Cast out《罪人》
「ねぇ♡ ユウリぃ♡ ねぇったらぁ♡」
「う……え?」
「あっ♡ 気づいたぁ♡」
「オレ……どうして……」
ユウリは頭を押さえながら体を起こした。何かすごく大変な目にあった気がする。
「もー♡
いきなり気を失っちゃうんだもん♡
失礼しちゃうぅ♡」
「気を……失った……?」
「ちょっとキスしただけなのにぃ♡
もしかしてぇ初めてだったぁ?♡」
「は……? キスだって?」
その言葉でユウリの脳裏に、気絶する前の記憶が洪水のように押し寄せてきた。ユウリは慌てて自分の手を見、頭を触り、体を確かめる。
「な、なんともない!? なんでっ!?」
「うーん?♡」
リリィは何も理解できないといった様子で可愛らしく首をかしげる。
「だって! メスガキ星人にキスされたらザコザコお兄ちゃんにされるって!?」
すると、リリィは「あー♡」と手のひらを打ち合わせた。
「リリィがザコザコお兄ちゃんなんて作るわけないじゃなぁい♡
リリィのお兄ちゃんはお兄ちゃんだけなんだからぁ♡」
そう言いながらリリィは両頬に手を当て、白いゴシックドレスのフリルを揺らしながらもじもじし始める。
「ユウリが怪我をしてたからぁ♡ リリィの力をちょっと分けてあげただけだよぉ♡
ちょこっと味見はしたけどねぇ♡ リリィ好みでおいしかったよぉ♡
ユウリとは相性いいのかもぉ♡」
「美味しかったって……」
ユウリは自分の唇に指を当てた。リリィの柔らかでつやつやした唇の感触がありありと思い浮かんできて、余りの恥ずかしさに頬が紅潮する。
「えええ! えええええええええええ!?」
「びっくりしちゃってぇ可愛い♡
でもぉ怪我はちゃーんと治ってるでしょ?♡」
「あ。そう言えば確かに……」
あんなに痛くて腫れあがっていた足首がもうなんともない。それどころか、なぜか疲労も取れて体の調子も良くなっているような気がする。
「本当に治してくれたんだ……」
「だからぁ♡ そう言ってるじゃなぁい♡」
「その……ありがとな」
「うん♡ いい子いい子♡」
「でも、本当に大丈夫かな?
オレ、ザコザコになったりしないよな?」
「多分大丈夫じゃなぁい?♡
それより早く行こぉ♡」
するとリリィは再びユウリの手を取る。
「えっ。行くって?」
「さっき言ったじゃなぁい♡
探検♡ 探検♡ レッツゴー♡」
「うわっ! ちょっと!?」
リリィは強引にユウリを引っ張り廃ビルの階段を登り始めた。
☆彡
「これで終いか!?
クソザコメスガキ星人の兵隊は玉無しばかりだな!」
「イライラ〜♡
あーも〜♡ なんなのムカツクぅ〜♡」
ビルの合間にブラックとメスガキ星人の声が響く。
弓兵ザコザコお兄ちゃんを40ほど倒したあたりで、弓矢による攻撃がぴたりと止んだ。粗方、倒し切ったのだろうか。念のため伏兵には注意を払いつつ、缶コーヒーのイラストが描かれたトラックの荷台に身を潜めてブラックはひと息ついていた。
相手をしているメスガキ星人には、脅威となる大きな破壊力を生む力は無い。最初に遭遇した時からずっと、ザコザコになれ果てた兵隊を操り使役しているだけだった。精々ホテルの一室で見せた様な、ザコザコお兄ちゃんの残骸を爆破する力くらいか。それも即時性は無かったし閉鎖空間でなければどうとでも処理できる程度の物であった。
「クソザコ脳みそにしちゃよく頑張った方だが、テメエの力なんて所詮こんなもんだ!
さっさと姿を見せたらどうだ!?
