現実とライバルと焦燥感と
1067点。
わかっていたとはいえ、美紗は落胆していた。――久しぶりに取ったわ、こんな点数。
大事な大会だとわかっていたのに、体が言うことを聞かなかった。関東大会予選、県内3大大会の1つ。当然本戦出場は逃した。
怪我の治りが遅いことや、美紗自身の心の持ちようや調整不足などが要因だった。
同時にこれで国体選考会の3試合中2試合が終わった。美紗は大きな取りこぼしをしてしまった。前回の記録会は水膨れを潰しつつも1100点だったのでまだいいとして、後の残りの試合は、インターハイ予選だけ。上位得点2試合の合計得点で競うので、そこで点数を取らなければ最終選考会に残れない。――もう後がなかった。
試合後、失意で弓を解体していると、いきなり美紗は肩を叩かれた。訝しげに振り返ると、栄豊高校の佐原和恵がにこにこしながら立っていたので、表情を緩めた。
「スランプ? それとも怪我?」
「どっちもよ」
「ダブルパンチか」
やっちゃったな、と和恵は苦笑いする。美紗と和恵はアーチャー仲間である。強豪校である栄豊高校の部員である。
「和恵は入賞おめでとう」
「ありがと。美紗も次は大丈夫だって」
和恵が励ますように美紗の肩を叩く。美紗も疲れ切った表情を緩めた。
「栄豊は強くってうらやましい」
「……私は除いてね」
「嫌味でしょ」
「美紗はあの3強と一緒にいないからわからないの」
「いなくたってわかるわよ」
3強とは、栄豊高校の3年生トリオ、つまり和恵の先輩である――金崎美由紀、古賀明海、佐々裕子の3人の事だ。このチームは数々の偉業を達成している。昨年度新人大会、関東大会予選・本選制覇、インターハイ予選制覇。そしてインターハイでも4位入賞。金崎美由紀に至っては、3位入賞を果たしている。この大会も優勝して関東大会出場を決めていた。
「それに、私は肩身が狭いの」
「そりゃそうだろうね」
美紗は苦笑いする。栄豊の1年生キャプテンである和恵であるが、周りは敵だらけだ。部の中で色々と悩みを抱えている。
「それにうちは後輩も強くてね、もう負けちゃったよ」
自嘲的な笑みを浮かべる和恵。栄豊高校の1年生は中学校からの持ち上がりがいて、しかも実力も備わっているのだ。
「化け物だよね、まったくさ」
「私は笑うしかないよ」
和恵は重々しいため息をついた。
「そう言えば、美紗の所は新入生入った?」
「豊作」
「団体組める?」
「もちろん」
「よかったね」
美紗がVサインで応えた。
「絶対牙城を崩してやる、来年」
「……来年?」
和恵が不思議そうに聞き返す。
「どこかの高校の、伸びに苦しんでいる2年生トップの選手が勝てないのに、このヘタレな私が勝てると思う?」
「うーん、口だけ達者でその選手に負け続けている一匹狼なら、猛突進して玉砕するってところ?」
「勝ったでしょうが」
「ハーフと30wじゃない」
美紗の勝ったハーフの競技は、50mを6エンド(36本)、30mを6エンドの競技だ。実際、上級大会に繋がらないので重要視はされていない。初心者が慣れてきたときに初めて出る大会だ。
「勝ちは勝ちでしょ」
「シングル以外は勝ちと認めないからね」
シングルとは、70、60、50、30mの各距離で6エンドずつ合計144本、1440点満点で競う。1200点以上でやっと全国レベルで戦えるぐらいだ。
ちなみに初めての大会(30w)では美紗が勝ち、新人戦のハーフも美紗が勝った。しかし、シングルでは和恵の前に勝利はない。
「とにかく、次は絶対和恵には勝つから」
「頑張ってね」
「それで絶対個人でインターハイ行ってやる」
「私に負けたってもしかしたら行けるって」
インターハイには、団体で出るチームの選手以外で上位選手1名が個人代表として出場できる。
「それに来年は最高のチームを作って、絶対牙城を――」
「……何焦ってるの?」
いきなりの和恵の低い声に、は? と美紗は思わず声を出してしまった。
「何高望みしているのかは知らないけど、現実を見なよ」
いつもの和恵とはまるで違う冷たい言葉だった。美紗はかすかな違和感を覚えた。
「美由紀先輩たちがいる限り、私たちはインターハイに行けないんだよ」
和恵の口ぶりはまるで自分に言い聞かせているようだった。
「先輩だけじゃない、うちの部員や、他の強豪選手だってこの県にはいっぱいいる……まず、そう言う人たちに勝ってからそう言う事を言ってよ」
強い眼差しで和恵が美紗を睨む。――わかってる。一筋縄じゃいかないことは分かってる。
「でも、超えようという気のない選手に勝ちは訪れない。うちの先生にさっき怒られちゃったよ」
美紗は眼を逸らして、空を見上げながら言う。
「和恵には栄豊で4番手になる可能性があるじゃない。ネガティブじゃ、一生勝てないよ」
そしてそう呟いた後、美紗は弓具の片付けに戻った。
「6月、待っているよ」
それだけ美紗の背中に言って、和恵は自分のチームへと戻って行った。――でも和恵さ、焦ってるのはそっちもでしょ。本人は気がついていないらしいけど。
――来るなら万全で倒されに来てよ。まあ、その時こっちが怪我していても意味ないけれどね。
美紗は和恵を見据えた。