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introduction☆彡

 星暦200X年。世界はメスガキの炎に包まれた。


 彼方より飛来したキャンディポップな宇宙船の攻撃により世界主要都市の機能は完全に麻痺。各国の偉大な要人達はメスガキ星人に魅了されチープなスニーカーに踏まれて悦ぶだけの豚と化した。


 ある大国の総統オナルト氏はメスガキ虹色(レインボー)ニーソックスによる(くつわ)()まされ、ブリーフ姿で乗馬プレイに勤しむ姿が動画サイトにアップされると瞬く間に1000万ユーザーを突破。

 ある神聖な指導者ペロティクピ氏はビニール縄跳びで縛られて贈呈用の高級ハムにされた挙句、直履きメスガキスメル責めにされて触れずの連続絶頂が100万リツイートされた。

 またある世界的機関の局長ハメレヌ氏は緊急メスガキ事態宣言の生会見中にメスガキ星人に襲撃され、齢60のガッチリした老紳士がザコザコお兄ちゃんに改造される一部始終を全世界70億の衆目に晒す事態となった。


 世界的ザコザコ感染爆発以来、メスガキ星人の侵攻は止まるところを知らず、なんとか難を逃れた健全な人類は生活圏を追われてド田舎に築いたメスガキ防壁の中で新たなコミュニティを形成していた。しかし、アウトフィールドに蔓延(はびこ)魑魅魍魎(ちみもうりょう)と化したザコザコお兄ちゃん達によりコミュニティ同士のつながりは寸断され人類は衰退の一途を辿っている。


 だが、人類はメスガキに組み敷かれたままでは終わらない。


 人類種そのものがザコザコお兄ちゃんとして屈服させられた絶望的な状況の中、メスガキ星人によるお兄ちゃんマウント支配体制を覆さんと戦う者達がいた。


 ☆彡


 かつて栄えた歓楽街からは人の姿は消え、野良のザコザコお兄ちゃんがメスガキ分を求め彷徨うデッドタウンとなっている。


「はッ…はッ…ちくしょうッ!」


 舗装はひび割れ雑草が茂る大通りを小さな人影が走っていた。くたびれた瞬足が水たまりを蹴り飛沫(しぶき)を散らす。逃走する人影をザコザコお兄ちゃん部隊が超必死になって追いかけていた。


「イェーウィキャン!」

「イェーウィキャン!」


 ザコザコお兄ちゃんは本能のままにキモイ叫び声で駆り立てるが、日ごろの運動不足が祟り逃走者との距離はすぐに開いていく。とはいえ、ここはザコザコお兄ちゃん達のホームタウンである。個人ではザコザコでも群れると途端に強気になり体力の限界を振り絞って、独りの哀れな獲物を粘着質に追いつめようとしていた。


「くそっ! 聞いてた話と違うッ!」


 朽ちかけた非常階段から廃ビルの二階へと転がり込んだ逃走者は息を切らせながら悪態をついた。ガラスが割れた窓の下、外から姿が見えない様に座り込む。壁を背にして周囲の警戒を続けながら、黒い雨合羽のフードを脱いだ。


 年の頃は10そこそこ。やや縮れた茶髪のショートカットに、鋭い目つきが今は苦し気に歪んでいる。


「この辺りのザコザコお兄ちゃんは粗方狩りつくされて、大通りは安全だって言ってたのに。あの情報屋のハゲめ。今度会ったら汚ねえケツを蹴り飛ばしてやるからなッ!」


 逃走者は当たり散らしたい衝動を抑えながらも小声で愚痴をこぼした。窓の外、大通りを浮浪者みたいな汚い身なりでウロウロしているザコザコお兄ちゃんに見つからないように注意を払う。


 汗と雨水で湿り切ったスポーツタイツの上から脚をもみほぐす。コミュニティを出てから3日。強張った筋肉が体力の限界を予感させるが、安全な場所を確保するまではゆっくり休むことは不可能だった。


