうやら僕は、劣った存在として生まれついた訳ではないらしい。