麻雀ラブコメ【断幺九(タンヤオ)】
――お前、天輪と同じ部活だろ。勉強教えてやってくれ。
放課後、担任から職員室に呼び出された俺は、たかが「同じ部活に所属している」というだけで天輪うるはの補習に付き合わされる事になってしまった。
テストで壊滅的な点を取った者だけが幽閉される補習教室。
そこに行くと、教師から渡された補習課題に頭を悩ませる女の子が一人。
「ぎゃあああ! わっけわかんねぇえええ!!」
……髪ぐしゃぐしゃで発狂していた。
「お前……本当にバカだったんだな」
「へ? も、門善くん!?」
とりあえず彼女の前にある席に座る。
教室では彼女一人しかいないため、どこに座っても文句は言われないだろう。
「まさか門善くんも補習!?」
「いや、違ぇよ。同じ部活生だから勉強教えるよう派遣されただけだ」
「そーなの?」
アホっぽそうに小首を傾げる天輪。さきほど掻き乱していた髪の一本が反対方向に跳ねている。
「でも、門善くんも巻き込むなんて迷惑だね」
自分のことを棚にあげて頬を膨らませる天輪。いや誰のせいだ、誰の。
「それはやく終わらせろよ」
「終わらせたいけど終わらないんだもん。何度持っていっても赤でピンピンされてやり直しさせられる」
「ちゃんと解かないからだろ……」
「この前、先輩たちと麻雀やったときに、ずっと同じ局を繰り返してたのと同じ絶望感だよ」
「麻雀は親が勝つと局が移らないからな? 勢いづいた親を止めるには簡単な役でなんとかアガルしかない」
麻雀では親が順番に回ってくるが、親が勝ってしまうと移行せずにゲーム数が一つ増える。だから、点数がどんなに低くても自分が親の時に連勝すれば一位に追い付くことだって可能だ。
いわば、親にだけ与えられる能力。
この親が連勝し始めた時、子達の連帯感というのは異常。
むろん、グルになってコンビ打ちなんていうイカサマはしないが、親以外の誰かがリーチをすると「ないす!」だったり、鳴きまくって手牌が少なくなっても「ないす!」と親指を立てられたりする。
そんな中で、また親がアガったりするとその親指は下に向けられるのだ。
みんな自分が勝ちたい。だから、一人勝ちをしている奴には容赦しない。
「結局、そのゲームは私が先輩を飛ばしちゃって終われたんだけどね」
「いや、お前が親だったのかよ……」
ただ、親が勝ちまくっても永遠にゲームが続くわけじゃない。終わりとはいつかはくるもの。
それは親が負けてしまうか、負けている子の得点がマイナスになってしまうかのどちらか。
自分の持ち点がマイナスになるとゲームに参加出来なくなるため、そこで終局。それを「飛ばされる」といい、飛ばされた時の不甲斐なさと、飛ばしてしまった者の罪悪感とが入り雑じり、空気は混沌を極めることがあった。
「はやく終わらせようと思って簡単な役ばかり狙ってたんだけど、なぜか役満ばっかり揃っちゃつて大変だった」
「お前……いろいろと間違えてるぞ」
「なにが?」
「……もういい」
天輪は麻雀初心者だ。だから、ルールがよく分からずに打ってる場合が多々ある。
そのくせ、運だけは良くて簡単に役満なんかを出してしまうからなおタチが悪い。
そのとき飛ばされた先輩たちの気持ちを考えると同情してしまう。
自分が勝ってるせいで終われないのに、終わらせようと簡単な役ばかりを狙い、大きな役で勝ってしまう天輪。
もはや笑えない。悲劇だ。
彼女……天輪は、ビギナーズラックを日常的に起こしてしまう豪運の持ち主だった。
「まぁ、大きな役って分かりやすいし、私が簡単な役を理解してないだけなんだけどね」
はははと申し訳なさそうに笑う彼女。
天輪……普通それじゃあ勝てないんだよ。
俺もはははと乾いた笑いをしてしまった。