 短パンのポッケに手を突っ込み飴玉を取り出すと、音を立てないように慎重に包み紙をめくり口へと放り込んだ。飴玉は湿ってねちゃつき歯にくっつくが、すぐにだ液に溶けた甘味と多幸感が口内に広がり始める。

 逃走者は音とカンを頼りに表の様子を探る。


「ザコザコお兄ちゃんはまだいるな。ひぃ、ふぅ、みぃ……最低5体。仲間を呼ばれでもしたら面倒だよな。それにしても今日はやけにしつこいなあ。さっさとどっか行けよ」


 ゆっくり壁にもたれ掛かると背中のランドセルがむぎゅりと少しだけ形を変えた。硬質の皮で出来た背嚢は雨風や衝撃にも強く、収納した物をしっかりと保護してくれていた。そのランドセルにぶら下がるピンクの防犯ベルをそっと握ると、ブルリ、ブルリとザコザコお兄ちゃんが近くに居ることを知らせる微かな振動が断続的に伝わってきた。逃走者は目を閉じて深呼吸する。


 今は一刻も早く預かった荷物を届けたい、その気持ちの焦りと過度の疲労のせいか、普段ならば有り得ないミスを犯していた。


 ガタリ。


 不審な物音と激しく振動し始めた防犯ブザーに鼓動が跳ね上がる。部屋の入口から一匹の太ったザコザコお兄ちゃんが気持ち悪い視線をこちらに向けている。その距離約5メートル。


「スイースェール? スイーウェーイ?」

「しまった!」


 ボソボソと聞き取りづらい声で意味の分からない発声をするザコザコお兄ちゃん。本来なら夏場でも風呂に入っていないような悪臭で接近に気付くハズだったが、迂闊にも逃走者は風上に位置取っていた。そのため、ザコザコお兄ちゃんに気付かなかったばかりか、口に含んだ飴玉の僅かな匂いを逆に嗅ぎ取られてしまったか。


 凝視していたザコザコお兄ちゃんは、その鈍いザコザコ脳でようやく逃走者を獲物と認識する。すると、急に自分の得意分野の話題にテンションを上げた偏執狂のように、甲高い不快な奇声を上げ始めた。


「エゥエエエエエカァアアアアアア!」


 たどたどしい足取りで駆け寄ってくる顔面もキモイザコザコお兄ちゃんが覆い被さろうとしてくる。逃走者は臭いを吸い込まないように息を止めて懐へと潜り込んだ。

 不快な皮下脂肪の重みを全身のバネを使って押し上げてやる。ザコザコお兄ちゃんのだらしない体は前のめりに一回転し、その勢いのまま窓の外へと落ちて行った。


 覗き込むと、地面にキスしちゃったザコザコお兄ちゃんの頭は割れて白い体液を垂れ流している。ザコザコお兄ちゃんは人間ではない。そして、あれはもう肉塊だ。

 だが、まだ安心はできない。騒ぎを聞きつけた他のザコザコお兄ちゃん達が集まり始めていた。


 逃走者は廊下に出ようとしたが、廊下の向こうからガリとチビとハゲのいい歳したザコザコお兄ちゃんが夏祭りに来た男子中学生のテンションで迫ってくる。


「うっざっ!」


 踵を返し非常階段へと飛び出す。通りのザコザコお兄ちゃん達は建物の入り口へと殺到しており、非常階段の下にはまだ誰も来ていなかった。


「へへっ。チャンス、チャンス」


 頭の悪いザコザコお兄ちゃん達が気を取られているうちにコッソリこの場を離れられそうだ。気づかれないように、そーっと階段を降りて通りへと飛び出した。

 グニャリと柔らかいものを踏みつける。


「えっ?」


 逃走者は不意の出来事に対応しきれず転んでしまう。

 ふり返ると、そこには先ほど窓から転落したザコザコお兄ちゃんのパンパンマンみたいな手があった。息も絶え絶えにアウアウ言いながらこちらへ這い寄ろうとしている。


「ちぇ。生きてたのかよ」


 ナメクジのように這いつくばるザコザコお兄ちゃんなんて問題ではない。無視してさっさと立ち上がろうとした。


「痛ッ!」

 足首に激痛が走り悶絶する逃走者。

「くそッ! しくった!」


 転倒の音に気づいたザコザコお兄ちゃんが数人、こちらへと進路を変えている。はやく身を隠さないといけない。挫いた足を引き摺りながら向かいのビルの間に逃げ込もうとした。