その出来の悪い脳みそにキッチリ鉛玉ぶち込んで上下関係叩き込んでやるよ!」
ブラックは安い挑発を繰り返してメスガキ星人の出方を待つ。メスガキ星人は無駄にプライドが高く、そして目立ちたがりだ。逃げ隠れされ続けると面倒極まりないのだが、こうやってチープなプライドを傷つけてやれば必ず姿を見せる。ブラックはそうやって何体ものメスガキ星人をわからせてきた。
そして、ブラックの思惑通り、その時は来た。
周囲の廃ビルの上層階が爆発を起こす。それもひとつでは無い。みっつ、よっつと爆発が相次ぎ、盛大な炎が闇夜の通りを明るく照らし出す。
そしてすぐ、明かりの中央にソイツが降ってきた。地響きを立てて現れたのは屈強な肉体の男。その手には錆まみれの大剣が握られている。そして、その頑強な肉体の肩にメスガキ星人が乗っていた。ボロボロになったデニムのホットパンツにパステルカラーなタンクトップシャツ姿。相変わらずその手にはキーホルダーがじゃらついたケータイが握られている。メスガキ星人がケータイを耳に当てて喋る。すると、拡声器を通したような声が辺りに響き渡った。
「ハロハロ〜♡
真っ黒おじさん出ておいでぇ〜♡
出てこないとぉダサダサコーデ写メ拡散しちゃうぞぉ〜♡」
こちらもまた安い挑発。配下のザコザコお兄ちゃんを削られ、劣勢にあるのはメスガキ星人の方なのだが、如何なる時でも自分を上に見せてマウントを取ろうとするのがメスガキ星人の気質であった。
ブラックはトラックの荷台を降りて、扱い慣れた黒い刀を抜き放つ。そして、自信過剰なメスガキ星人を正面から屈服させるべく、メスガキ星人と大男が待ち構える明かりの中へと踏み出した。
「なんだよ、また無様にヤられに戻ってきたのか。
木端メスガキにしちゃあ殊勝な心掛けじゃねえか。
お望み通り、ご褒美をくれてやるよ」
「プフゥ〜♡
満足にイかせられなかったザコザコおじさんのクセにぃ〜♡
マジワロォ〜♡」
「理解が足りねえならテメエの立場をグチャグチャに噛み砕いて、
そのスカスカ脳みそに刷り込んでやる。
かかってきな」
「ウザウザァ〜♡
いっけぇ〜♡ ムキムキマン♡
生意気おじさんぉぶっ潰しちゃえ〜♡」
メスガキ星人の言葉に反応して、錆び錆び大剣を持った男が雄叫びを上げてブラックに襲い掛かった。
上段から振り下ろされた大剣が古びたアスファルトを粉々に砕く。その攻撃を最小の動きで躱したブラックは、ガラ空きになった懐めがけて黒刀を振り上げた。が、刀は微かな手応えのみを伝えて空を斬る。
メスガキ星人を乗せた男は、その巨体に似合わない俊敏さで距離を取り、ブラックの間合いから外れていた。胸元が僅かに切り裂かれ、あらわになった胸元にはシルバーのドッグタグが光っている。メスガキを狩る者の証であった。
「そうか。その巨体にその大剣。
知っているぞ。
お前、『大鯨のケートス』だな」
しかし、名前を呼ばれた大男は虚な目で呻き声を漏らすばかり。
「アレアレ〜?♡
もしかしてぇお友達だったぁ〜?♡」
「そんな訳ねえだろ。ちょっと有名なクズってだけだ」
大鯨のケートス。かつては大鯨傭兵団を率いて数々のメスガキ星人を狩った、優秀なハンターだった男だ。傭兵団が勢力を拡大するにつれ、次第に素行が悪くなり、遂には商隊を襲っていたことが明るみになりコミュニティを追放された、指名手配の犯罪者であった。
「ソイツの仲間が食われてメスガキが復活しやがったって事か。
まったくいい迷惑だ」
「ジュルルリ〜♡
おじさんばかりだったけどぉ〜♡
まあまあ美味しかったよぉ〜♡」
「悪食が過ぎるぜ。
まあ低脳のメスガキ星人にはクズ野郎のザコザコお兄ちゃんがお似合いか」
そう言うと、ブラックはザコザコお兄ちゃん化したケートスに襲い掛かかった。黒刀が閃き錆剣が受け流す。ぶつかり合った金属が火花を散らす。
「ついでに引導を渡してやる」
「ケラケラァ〜♡
やっちゃえ返り討ちぃ〜♡」
メスガキを狩る者とメスガキ星人の生存闘争が始まった。
MESUGAKIX
続くかもしれない。