第三話 俺達のヒーロー
《艦上都市 軽井沢 上空》
軽井沢には雪が降っていた。普段は雲の上に存在している艦上都市には、天候など関係ない。
だが今は街は白く染め上げられようとしている。
その中で……黒い影が蠢いている。
「邪魔だ……」
俺は新たなレグナントを発動させる。
背中から生えた翼は大きく羽ばたき、そこから無数の光が解き放たれる。
「行け!」
まるでミサイルのように異生物へと向かう光。
着弾した瞬間、大きく光を炸裂させながら爆発する。
「朱莉……待ってろよ」
俺は異生物を討伐しつつ、まずは空港周辺へと向かう。
その時、子供の泣き声が聞こえた。
※
朱莉を助けに来た筈なのに、見ず知らずの子供を助けるなんてお人よしすぎるだろうか。
いや、子供を見殺しになんてしたら……きっと俺は朱莉に殴られる。下手をすれば殺されるかもしれない。子供を見殺しにしてまで助けられたなんて朱莉が知ったら……背筋が凍る。
「あ、ありがとう……お姉ちゃん……」
「おう。お父さんとお母さんは? 何処にいるんだ?」
「わかんない……」
小学生くらいの女の子。俺はお姉ちゃんと呼ばれて、今の自分がアバターだという事を思い出した。この見た目なら、女の子を抱きかかえても怪しい人には……いや、なんか凄い罪悪感が!
違う! 俺はロリコンではない!
抱きかかえても、おまわりさんを呼ばれる事はないはずだ!
「……? お姉ちゃん、どうしたの?」
「な、なんでもない。空飛ぶからな、怖いかもしれないけど我慢してくれ」
俺は女の子を抱っこしつつ、再び空へと。
分かっていたが、女の子は驚きのあまり叫びまくる。うぅ、耳痛い。
「す、すごい、凄いお姉ちゃん!」
「おぅ、しっかり捕まってろよ。落ちちゃうからな」
女の子を抱えつつ、速度を落として飛行する。
そのまま朱莉を探すが、当然簡単には見つからない。
「お姉ちゃん、あそこ! オバケに襲われてる子がいる!」
「ん? あぁ」
俺は先程と同じレグナントを起動し、異生物を撃破。
また子供が襲われていた。あの子も迷子か。なんでこんなに子供が単独で行動してるんだ。
俺はその子の元へと降り、大丈夫か? と声をかける。
「だ、大丈夫……」
今度は男の子だ。本当は泣きたいはずなのに、涙を拭い前を向く少年。うむ、いい顔だ。男たるもの、強くなくてはならぬ。
しかし子供二人抱えて飛ぶのは……少し苦労するな。自慢じゃないが、俺はモヤシだ。こんな事ならキントレもっと頑張ってやっていれば……
「……姉ちゃん、その子……僕がつれてく。姉ちゃんは戦って」
「……あ?」
男の子の発言に、思わず俺は尊敬の念を隠し切れない。
女の子よりは年上っぽい……が、俺がこのくらいの時、果たして同じ発言が出来ただろうか。
今は緊急事態、それも命を狙ってくる異生物がそこらじゅうを飛び交っている。
そんな中、こんな小さな子供が……
「分かった。頼んだぞ。避難できる場所とか分かるのか?」
「……向こうにあるって……誰かが言ってた。みんな先に行っちゃったけど……」
なんて奴らだ……こんな小さな子でも、他の子供を気遣っているというのに。
いや、俺も同じか。俺は今、正直朱莉の事しか頭にない。
俺は女の子を下ろし、男の子へと預けた。
しかしこのまま無責任に放り出すわけにはいかない。その避難所とやらに俺も……
『緊急警報! 空港周辺に大型の未確認異生物発生! 最寄りのプレイヤーは急行せよ!』
「おいおいおい、中々無茶言うな。こんな状況で……」
艦上都市にどれだけのプレイヤーが常駐しているかは知らないが、どいつも手一杯のはずだ。そんな時に急行せよと言われても……
「姉ちゃん、行って」
男の子は震えながらそう言い放つ。
涙を堪えて、怖いのは当然なのに。
「君は……強すぎるな。悪いが俺はそこまで強くないんだ。走れ! 援護する!」
「えん……ご?」
ぁ、やばい、まだ分からないか……でも大丈夫だ、嫌でもそのうち、映画やアニメで今のセリフは腐る程聞けるから!
「男を見せろ少年! バケモンは全部俺が倒すから、お前はその子を守れ!」
「う、うん!」
大型の異生物が現れたのは空港周辺。
朱莉……お前はそこに居ないよな……もうとっくに避難してるよな。
※
避難シェルターへと到着した俺は、中へと子供二人を放り込み、外から再び扉を閉める。
シェルターの周りに異生物は群がっていたが全て倒した。本当ならシェルターの中に朱莉が居るかどうかの確認をしたい所だが、時間が勿体ない。もしここに朱莉が居なければ……今アイツは街の中を彷徨っている事になる。
「彷徨ってる可能性の方が高いよな……あいつの方向音痴っぷりは絶望的だし……」
その時、空港の方から激音が。しかし近代兵器が炸裂したような轟音とは違う。まさか例の異生物か?