「フゥビドゥー」

「ハグェドゥー」

「こんな所にも!? ほんと今日はなんなんだよ! 多すぎるんだけど!」


 ビルの隙間にザコザコお兄ちゃんが詰まっている。いつもなら室外機や配管を頼りに飛び越えられただろうが、足を痛めていてはリスキーすぎる。


 通りに戻っても、どこから湧いたのか多種多様なザコザコお兄ちゃん達が集まり逃走者包囲網を狭めていた。どこか逃げ道はないか視線を巡らせる。

 大通りはザコザコお兄ちゃんに埋め尽くされて、強引にすり抜けるには無理がある。建物の中もザコザコお兄ちゃんが隠れている可能性はあるがまだマシだろう。損壊の激しいビルはザコザコお兄ちゃんが住み着いていそうなので、まだ綺麗な扉が残っている場所に目星をつけた。


 よし、と駆け出そうとした刹那、足首に触れた肉感に怖気が走る。頭の割れたザコザコナメクジお兄ちゃんのクリームパンみたいな手が逃走者の足を捕まえていた。舌打ちをしつつもザコザコハンドを踏みつけて反撃に出る。


「くっ! 汚え手で触んな! 離れろッ!」

「グゴボゥビィィィィ!」

「ぎゃあッ!」


 運悪くザコザコお兄ちゃんに掴まれた足は挫いた方だった。たいしたこと無いザコザコ握力でも怪我を締め上げられてはたまったものではない。逃走者は尻餅をつきながらも必死でザコザコナメクジお兄ちゃんを足蹴にする。


「離せッ! 離せよぉ! ううッ、離してよぉ!」


 ザコザコナメクジお兄ちゃんの執念か、逃走者の非力か、はたまたその両方か。一度獲物を捕らえた手は頑として離れなかった。大通りのザコザコお兄ちゃんウォールが逃走者に迫り逃走経路が見えなくなる。


「嘘だ……こんな所で。嫌だ……ヤだぁ……」

 じわりと熱い涙がこみ上げてくる。


「ヤだヤだヤだ!

 終わりたくない終わってたまるか!

 ヤだったらヤだヤだヤだヤだッ! 誰かッ───」

 ぽろぽろと涙を零しながら一心不乱に足掻く逃走者。


 その哀れな姿にいきり立ったザコザコお兄ちゃんの群れは卑下た笑みを浮かべ獲物を嬲れる悦びに湧き上がる。

 その時だった。


「うるせえガキだな」

「えっ?」


 突然降ってきた声に身体が固まる。声の主は黒のロングコートをはためかせ逃走者とザコザコお兄ちゃんの間に立ちはだかった。ざんばら黒髪の男はコートの中から黒光りする物体を取り出す。拳銃だ。


 しかし、ザコザコお兄ちゃん達はその男には目もくれず逃走者に薄汚れた手を伸ばす。


「おい。ザコザコのくせに無視するなよ」


 黒ずくめの男が黒い銃口をザコザコお兄ちゃんに向けると耳をつんざく撃音が炸裂した。それと同時にザコザコお兄ちゃんの額に風穴が開き、ハゲかかった後頭部から白い体液が盛大に噴き出す。


 連続して音が爆ぜる度に、取り囲んでいたザコザコお兄ちゃんは白濁を撒き散らしながら無様に果てていく。

 十数発の銃声。そして再装填の後、同じリズムで繰り返される。()()()()で掃討されていくザコザコお兄ちゃん。逃走者は両耳を塞ぎ、ザコザコお兄ちゃん虐殺ショー☆が終わるのをじっと耐えていた。


