第二話 襲撃
朱莉からの電話。助けて、とただ一言だけで切れてしまった。
彼女が危ない。助けにいかなければ……今すぐに!
俺はレグナントを起動し、空を駆け艦上都市へ向かおうとする。
だが
『待て! どうするつもりだ!』
シオンさんは俺の腕をねじりながら足をひっかけ……って、世界が反転……
「ぎゃあぁああ!」
「Oh……容赦ないにゃ。見事な合気道にゃ」
痛い! シオンさんマジで痛い!
「シオンさんギブ! マジでギブ!」
『なら一度深呼吸しろ! 自分を制する事も出来ない奴が敵地に乗り込もうとするな!』
シオンさんの指示通り、俺は深く深呼吸。
フルフェイスのマスクをかぶった軍人、シオンさんは顔色など分からない。
だが彼女も自分を抑えている事が分かった。俺の手首を掴む彼女の手は、力強く……
「って、シオンさん握力ハンパねえ! 折れる! 手首折れる!」
『ん? あ、あぁ、悪い悪い』
落ち着いたか? と呟くシオンさんへと全力でタップし、ようやく解放される。
「で? どうするにゃ? このまま指くわえて見てるにゃ?」
『……艦上都市にも軍やプレイヤーは常駐している。おいそれと陥落したりはせん。それに……見ろ、あそこまで高度が下がっている。恐らく艦上都市に配備されていない兵器を使用するつもりだ』
確かに高度は下がっているが、それは異生物に襲われて艦上都市がぶち壊れたからじゃ……
『そこまで脆い船じゃない。元々は宇宙へ進出する為に設計された“戦艦”なんだ。異世界と融合した事でその計画は頓挫したが……』
軍人であるシオンさんが言うならそうかもしれないが……。
というか、艦上都市に配備されてない兵器ってなんだ。大抵のものは揃っている筈だ。何せ戦艦として設計された船なんだから。
「シオンさん、兵器って……」
『恐らくゼルガルドを飛ばす気だろう。あれはまだそこまで高度を保てないから、艦上都市を下げて突入させるつもりだ』
ゼルガルド……人型のロボットだ。既に異生物との戦闘に投入されているとは聞いていたが、俺はまだこの目で見た事は無い。
「で、でも……それでも俺は……」
朱莉を助けに行きたい、今すぐに。
『気持ちは分かる。だがお前が今飛んで行っても異生物と思われて誤射されるだけだ。行くなら正式に支援要請が出てからだ』
「にゃー、確かににゃ。彼女を助けに行って死んじゃったら元も子も無いにゃ。ここはもう異世界……ハルオーネじゃにゃいから、蘇生にゃんて出来にゃいしにゃ」
猫さんは至って冷静だ。これが年の功という奴だろうか。
「まあ、艦上都市にはプレイヤーの中でも選りすぐりの……“ランカー”もいるにゃ。ちょっとやそっとじゃ、艦上都市を落とすなんて出来にゃいにゃ」
ランカーか……。世界中で上位百人以内に入るプレイヤー達。ちなみに俺も猫さんもランカーだ。まあ別に誇る事でもない。いわゆる廃人プレイヤーという奴だからだ。あの世界に没頭するあまり、俺も猫さんも大切な人を軽視していた。
だが今、その大切な人が窮地に晒されている。
俺は固く拳を握り……耐える。シオンさんの言っている事は尤もだと俺も思う、思うようにする。
本心では死んでも構わない、それでも助けに行きたいと願う俺が居る。
『……! 来たぞ』
俺達の後方から戦闘機らしき物体が。
それは空を駆け、爆発音を伴いながら艦上都市へと。
「あれが……ゼルガルド? 見た目、普通の戦闘機ですよね……」
『人型に変形するんだ。良く見ておけ、後々……プレイヤーに頼らずとも、あれが異生物を駆除してくれる。あれがお前達を任務から解放してくれるんだ』
もし本当にそうなると、俺は無職になってしまうのだが。
まあ……しかし俺には夢がある。それは喫茶店を経営するという物。
いつか、朱莉と一緒に……
その時、突如として鼓膜を破らんとする轟音が。
特に猫さんはキツそうだ。獣人型のアバターは感覚器官が鋭い。猫さんはその轟音に耐え切れず、卒倒してしまう。
そんな猫さんを支えるシオンさん。
『おい、大丈夫か』
「き、きついにゃ……今の音……なんにゃ?」
『大口径のグレネードランチャーだな。いきなりあんな物を打つとは……いや、異生物を引き付けようとしているのか』
シオンさんの言う通り、艦上都市に群がっていた異生物の群れは分散し始めた。
ゼルガルドへと無数の異生物が飛び交っていく。すると数機のゼルガルドが異生物から逃げるように引いた。そうして異生物の群れが薄くなった所へと、また数機のゼルガルドが突入する。
「連携プレイって重要にゃ……こりゃ、私達の出番は本格的に無さそうにゃ」
『いや、物事にはイレギュラーな事態が起きて当然だと思え。そろそろ私達にもお声が掛かるぞ』
俺と猫さんは首を傾げる。
あんな新兵器まで投入してるんだ。俺達の出る幕など……
その時、シオンさんの腰の無線機が高い電子音を鳴り響かせた。
シオンさんは「そら来た」と無線を取り応答する。
『こちら艦上都市軽井沢……異生物の襲撃を受けている! パルス壁に不具合が生じ、街の中にも異生物が入り込み対応に追われている、至急最寄りのプレイヤーに応援要請を……! は、早く! 数が多すぎる!』
『了解。こちらはレクセクォーツの部隊だ。ランカー二名を応援に向かわせる。問題無いか?』
問題って……何が?
