Lily’s motive 《動機♡》
ユウリは恐る恐る目を開いた。
男の汗臭い黒シャツ越しに、激しい息遣いと鼓動の音が伝わってくる。
(オレはまた助けられちゃったのか)
ユウリは気まずい面もちで視線を上げる。
「あの……ごめん」
「チッ!」
ブラックの苦々しい態度にユウリは体をすくめたが、ブラックは上空に向けて声を荒げる。
「一体なんのつもりだ!
メスガキがなぜ人間をかばう!」
「だってぇ♡
お兄ちゃんがピンチならぁ♡
助けるのがぁ当たり前じゃなぁい♡」
甘ったるい声を聞いてユウリの身が強張った。
地面に転がるユウリたちのすぐ上に、純白の名札付きメスガキ星人がいたのだ。
白ゴスのスカートがふわりと広がり、そのメスガキ星人は空中に浮かんでいる。空へ掲げられた両手からは、白く輝く力場がドーム状に発生してユウリたちの周囲を包み込んでいた。
まだ降ってくる瓦礫のかけらが力場に弾かれ地面を転がっていく。
ユウリは理解不能な現状に戸惑っていた。
「なんで……メスガキ星人が守ってくれた……?」
「だからぁ♡リリィだってぇ♡」
繰り返しリリィと名乗るメスガキ星人はクスクスと笑う。
「あなたはついでだよぉ♡
わたしはお兄ちゃんさえ無事ならぁ♡それでイイからぁ♡」
「分からん事をッ!」
ブラックはユウリの手から銃を奪うとメスガキ星人めがけて発砲した。だがやはり、メスガキ星人は身を翻すと事もなげに距離を取る。
「次はナニして遊ぶのぉ?♡お兄ちゃん♡」
「ふざけやがってッ!」
怒気を露わに立ち上がるブラック。ユウリは今にも飛びかかりそうなブラックの腕をつかみ引き止めた。
「ちょっと待ってよ!」
「何をする! 離せッ!」
「聞いてよ!
さっきから見てたけど、あのメスガキ星人、戦う気がないんじゃないか?」
「何を言っている! ありえない!
メスガキはメスガキだ! 人類の敵なんだぞ!」
「そうなんだけど!
だけどあのメスガキ星人はなんか変だって!」
ユウリは内心焦っていた。
今も少し離れたところで「だからぁ♡リリィだよぉ♡」と傍観を決め込んでいる名札付きメスガキ星人。アレは強すぎる。
加えて白いメスガキ星人が現れてからのブラックは様子がおかしかった。なぜかあのメスガキ星人に固執しすぎて、冷静さを失っているように見える。
そんな状態で戦い続けても、いや、きっと人類の力では勝つことはできない。
だけど不思議な事に、戦闘中のメスガキ星人からはマウントを取ろうとする意思が感じられなかった気がする。ブラックの気を惹けるのが嬉しくてはしゃいでいる、ただの構ってちゃんの様だった。よく思い返してみれば、メスガキ星人の言葉の通り、本当に争う気が無いように思えたのだ。
「とにかく、大人なんだから冷静になれよ!」
「俺は全然冷静だ! メスガキ星人は全てわからせる!」
「だー! ぜんっぜん冷静じゃない!」
「うるさいッ! 止めるなッ!」
ブラックは語気を荒くして否定するが、ユウリは多少なりとも手応えを感じていた。もしも、ブラックが本当に聞く耳を持たないならば、非力なユウリの手なんて簡単に振り払っているだろう。それをしないという事は、まだ話を聞いてくれる可能性は十分にある。
ユウリは長期戦も覚悟で説得しようとしたのだが。
「うにゃぁ!?」
急に抱え上げられて変な声が出た。
なぜかブラックがユウリの体を肩に担いで走り出していた。
本日、何度目だろうか。なんだってこいつは毎度毎度、人を物みたいに。
「ななな、なにしゅんだ!? 降ろせッ!」
カシュン。
非難の声を上げようとしたユウリの耳元を掠め、地面に刺さる鉄の矢。
視線を上げると闇夜に無数の矢が飛来する。
「矢あああああ!? 降ろすなあああ! はやく逃げてえええ!!!」
「うるせえええ! 今、逃げてんだろおおおお!!!」
みんな死ね矢と言わんばかりに降り注ぐ矢の雨をかいくぐり、ブラックとユウリは悲鳴を上げながら近くの廃ビルへと雪崩れ込んだ。
幸いにも入り口が壊れていたおかげで、すんなり奥へと逃げ込めた。
「ぜーはー! だ、大丈夫か?」
「な、なんとか……。あの矢はなんなのさ!?」
「ちっ。知るかよ……」
入口付近では、矢によって砕かれたショウウィンドウの破片が飛び散らかり、テーブルや床には矢が突き刺さっている。いまだ散発的に飛んでくる矢が裸のマネキンに直撃し、その表情の無い頭部を粉々に破壊した。
「お兄ちゃん大丈夫ぅ?♡ お手伝いしよっかぁ?」
耳元で発せられた猫なで声に、ユウリの心臓は飛び上がった。
「ひゃぁ!? メ、メスガキ星人ッ!!!」
「ぶぅ~♡ リリィだってぇ♡」
いつの間にか、メスガキ星人が側にいた事に驚くユウリをよそに、ブラックは静かにその白ゴス姿のメスガキ星人を睨みつける。
「あの矢はてめぇの仕業……じゃあないみたいだな」
「うん♡ リリィは関係ないよぉ♡」
ブラックはしなを作るメスガキを無視して、矢が飛んで来なくなった表通りを警戒する。
「となると、やはりあっちのメスガキ星人か?」
「最初に襲撃してきたやつ?