 銃声が途切れ周囲に硝煙の匂いが漂う中、黒ずくめの男は銃口を逃走者へ向けた。レザーの指貫グローブをはめた手が引鉄(ひきがね)を引く。

 炸裂音と共に逃走者は白濁に(まみ)れた。


「うわっ。気持ちわるっ!」


 足を引っ張っていたザコザコナメクジお兄ちゃんの矮小な脳が消し飛び、間近に居た逃走者のブラックレインコートは白濁マーブル模様となっていた。


「ふん。ここもハズレか」

「ぺっぺっ、何がハズレだよ! 汚いなあ!」

 逃走者は顔にまで付着した粘っこい白濁液を拭いながら抗議するが、黒ずくめの男は悪びれた様子もなく懐へ銃をしまう。

 そして、男はじろりと逃走者の背負うランドセルを見た。


「ガキの運び屋か」

「な、なんだよ! 悪いってのか!」


 男の胸元にシルバーのドッグタグが光る。それを確認した逃走者は警戒心を(あら)わにした。この黒ずくめの男。ハンターだ。


 メスガキを狩る者(ハンター)


 人類に仇なすメスガキ星人に対抗するため武装した者達。

 生存圏の治安を守るため、また交易路を開拓するために、ザコザコお兄ちゃんやメスガキ星人と戦っている。しかし、その裏ではアウトフィールドを行くキャラバンや運び屋を襲い略奪する()()()()も少なくない。

 単独で運び屋をしている逃走者にとって、ハンターとの接触はリスクでしかなかった。


「オレはなんもいい物持ってねえぞ! 変なことしてみろ! キンタ◯噛みちぎってやるからな!」

「くっくっくっ……」

 苦笑する黒ずくめの男に、逃走者は声を荒げる。


「てめえ! 何がおかしい!」

「いいや。ただな、助けてと泣き叫んでたくせに威勢だけはいいな」

「なっ! オレは助けてくれなんて言ってない!」

「泣き叫んでたのは否定しないのな」

「泣き叫んでもいない!」

「そうかい。ほら、立てるか」

 逃走者は男の行動に面食らうが、すぐに差し伸べられた手を払いのける。


「いいし。自分で立てるっ、痛ァ!」

「怪我してるのか。見せてみろ」

「べ、別にいいって!」

「ガキが無理すんな。……おい、これはどうした?」

 男はランドセルに付いたピンクの防犯ブザーを手に取った。


「うん? この前、情報屋が便利だって言うから買ったんだけど」

「ふん」

 男は鼻を鳴らすと防犯ブザーをランドセルから引きちぎる。ビービービーと自動車の警報音にも似た、けたたましい音が鳴り響いた。


「馬鹿か! 何すんだお前ッ!

 そんなことしたらまたザコザコお兄ちゃんが集まるじゃないか!」

「これでいいんだよ」

 そう言うと男は防犯ブザーを遠くへ投げ捨てた。地面とぶつかり外装が割れて中身が露出しても鳴り続けるブザーに、物陰から現れたザコザコお兄ちゃんが集まり始める。


「あーッ! 馬鹿やろう! ひとの物を勝手にッ!」

「騒いでると舌噛むぞ」

「はぁ? 何を言っっってぇぇぇ!?」

 男は逃走者の小さな身体をお姫様スタイルで抱え上げ、そのまま走り出す。


「馬鹿ッ! ナニするんだ降ろせッ!」

「馬鹿馬鹿とうるさい。馬鹿ガキ」

「オレは馬鹿でもガキでもねえ!」

「じゃあ、ちょっと黙ってろ」

「ひぃやぁ。どこ触ってんだ! この変態! 変態! 誘拐犯!」

「むぐぐがッ……暴れるなッ」

 男は鼻に指を突っ込まれながらも、ザコザコ大通りから逃走者を連れ去った。







「くすくす♡ お兄ちゃん、みぃつけたぁ♡」



 

