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第一話 俺達の世界

【この小説は、遥彼方様主催「冬のあしあと」企画参加作品です】


 《新統合暦2506年 航空艦上都市“軽井沢”行き搭乗口改札前》


 空港の窓から外の景色を眺めながら、俺は圧巻の溜息を漏らした。

 この世界の冬はここまで美しかっただろうか。

 白い雪が降るなど、十年前……あの時までは無かった事だ。


「おまたせ」


 白銀の世界に見とれる俺に、トイレから戻ってきた幼馴染の朱莉(あかり)が声をかけてくる。

 俺はぶっきらぼうに「おう」とだけ口に出しながら、窓の外を眺め続けた。

 

「何見惚れてるの? あっちの世界の事思い出してる?」

「別に……そんなんじゃない」


 人の顔をジロジロと覗き込んでくる朱莉。

 俺もつい、朱莉と一瞬目を合わせて咄嗟に逸らす。

 別に朱莉がメデューサで、目を合わせると石化するとかではない。

 

 単純に俺は朱莉と目を合わせるのが恥ずい。

 約二十年、腐れ縁だった幼馴染を俺は今更意識していた。

 何せ、あの世界から帰還した俺を守ってくれたのは……朱莉だけだから。


「そろそろ時間かな」


 朱莉は腕時計を確認しながら呟き、俺も釣られるように自分の時計を見る。

 軽井沢行のシャトルが出るまで、残り十五分。そろそろ改札を通っておいた方がいい。それにただでさえ朱莉は絶望的な方向音痴。案内板がこれでもかと掲げられた空港内でさえ、朱莉は余裕で迷う。

「朱莉、改札を出たら右に行くんだぞ。左に行くと別の国に行っちゃうからな」

「分かってるわよ。それより唯織(いおり)、もうしばらく会えないからさ、唯織()()()にも挨拶しときたいなー」

「ここでか。まあいいけど……」


 朱莉の要望に応えるべく、俺は頭の中でスイッチを切り替えるようにアカウントを変更する。

 すると周りから小声で「プレイヤーだ」などと呟く声が。


「うほぅ、相変わらず可愛いなぁ……唯織ちゃん」

「……うほぅって……ゴリラか、お前は」


 アカウントを切り替えた瞬間、俺の体は男から女へと変化。

 髪は腰まで延び、ウェストは細く、その代わりに胸と尻に肉が付いてくる。


「私が居なくても……ちゃんと体のケアはちゃんとするんだよ?」

「分かってるよ。冬は乾燥するから、念入りに……だろ? お前も軽井沢で迷子になるなよ。絶望的な方向音痴なんだから」

 

 朱莉は女体化した俺の胸へと、抱き着きながら顔を埋めてくる。

 その瞬間、心拍数が跳ね上がった。不味い、朱莉に気づかれてしまうかもしれない。

 俺が今更ながら、朱莉に恋心を抱いていると。


「じゃあね、しばらくのお別れだね」

「あぁ……うん。仕事がひと段落したら……そっちに行くから」


 朱莉はしばらく俺に抱き着いたまま離れなかった。

 これはあれだ、幼馴染のコミュニケーションの一つだ。決して俺に恋してるわけじゃない。

 

 でも……本当にそうだろうか。

 ワンチャン無いだろうか。今この場で……俺の気持ちを伝えてしまおうか。


「バイバイ、唯織」


 そのまま荷物を持ち直し、朱莉は改札口へと向かう。向かってしまう。

 俺はその背中を見つめる。改札を抜けるその背中は、異様に小さく見えた。

 とても寂しそうに、背中だけ見ると泣いているように見える。


「朱莉!」


 だからだろうか。俺はつい、朱莉を大声で呼び止めていた。

 こちらを振り返る朱莉。それと共に、周りの人間も突然空港で大声を出す奴に注目していた。


「……好きだ!」


 俺は再び男へと戻りつつ、そう朱莉へと言い放っていた。

 我ながら馬鹿だ、何もこんな公衆の面前で、しかもこんな大声で告白しなくてもいいだろうに。

 

 案の定、周囲からは「おぉ……」「やるな」「リア充爆発せよ」などと聞こえてくる。


 そして当の朱莉は呆然と立ち尽くしていた。

 ひたすら俺の顔を見つめながら。俺も朱莉から目を逸らさない。


「……唯織!」


 朱莉は途端に荷物をその場に捨て、俺に駆け寄ってくる。

 空気を読んで改札を解除してくれる空港スタッフ。あとでちゃんと謝ろう。


「ぁ、朱莉……んっ?」


 朱莉が駆け寄ってきた瞬間、唇に柔らかくて温かな感触が。

 その瞬間、何故か周りからは拍手喝采。


「ぁ、朱莉さん?」

「……もっかい……もっかい言って……」


 下から覗き込むように懇願してくる朱莉。その顔は少し紅潮していて、俺の心臓はさらに激しく高鳴る。


「……好きだ」


 俺は再びその言葉を口にする。そして朱莉はそれに答えるように、唇を重ねてくる。


「うん……私も……。絶対、絶対会いに来てね。待ってるから」

「あぁ……必ず行く。またな」


 そのまま朱莉は俺から離れ、再び改札の向こうへと。スタッフに一礼して謝りつつ、捨てた荷物を拾いながら俺へと惜しみなく手を振ってくる。そしてそのまま左へ……


「朱莉……! 右だ右!」


 再び大声で朱莉へと呼びかける俺。朱莉は何事も無かったかのように、手を振りながら右の道へと歩いていく。


 そして俺も手を振り返した。必ず会いに行く、そう誓いながら。



 ※



 人類がパラレルワールドへの扉の生成に成功して一世紀。

 ワームクリエイトと呼ばれる技術で、人類は古来よりの夢、異世界への旅を実現させた。


 中でも世界中の人々が熱狂する異世界があった。

 その世界は王道なファンダジーの世界。漫画やアニメの世界でしか、見る事の叶わなかった世界。


 その世界へと人々は次々と飛び込んでいった。その世界で違和感を生み出さないよう、ゲームのように専用のアバターを作って。


 俺はその世界で、初めて白い雪を目にした。俺達の世界で雪など滅多に降らないし、降ったとしても灰色の雪だ。そして雪遊びなどしようものなら、ただちに救急搬送される。冬は死の灰が降り積もる季節。それが俺達の世界の常識だった。