「誰か……戦ってるのか?」
※
《軽井沢空港 プレイヤー名 柴犬派》
幼いころから、ヒーローになるのが夢だった。
だから私は今の世界情勢に密かに歓喜していた。私達プレイヤーは世界に求められるヒーローになった。異生物を討伐し、人々から感謝されるヒーローに。
でも……所詮、それは夢だと今気づいた。
テレビの中のヒーローは必ず勝つ。でも現実は厳しい……思う通りには……いかない。
「大丈夫?! 大変、血が……」
大型の異生物、恐らくオーガタイプの亜種。
大剣を扱う剣士である私にとって、うってつけの相手だと思った。
実際、ハルオーネでは大型の異生物を何体も倒していたのに……強さのケタが違う。その肌は岩よりも固く、刃が全く通らない。
そして目の前で、私とおなじくらいの女の子が……私のお腹を必死に抑えている。
血が、血が止まらない。でも全然痛くない。意識も薄れてきた。
大きな足音が聞こえる。異生物がこちらに向かってきている。
あぁ、雪、綺麗だ。空を見上げると、まるで空に吸い込まれそうな感覚に……
「しっかりして! 誰か……誰か!」
私以外にプレイヤーは居ない。
きっと警報なんて聞いてる余裕は無いんだろう。当然だ、手練れのプレイヤー……ランカーは重要な人物を守る為に、そちらへ回されている。
私、死ぬのか。
ハルオーネでは蘇生出来る便利な魔法や道具があったけど……こちらの世界でそれは使えない。私達はこちらの世界で死ねば、それまでだ。
頭が働かない。
血を流し過ぎた。
そうだ、最後に……ヒーローっぽい事をしておこう。
最後くらい、私はヒーローになろう。
「逃げて……私の事はいいから……」
「な、何言ってんの! 逃げるなら一緒に……」
「いいから……逃げて……」
私は最後の力を振り絞って、私のお腹を押さえる女の子の手を振り払った。
可愛い服が私の血で台無しに。申し訳ない。ヒーロー失格だ。
あぁ、体が熱い。
ひょっとして、もう少し戦える?
嬉しい、これは毒だ。見ず知らずの子のために死ぬなんて、普段なら絶対に拒絶するだろう。
でもこの状況に私は歓喜している。名前も知らない子のために死ぬ事が、こんなに嬉しいなんて……普段なら絶対に思わない。
異生物の爪で抉られたお腹を押さえながら、大剣を杖にして立ち上がる。
そこでやっと痛みが襲ってきた。全身に走る痛みが、まるで私を叱咤激励するかのように。
「逃げて……私を……ヒーローにしてよ」
思い切り大剣を女の子に向かって振った。
逃げないと叩き切る、そう呟きながら。
女の子は泣きながら……何度も私へと振り返りながら逃げてくれた。
地面に降り積もった雪には……私の血が混じった足跡が残っている。
「はぁ……最後に……思い切り恰好つけとくか……」
私は二足歩行で迫ってくる異生物へと振り向き、大剣を掲げながら名乗りをあげる。
「我が名は柴犬派……中二病を拗らせたあげくにこの末路……最高すぎるわぁ!」
そのまま私は異生物と再び対峙する。
私は大剣を肩に担ぎながら、足元にレグナントを起動させて高速で移動。
先程貫かれた腹が痛すぎる。
でもその痛みが気付けになっている。先程とは打って変わって、私の視界は開け切っている。
異生物の動きが手に取るようにわかる。
右手が上がった。鋭い爪が付いた巨大な手が。
優に私を押しつぶす事の出来る手。
あの手を躱して、一気に肩まで昇る、そしてその首を……狩る!
激音と共に、私の予想通り右手が振り下ろされた。
この異生物は巨大すぎるが動きが鈍い。私の速さなら余裕で首元まで間合いを詰めれる!
振り下ろされた手へと昇り、そのまま再びレグナントを起動させて腕を上った。
急な勾配だが問題ない、私の趣味は登山だ。このくらいの坂……一気に駆け上れる!
「終わりだ……!」
問題無く首元へと到達し、そのまま大剣を振るった。
でも……
「……ぁ」
そりゃそうだわな……そんな簡単に、ヒーローになんてなれないよね。
私の大剣は異生物の首へと当たった瞬間、粉々に打ち砕かれた。
恐ろしく硬い皮膚。あぁ、終わった……。
そのまま振り落とされ、地面へと激突する。
息が出来ない。肺が呼吸する事を拒絶している。
もう体は動かない。指先がピクリとも……動かない。
「ぁ、いぁ……」
痛い、と叫ぶ事も出来ない。
そしてゆっくり、異生物は私へと視線を落とす。
私を踏みつぶさんと、足を持ち上げて……
「止めて!」
その時、さっきの女の子が……戻ってきた?!
何で……なんで……
「こっちよ! 化物!」
「逃げ……何して……」
女の子へ逃げろと叫べ、最後の最後に叫べ。
私はヒーローになるんだ。私は私の夢を叶えるんだ。
「逃げ……逃げて……」
やっと口から出た声。
でも女の子には届かない。女の子は必至に抵抗しようと、そのあたりに転がっている鉄パイプを手にする。
「誰も……方向音痴でまた戻ってきちゃったわけじゃ……ないんだから!」
……あ?
いや、最悪だ。なんだその理由。
やばい、さすがにこれは想定外だ。
動け、動け、動け!
お願いだから……私を……私をヒーローにしてよ……!
異生物は雄たけびを上げながら、女の子へと突進する。
女の子は当然……普通の人間だ。避けれる筈が無い。ましてや突進を止めれるわけも……
でもその時、異生物は止まった。いや、止められた。
私は目を疑う。
そこに立っていたのは、レグナントで生成した盾を掲げ、女の子を守る黒髪長髪の女性。
間違いない、あれは……
「い、唯織……?」
あのアバターは……あの女性は……間違いない、ランカーの……
「待たせたな……」