 ☆彡


 ある廃ビルの一室、簡易ランタンの明かりが室内をぼんやりと照らす中、逃走者は汚れた雨合羽を床に脱ぎ捨ててベッドサイドに腰掛けていた。建物は損壊も少なくすきま風は無い。部屋の内装も少々(ほこり)っぽくはあるが、かなり綺麗なまま残っていた。

 黒ずくめの男がバスルームから出てくる。


「おいガキ。多少サビ臭いが水は出る」

「オレはガキじゃねえ。ちゃんとユウリって名前があるんだ」

「そうか。使うならさっさと使え。ガキ」

「違うって言ってんだろ!」

 ユウリは手近にあった枕を投げつける。男は事もなげに枕をキャッチすると、それをクッションに合皮のソファーでくつろぎ始めた。


「そうだ!

 お前、あの防犯ブザーどうしてくれるんだよ。

 結構高かったんだぞ。べんしょーしろ。べんしょー!」

「あれか。あれは粗悪品だ」

「へ?」

「確かにザコザコお兄ちゃんが発する電波を補足して知らせてくれるが、逆に防犯ブザーが発する電波もザコザコお兄ちゃんに捕捉されて呼び寄せてしまう。心あたりがあるんじゃないのか?」

「あっ。あーッ!」


 思い返せば、今日のザコザコお兄ちゃんは悪質なストーカーのように超しつこかった。それも、防犯ブザーのせいでおおよその位置がバレていたのなら納得できる。現にこの男に拉致られてからはザコザコお兄ちゃんの追跡は無くなっていた。


「くっそー。あの情報屋のハゲオヤジ!

 いい加減な情報だけじゃなく、とんでもない物まで売りつけやがって!

 マジあったまきた!

 残り少ない髪の毛全部毟り取ってやる!」


 ユウリは行き場の無い怒りに足をばたつかせた。ひとしきり喚いてストレス発散してから、おもむろに自分を助けてくれた男に向き直る。

 男は眠たげな眼で虚空を見上げていた。

 ユウリはくせ毛を弄りながら控えめに訊ねてみる。


「あー。あのさぁ。お前、名前は?」

 しかし男は何も答えず目を瞑ってしまう。その態度にユウリは口を尖らせた。


「だんまりかよ。もう! 別にいいよ!」

 ユウリはランタン手に取り、荷物とレインコートを乱暴にまとめてバスルームへ入る。もう一度だけ、暗くなった部屋の様子を覗き込み、ソファーに寝転ぶ男に声をかけてみる。


「おいっ。入って来るんじゃねえぞ」

 男は何も答えない。ユウリは音が聞こえる様に乱暴にドアを閉めた。


「ちぇ。なんなんだよ、あいつは。

 ……助けてもらった礼、言いそびれちゃったな」

 ユウリは肩を落とす。くしゃくしゃと髪を掻いてから、ランタンを手近な床に置き辺りを見回した。

 バスルームはやけに広く、洗面台と浴槽はガラスで仕切られている。


「変なの。中が丸見えじゃん」


 奇妙な造りのバスルームを不思議に思いつつも、丸い浴槽へ汚れたレインコートを放りこみバルブを捻ってみる。シャワーヘッドから勢いよく吹き出した水が浴槽へと降り注いでいく。水圧が十分あるのを確認すると水を止めた。


 洗面台側に置いたランドセルの上に、汗で湿った服を手早く脱ぎ捨てていく。半袖ジャケット、スポーツシャツ、短パン、スポーツタイツ、インナー、ソックス。欲を言えば全部洗濯したかったのだが、乾かす手間も考えると今は諦めるしかなさそうだ。


 一方で幸運もあった。液体石鹸を発見したのだ。何種類かあったので、適当にいくつか新品のボトルを見繕ってランドセルに仕舞い込む。

 開封されていた液体石鹸を試してみたが問題なく泡立ったので、遠慮なく使わせて貰うことにした。全身泡まみれにして旅の汚れを落としていく。ザコザコお兄ちゃんの不快な白濁液の感触も一緒に洗い流せて気分爽快。久々に晴れやかな水浴びができた。