 人々は歓喜した。自分達の世界では不可能な事が、異世界では可能になる。


 だが唐突に……その喜びは悲劇へと落ちていった。




 ※




「猫さん何してんの! 動画見ながら仕事すんな!」

「にゃー。若いっていいにゃぁ、大熊猫(ぱんだ)さん」


 大熊猫。それが俺のアバターネーム。何を隠そう、女の姿の俺だ。

 今俺は相棒の猫さん、そしてもう一人の軍人と異生物の討伐に出ていた。


 愛くるしい猫耳少女、猫さんは華麗な蹴り技で次々と異生物を撃破。

 それを後目に、俺も主に“レグナント”と呼ばれる魔法で討伐していく。


「何みてんスか。さっきから」

「むふふ、何って……空港で接吻してる、どっかのカップルの動画にゃー」


 その瞬間、俺は吹き出しつつ自分も動画を確認。

 すると超有名動画サイトのトップに「リア充爆誕」とのタイトルで動画が上がっていた。

 そのサムネには、見覚えのある……っていうか俺と朱莉の顔がドアップが。


「な、なんだコレ!」

「アハハ、迂闊だにゃー、若い、若いにゃー」

「黙れ五十台オッサン! 俺だってまさか動画撮られてるなんて……」


 動画を見ながら異生物を討伐していく俺達。

 そんな俺達へと、殺気を露わにしながら共に健闘する軍人が吠える。


『貴様ら! 真面目にやらんと報酬没収するぞ!』


 その恫喝に俺と猫さんは大人しく携帯端末を仕舞い、真面目に仕事を。

 所詮、敵はオーガタイプの雑魚MOB。


「にゃー! さっさと終わらせて奥さんのおでん食べに行くにゃー!」

「俺も連れてって下さい! あと動画保存してたら泣かします!」


 そのまま俺と猫さんは異生物を蹴散らしていく。

 案の定、数分後には全ての異生物の討伐が完了。

 俺と猫さんは額の汗をぬぐいつつ、雇い主である企業軍人から報酬を頂く。


『全く……次同じ事やったらクビだからな、クビ』

「すんません。悪いのは猫さんです」

「ひどいにゃー。公衆の面前で接吻する方がよほど悪いにゃ」


 俺達は今、企業軍に雇われている。主な仕事は異生物の討伐。

 勿論異生物なんて奇天烈な存在は、元々こちらの世界の物ではない。


 十年前、まだ俺が高校生だった頃、ワームクリエイトの暴走事故が発生した。

 あまりに多くの人々が移動し過ぎたためか、はたまたワームクリエイト自体の欠陥か。あろうことか人々が熱狂した異世界はこちらの世界へと降ってきたのだ。


「今日はこれで終わりにゃ?」

『あぁ。ご苦労さん。ところでおでん……私も行っていいか?』

「にゃはは、勿論にゃー。時子さんは賑やかなのが好きにゃー」


 なんだか緊張感が無いが、世界が統合された際、幸いな事に人的被害は出なかった。

 だが問題はその後だ。本来こちらの世界に存在する筈の無い生物……異生物と呼ばれる物が出現するようになったのだ。そのほかにも、気象や物理現象でもあり得ない事が発生するように。


 そして元々その世界を堪能していた俺達も、何故かこちらの世界でアバターに切り替える事が出来た。そしてレグナントを始めとする異世界で会得した技術も使用可能に。


 事故が起きた当時、十年前はそれはもう大混乱だった。当然のように世界中が俺達、通称「プレイヤー」を糾弾し、中には自殺した者も居る。俺も実際、首に縄をかけそうになった。だがその時、俺を支えてくれたのが朱莉だった。


「朱莉……軽井沢に無事に着いたかな……」

「にゃ? 彼女にゃ?」

「うっさい、黙れ」


 ふと、艦上都市がある方角へと目を向ける。人々は異生物から逃れるため、次々と空へと逃れていた。朱莉もその一人。


「……ん? なんだアレ……」


 艦上都市へと目を向けた瞬間、異常に気が付いた。

 いつもより高度が下がっている。しかしそれだけじゃない、何やら黒い影が、艦上都市に群がっている。


「シ、シオンさん! 艦上都市……襲われてないですか! アレ!」

『あん? って、なんだあれは』


 その時、俺の携帯が着信を知らせてくる。

 嫌な予感がした。俺はすぐに携帯を取り、画面を確認。そこには朱莉の名前。 


「もしもし、朱莉か?」


 ノイズが酷い。それに……後ろから悲鳴のような声が……


『……助けて』


 それだけで電話は不自然に切れてしまう。


「にゃ? どうしたにゃ。顔が真っ青にゃよ」


 その数分後、軍から連絡が。

 艦上都市、軽井沢が異生物に襲われていると。


 

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