でもアイツはお前がズタボロにしたんじゃ」
「メスガキ星人はゴキブリみてえにしぶといからな。
人間の精気を吸えばすぐに再生するらしい。
だが確かに妙だ。いくらなんでも早すぎる。
この辺りに人里は無かったはずだが」
訝しむブラックたちだったが、すぐに答え合わせだよ、と言わんばかりの甲高い耳障りな声が響いた。
「ハロハロォ~♡
真っ黒ダサダサおじさんはどこかなぁ~♡
逃げ回ってないでぇ出ておいでぇ~♡」
ケータイキーホルダーをじゃらつかせていたメスガキ星人の声だ。その挑発する声にブラックは「ちっ。面倒だな」とこぼした。
ブラックは白いメスガキ星人を一瞥し、一瞬迷う素振りを見せたが、もう一度舌打ちをすると建物の外へ出て行こうとする。
「おいッ! また矢で狙われるぞッ!?」
「あの程度、俺一人なら簡単に躱せる。
それよりガキ。お前はそこで隠れてろよ」
「ガキじゃねえ!ユウリだッ!
それに頼まれたって出るかよッ!」
そう言うとユウリはでかい丈夫そうなテーブルの陰に身を隠す。ユウリが無事に隠れる様子をちらりと確認したブラックは、一転、低い声でもう一人に言葉を投げかける。
「あとそっちのメスガキ星人……」
「メスガキ星人じゃないよぉ♡リリィだよぉ♡」
「てめえには後で聞きたいことがある。
そこで待ってろ」
「やぁん♡
ご指名ありがとぉ♡ お兄ちゃん♡」
そう言うと白いメスガキ星人はユウリの隣にピタッとくっついてテーブルの陰に隠れた。
「ちょっと! くっつくなよっ!」
「いいじゃなぁい♡ 減るものでもないしぃ♡」
「神経が磨り減るんだよっ!」
「緊張してるのぉ?♡ ぎゅーってしてあげよっかぁ?♡」
「やぁ! やめろって!」
ユウリとメスガキ星人の微妙に緊張感の無いやりとりに、ブラックは少し困惑した表情だったが、今は関係ないと振り払うように頭を掻いて、表通りに出て行った。
そして、襲ってきた甲高いメスガキ星人の声と矢が飛び交う音がユウリの耳に届いてくる。
「あいつ……大丈夫かな……」
「あの程度の子なら大丈夫だよぉ♡
お兄ちゃんはとーっても強いからぁ♡」
そのブラックを相手に、明らかに遊んでいた白いメスガキ星人が気楽な調子で言う。
そもそも、このリリィと名乗るメスガキ星人は一体何を考えているのか。真意を探るべく、ユウリは意を決して話しかけてみる。
「その、お前。リリィはメスガキ星人なんだよな?」
「ん-?♡ 一応そうだよぉ♡」
「だったらなんで人間のあいつを助けたりするんだ?」
「言ったでしょぉ?♡ お兄ちゃんはぁ♡ お兄ちゃんだからだよぉ♡
妹がお兄ちゃんを助けるのは当たり前なんだよぉ♡」
「でもさ、人間とメスガキ星人で兄妹って変じゃないか?」
そう言ってから、ユウリはしまったと後悔した。メスガキ星人が頬を膨らませてこっちを睨んでくる。もし機嫌を損ねて襲われでもしたら、ユウリなどあっという間にザコザコお兄ちゃんにされてしまうかもしれない。
メスガキ星人がユウリに詰め寄った。息のかかる距離にまで近づき視線が合わさる。
「お兄ちゃんはリリィのお兄ちゃんなの!
ニンゲンとかメスガキとか関係ないんだからぁ♡」
「わ、わかったって!」
「それならぁよし♡」
メスガキ星人は上機嫌に笑いユウリから離れる。ユウリは冷や汗を拭いながら安堵のため息をついた。
「そ、それでさ。助けた理由ってそれだけなの?」
「うん♡ そうだよぉ♡」
「あ。そうなんだ……」
結局メスガキ星人の思考なんて人類には理解できないんじゃないか? そんな結論を胸にユウリはぐったりとする。
その隣では、丈夫なテーブルから顔を出して表を眺めるメスガキ星人が楽しそうにしている。
「お兄ちゃん早く帰ってこないかなぁ~♡」
ユウリは心の中で、メスガキ星人の言葉に同意した。
ブラックが早く戻ってきて、このメスガキ星人と二人きりの状態を解消して欲しいと。
MESUGAKIX
続くかもしれない。