 ユウリは再び汗ばんだ服を着込んで部屋へ戻る。痛めた足も大事には至らず、テーピングでしっかり固めて歩く分には問題は無さそうだ。

 男はやっぱりソファーにいた。ベッドに腰掛け問いかけてみる。


「お前はいいのか?」

「構わない」


 男は短く答える。ユウリは「ふーん」と言うと、ダブルベッドに身体を預ける。サテン製のシーツがさらりと肌に触れて心地よい。ユウリは天井の染みを見つめながら男に聞く。


「なあ。なんでオレを助けたんだ?」

「そんな事どうでもいいだろ」

 男はそれ以上答えない。


「あのままオレを殺して荷を奪っても誰も見ちゃいなかった。

 リスクあるのに助けておいて、見返りすら求めないのはなんでだ?

 ……なあ、聞いてるか?」

「ああ」

 男はそれだけ言うと沈黙する。

 しばしの静寂の後、男の方から口を開いた。


「泣いてるガキを助けるのは当然だからな」

「そっか」

 ランタンの明かりを落として薄い布団に潜り込む。


「ありがとな」


 ユウリは目を閉じると、すぐに眠りに落ちていった。



 ☆彡



 ユウリはベッドのスプリングが軋む音に目を覚ました。

 薄闇の中、自分に覆い被さる黒ずくめの男に気づき恐怖する。悲鳴を上げようにも口は手で塞がれて息を吐くことすら出来ず、暴れて抵抗しようにもシーツと男の体重で押さえつけられて身動きが取れない。

 抗えない体格差をまざまざと見せつけられて、ユウリは絶望した。

 男が屈強な身体を密着させてくる。


「静かにしていろ」


 脅迫とも取れる言葉にユウリはうなづく。そして男への警戒を解いた。男の意識は別の方へ向けられていたのだ。


「プルルルゥ〜♡プルルルゥ〜♡」


 廊下の方から調子外れな鼻歌が聞こえてくる。

 男はユウリを解放するとベッドから離れて部屋の入り口を睨め付ける。その手には既に拳銃が握られていた。

 扉越しの甘ったるい声が呼びかけてくる。


「ハロハロォ〜?♡入るね〜♡」


 ガチャリ。

 扉が無警戒に開かれると同時、火線が奔った。室内の静寂を切り裂く銃声の後、何事も無かったかのように、癇に障るメスガキボイスが歓喜する。


「ピローン♡みぃ〜つけたぁ〜♡」


 デニムのホットパンツにタンクトップの小柄な少女がアクリルキーホルダーじゃらじゃらのケータイを片手に部屋へ入って来る。暗がりで少女の瞳が怪しく光る。

 ユウリは下腹部をくすぐるような不快なプレッシャーに身震いする。間違い無い。メスガキ星人だ。


 ガウン!ガウン!

 男は構わず銃弾を放つがメスガキ星人に効いた様子はない。


「ブッブゥ〜♡おじさんに用は無いんだってばぁ〜♡」


 メスガキ星人の細い指が素早くケータイを操作して、手を差し伸べるように、淡く光る画面を男へと向ける。するとビックリ、ケータイ画面からずるずるりと三体のザコザコお兄ちゃんが湧いて出た。

 ケータイで呼び出されたザコザコお兄ちゃん達は、何故かムキムキで、何故か腹や顔に風穴が開いている。初登場から息も絶え絶えのザコザコお兄ちゃんは最期のマッスルパワーを振り絞って男に掴みかかった。その意表を突いた襲撃に、男はあっけなく押し倒されてしまう。