シオンさん、早く行こう! 俺はもう……限界で……
『も、問題無い! 上が何と言おうと責任は全て私が取る! 早くしてくれ!』
『了解した』
シオンさんは無線を切り、そのまま腰へと装着し直す。
『だ、そうだ。行ってこい、私は一度軍に戻る』
「え、シオンさん行かないにゃ?」
『この中で飛べるのはイオリだけだ。イオリ、猫を抱えて行け。私は足手まといになるだけだ』
俺は頷きつつ、レグナントを起動。
そのまま猫さんをお姫様抱っこし、空へと。
『イオリ!』
その時、シオンさんはフルフェイスのマスクを脱ぎ、俺達へと素顔を晒した。
何気に初めてだ、シオンさんの顔を見るのは。
金髪で透き通るような白い肌。それに目が青い。俺より少し年上な、正直言ってかなり好みのタイプだ。こんな美人だったとは。
「冷静さだけは失うなよ。助けたい人が居るなら、まず自分を制する事を優先しろ。お前達が無事に帰ってきてくれないと……おでんが食べれない」
その発言に俺と猫さんは思わず吹き出してしまう。
肩の力が抜けたような気がした。
シオンさんだって今すぐにでも軽井沢へ赴きたい筈だ。
軍人だからという理由ではない。それはその表情が全てを物語っている。
自分が足手まといだと言い放ったシオンさんは、悔しそうな……それでいて俺達を心配そうに見つめる、まるで姉のような表情。
「ありがとうございます、シオンさん! 行ってきます!」
「にゃー、時子さんの極上のおでん、食べにいくにゃー!」
俺と猫さんは艦上都市へと向かうべく空を駆ける。
朱莉……待ってろ。絶対、絶対に助ける。
※
「シオンさんのおかげで思う存分暴れられるにゃ」
艦上都市へと空を駆ける俺達。
猫さんは突然そんな事を言い出した。
「いつも暴れてるじゃないッスか、猫さん」
「にゃー。そういうんじゃ無いにゃ。軽井沢は“G&K”って会社の軍が警備してるんにゃけど、私達はレクセクォーツに雇われてる身にゃ。軽井沢では本来、あっちの指揮下に入って戦う必要があるんだにゃ」
企業軍の縄張り争いみたいな感じか。
そんなの俺達には関係ないんじゃ……
「仮に私達が正式な支援要請なしに突入したら、最悪……拘束されるにゃ。でもシオンさんは、あっちの企業の人に責任は全て取るとまで言わせたにゃ」
「それって……つまりどういう事ッスか」
「つまり、あっちの指揮下に入る事無く好き勝手に暴れても、責任は全てあっちの企業に行くにゃ。朱莉ちゃんを助けに行くにしても、そっちの方が都合がいいにゃ」
成程……。企業にとって重要な人物の保護を最優先とか言われても……正直、今の俺は朱莉の事しか頭にない。
「にゃー。まあ、シオンさんに迷惑掛からないってだけでも、やる気マシマシにゃ」
「そうッスね。むしろ大活躍して、シオンさんの鼻を天狗ばりに高くしてやりましょう」
「にゃ、そのいきにゃ! って、にゃんか……異生物の数、増えてないかにゃ?」
まるで街頭に群がる虫のように、次々と艦上都市へ異生物が向かっている。
なんで急にここまで……というかそもそも、なんで普段は異生物が到達できない高度にある艦上都市に異生物が……
「にゃー! 突入にゃー!」
目の前にまで迫る艦上都市。
巨大すぎる戦艦の上へと建造された都市は、ドーム型のパルス壁に守られている……筈だった。
だが今はそれが取り払われ、街へ異生物が入りたい放題に。
「猫さん! 適当に放ります!」
「どうぞにゃ! 大熊猫さんは朱莉ちゃんを助けに行くにゃ!」
俺は異生物を避けながら街の上空にまで。
そこで猫さんを放り投げる。
「幸運をにゃ!」
「幸運を! 全然心配してませんけど!」
「ひどいにゃ!」
猫さんは落下しながら、襲い掛かってくる異生物を次々と肉弾戦で撃破。
その華麗な舞のような戦い方で、猫さんにはとある二つ名がある。
“戦う猫”
いや、そのままじゃん! とツッコミたくなるが、猫さん自身は気に入ってるらしい。半分以上、猫さんのランキングに嫉妬したプレイヤーの怨念が強い気もするが。
猫さんのランカーとしての順位は……百位中、堂々の七位。
世界中のプレイヤーを震撼させ、同時に魅了した猫さん。
その舞が、軽井沢の空で炸裂する。