「一応、リーチは分かるんだけどね。あれって取り敢えず面子揃えればいいだけだし!」
「まぁ、『鳴かない』ことだけを覚えていればいずれ揃うからな。基本とされるメンタンピンの中のひとつ」
「めんたんぴん? 汁は?」
「麺の単品じゃねぇよ……。門前と断幺九と平和のことだ。この三つは一番揃えやすい役で、メンゼンはリーチのことな?」
「ピンフは門善くんがよくやってる点数低いやつだよね?」
「一言多いな……」
「タンヤオは?」
こいつ、タンヤオも知らず麻雀打ってるのか。……というか、それで勝ってる現状ぅぇ……。
「タンヤオは、今の俺たちだな」
「私たち?」
「お前……今回のテスト、クラスで最下位だっただろ」
「なんで分かるの!?」
「うちのクラスで補習受けてるのお前だけだ……」
「あっ、そっか! ……で、それが何?」
「タンヤオっていうのは、数牌の中で『二』から『八』だけで揃えると成立する役。……つまり『一』と『九』は必ず捨てなきゃならない」
「ほうほう?」
「この補習教室はテストで溢れた者だけが行き着く場所だろ? つまりは捨てられた牌が行き着く河と同じ」
「ということは……??」
察しが悪いな。
「クラスから、テストで一位の奴と最下位の奴を補習教室に捨てれば、タンヤオが完成するってことだ」
「なるほど! 私は捨てられたってことかっ!!」
「例えな、例え」
ショックを受ける彼女に、一応言っといてやった。
「あれ、でも一位と最下位ってことは……」
そこで、ようやく気づいた天輪。
俺は、ニヤリと笑ってやる。
「その通り。俺が今回のテストでクラス内一位の門善だ」
「すごっ! 門善くん頭良かったんだ!」
「頭良いというか、部活でテストどこが出るのか一緒に研究しただろ……。あれが当たってただけ」
「そんな事やってたっけ?」
「俺たちが所属してるのは『勉強研究会』だぞ」
「あー、そうだった。麻雀部じゃなかったね」
「テストに出そうな所は常日頃、教師がそれとなく臭わしてるからな。教師だって点数を取らせたいんだ。それを拾っていけば点数を取るのは麻雀よりも簡単だと思うぞ」
「そうなんだ?」
「そもそも、天輪が勉強研究会に入りたかったのはテストで点数取りたいからだって言ってなかったか?」
「そ、そうだった! 初心を忘れてた!」
本末転倒にも程がある。
「取り敢えず、この課題終わらせよう」
「わかった!」
俺も勉強じゃなく麻雀のことを教えてしまっていたから人のことは言えない。
今ここにいる目的を思いだした俺は、天輪に勉強を教えはじめる。
そうして補習課題はなんとか終らせたものの、正直彼女の頭に入っているとは思えない。
……ただ。
「――門善くん! タンヤオできたよ!」
部内で麻雀をしていた天輪が嬉しそうにピースしてくる。
その笑顔を見ていたら、正直どーでもよくなってしまった。
「でも、やっぱり点数低いんだね」
そして、一言多い。
「門善……お前か……奴にタンヤオを教えたのは」
そうしていたら、先輩の一人が俺に話しかけてきた。
その表情は怒りで震えており、唇を噛み締めている。
「あ、はい。そうですけど……なにか……?」
恐る恐る聞いたら。
「お前のせいで……お前のせいで、天輪の親が全然終わらなくなっちまったじゃねーか! あいつの良いところは、確率の低い役しか知らない事だったってのによォ!!」
その目は涙で潤んでいたのだ。
「きたぁー! ツモぉぉ! 大三元!!」
「おぃぃい! 誰か、誰か天輪をとめろぉぉ!」
「なんで止めようとしてるのに自分で引いちまうんだぁぁ!」
「コイツ役牌ほぼ全部握ってやがるぅぅ!」
部室は阿鼻叫喚の嵐。
俺は、その光景にはははと乾いた笑いをすることしかできなかった……。