「イ〜ジィ〜♡おじさんざぁこ♡

 昼間はちょーしのってぇ、あたしのザコザコお兄ちゃん達殺しすぎぃ〜♡

 ちょーうけるぅ〜♡」


 男は死にかけガテン系ザコザコお兄ちゃんに押さえ付けられて身動きが取れない。


「バイビィ〜♡ざぁこはざぁこどぉーし遊んでてぇー♡

 あたしのホンメーはぁ〜♡」


 メスガキ星人はぬらりと身をくねらせる。

 怪しげな双眸がユウリに向けられた。


「こっちなんだからぁ〜♡」


 言うなりメスガキ星人はユウリに飛びかかった。


「うわッ!」

「ハロハロォ〜♡怯えちゃってかわい〜♡」


 ユウリは逃れようとしたが、容易くマウントを取られてしまう。さほど体重は変わらないように見えるが、メスガキ星人は巧みにユウリの重心を押さえつけて身動きを封じる。


「はじめて見たときぃ♡ビビビってきたのぉ〜♡

 ナマイキそうな目つきとか超好み〜♡

 屈服させたぁーい♡

 アナタはあたしのモノなんだからねぇ〜♡」

「やめろッ! 脱がすなッ! ヤだっ!」


 ユウリはジタバタと抵抗するが、メスガキの拘束から逃れることはできない。あっさりジャケットを脱がされ、あらわになった首筋にメスガキ星人の舌がぬらりと這った。


「ワーオ♡おいしぃ〜♡」

「ひぃ!」


 嫌悪に顔を歪めるユウリ。だがそれがメスガキ星人の嗜虐心に油を注ぐ。「もっと♡もっと♡」とスプリングを軋ませてエスカレートするメスガキ星人。しかし、その蹂躙も長くは続かなかった。


「サカッてんじゃねぇぞメスガキが」


 黒革のブーツがメスガキ星人の腹部を打ち据えた。派手に吹き飛びガラステーブルが粉砕される。それでもすぐにメスガキ星人は立ち上がり挑発的に煽ってきた。


「ブゥ〜♡ムダだってぇ〜♡

 あたしへのダメージはぁ〜♡

 ぜぇーんぶザコザコお兄ちゃんが受けるんだからぁ〜♡」

「理屈はわからないが。そうらしいな」


 先ほど男に襲いかかった九割方死んでいたガテン系ザコザコお兄ちゃんは、床でピクピクとうずくまり九割九分死にかけている。


「オッケェ〜?♡おじさんの攻撃なんてぇムーダー♡

 ムーダー♡ムーダー♡ざぁんねぇーん♡」


 乱れた着衣を直しながらユウリはうろたえる。


「嘘だ、あり得ないよ。そんな非常識な事ッ!」

「メスガキ星人に常識なんて通用するかよ」


 男がコートをはだけると腰についた一本の黒ずんだ棒が露出する。男はその棒の頭を握ると一気に抜き放った。雄々しく反り返った刀身がランタンの微光を浴びて紫色に怪しく光る。


「プアプア〜♡そんな粗末なものでぇ〜♡

 あたしと遊びたいのぉ〜?♡

 ばぁーかみたぁーい♡」

「粗末かどうか、すぐに分かる」

「シラァ〜♡ざぁこいクセにぃ♡

 なまいきぃー♡もういいよぉ死んでぇー♡

 しねぇー♡しねぇー♡しんじゃえー♡」


 メスガキ星人の死ね死ねコールに呼応して倒れていたHP1のガテン系ザコザコお兄ちゃん三人衆が立ち上がる。更に廊下に控えていたのか、新たにビルダータイプのザコザコお兄ちゃん達が部屋に雪崩れ込んできた。

 明かに多勢に無勢。しかも昼間とは違い肉体派のザコザコお兄ちゃんが揃い踏み、そしてメスガキ星人までいる。

 そんな状況下、黒ずくめの男は犬歯を剥き出しにして笑っていた。


「メスガキが。わからせてやる」


 その邪悪な横顔を見て、ユウリは思い出した。漆黒の銃と闇色の刀剣でメスガキ星人を狩り続けている、めっちゃ強いけど黒ずくめの服装や言動がイタイタしい腕利きハンターの噂を。

 その腕利きだが今時黒ずくめで痛い系のハンターの通り名は。


 『わからせ屋ブラック』



 これは人類がメスガキに中指を突き立てる物語。



MESUGAKIX

続くかもしれない。

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