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アリシア

 この話はおおよそ彼女の視点。

 ライバル令嬢として転生。中の人は都内在住の社会人成人女性


ヴァーシル王子

 ゲーム内で最高難易度を誇っていた攻略対象。アリシアの婚約者


アルバート

 ゲーム内での攻略キャラ。アリシアの兄。


ユーラ

 男爵令息。ゲームには登場していない。


 夜もとっぷりと暮れたころ。公爵令嬢は再び王子とともに壇上に上がる。ファーストダンスの後に国王陛下のお言葉があるという前代未聞のダンスパーティではあったが、多くのものが楽しんだことは間違いないだろう。

 ちなみに黒髪の少年は再び髪を下ろし、王子の少し後ろに立っている。離れないのは逃げようとすると王子がそのたびに視線を向けてくるからだろう。彼が逃げないというまで腕を離さなかったというのもある。


「さて、ユーラ。今日踊った中でもう一度踊ってもいいという人はいたかな? もちろん、私以外で」


 二コリと微笑む王子の言葉に、周囲は息を飲む。興味が引かれなければ、お眼鏡にかなわなけれは二度目はないという魔性の踊り手。今日も何人かの貴族と踊っていたようだが、複数回踊ったのは王子だけだった。

 姿を消していたと思ったが、目についた者と踊っていたようだ。そういう意味では、アリシアの友人たちは彼のお眼鏡にはかなわなかったのだろう。


「あの、その……そちらのご令嬢と、あと、ジャスミン子爵が」


 そちらの令嬢。と彼が言った視線の先には、アリシアがいた。彼女は思わず目を見開くが、驚きは周囲から聞こえた悲鳴とざわめきにかき消された。王子はそんな彼の言葉に満足げにうなずくと、自身の婚約者へと向き直る。


「在学中の君の努力は私も理解していると思う。この国の王妃にふさわしい女性は君以外いないと私は確信しているし、君を尊敬している。それだけはこの場で宣言しておこう」

「もったいないお言葉でございます。ヴァーシル殿下」


 公爵令嬢が美しい礼をすると周囲から歓声が上がる。多少、感動で声が震えていたのは、成人前ということで見逃してもらいたい。最後に国王が閉会のあいさつをすれば、パーティはお開きだ。公爵令嬢と王子、それから黒髪の少年は三人で彼らとは別の出入り口でホールを後にする。

 彼らが王族用の控室でひと段落した時には、黒髪の少年は王子にもたれるようにしてスースーと寝息を立てていた。それを見つめる王子のまなざしの柔らかさと、前髪を払う指の細やかさに、令嬢は顔を引きつらせる。


「あの、彼は?」

「あぁ、俺の大事な人だ。唯一無二の存在だと言ってもいい。ふふ、緊張をほぐすためにアルコールを摂取したからね」


 可愛い子だろう? と、言う王子の言葉は今まで聞いたことがないほど甘ったるいものだった。そんな声は、婚約者である彼女は聞いたことがない。

 王子が少年の手を取って手袋を外すと、そこには金色の指輪。公爵令嬢がハッとして王子へと視線を向ければ。そこには同じく手袋を外した王子の手に金色に輝く指輪があった。

 それを見た瞬間、彼女の中の何かがストン。と、落ちた。それは腑に落ちたというべきなのかもしれない。あるべきところに、あるべきものが収まったような、そんな気分だった。

 目の前の完璧王子。誰にでも優しく、だれにでも親切な、理想の王子様。そんな彼の特別は、きっと黒髪の少年なのだろう。それは、恋とか愛とか、そういう名前のあるものではなく。失いたくない唯一なのだ。


「実は、王子の特別は、わたくしが探したいと思っておりました」

「あぁ、君が自身の教育で忙しい中、周囲をよく観察しているのはわかっていた」


 ただ単にヒロインの動向を注視していたのだが、王子の方で程よく誤解してくれたようだ。

 微笑む公爵令嬢に、王子は言う。


「君がそうしてくれているのを見て目が覚めた。

 特別に恋焦がれるだけで、私は何もしていないとな」

「いえ、そんなことは」


 公爵令嬢が慌てて否定するのを、王子は無言で首を振ることで止める。

 少なくとも彼女の行動が、王子に行動を起こさせる決意をさせたのだ。いずれ妻に、家族になる彼女に対して、自身の特別までも世話をさせるなど、男としてどうなのだと。


 ――それで自分の特別を見つけてくるとか、完璧超人すぎて逆に怖い。


 正直の話、この目の前の完璧超人を妻として、国母として、そして何より「特別」として支えるということに腰が引けていた公爵令嬢は、少年の存在を歓迎した。

 情熱的に愛されたいと思わないわけではないけれど、きっと自分には荷が重いだろう。

 何よりもこの少年とのあのひと時を逃がしてなるものかと思う気持ちの方が強かった。幼いころからただ何となくやっていたワルツであったが、それでも彼女の体は公爵家令嬢のものであり、彼女には脈々と受け継がれてきた貴族の血が流れている。


「最初に産むのは、女の子がいいですかね。年回り的にも、出来れば来年末には?」


 年の差のある結婚は貴族では珍しくはないとはいえ、彼女としては娘には幸せな結婚をしてもらいたいものだ。彼女がそう言うと、王子は目を見開いた後、彼女が今まで見たことがないほど幸せそうな笑みでうなずいた。


「飛び切りダンスのうまい女の子がいいね」


 ユーラが夢中になるくらいの、ね。という王子に、令嬢は「そうですね」とうなずいた。ざまぁも婚約破棄もなかったけれど、全く思い描いていなかった未来が広がっている。けれどまぁ、人生とはそういうものなのだ。

 公爵令嬢アリシアはそう思うと、生まれてくるだろう娘の名前でも考えるかとぼんやりと天井へと視線を飛ばしたのだった。


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