大切な人・前編
「ミモザ、ごらんよ!」
息を切らしながら、レオンが駆けてくる。
だけどその手には何も握られていなかった。
「何を見ろって言うの。」
「あっちに綺麗な黄色い花が咲いているんだ!君に見て欲しくて!」
「まったく。そんなに急がなくてもいいじゃない。レオンはせっかちね。」
「だって早く見せたかったんだ!」
レオンはぷく、と頬を膨らませて、私の手を引いた。ひとつ下のレオンは私より少し小さくて、いつも私にひっついて回るのだ。
いったい、何があるって言うのよ。
手を引かれるままレオンについて行くと、うんざりした気持ちが一瞬でなくなってしまった。
「綺麗……」
目に飛び込んだのは、一本の大きな大きなミモザアカシアの木。黄色のマカロンみたいなふわふわが、私たちを包んでいた。
「すごいだろう?僕と君だけの秘密だよ。」
「……この花、アカシアだって知っていたの?」
私が横目で訝しそうに訊くと、彼は「どうだろうね?」と意味ありげに笑って、アカシアの木に登り始めた。
「ちょっとレオン!危ないわ!」
「平気だよ。よっと!」
レオンは花のひとかたまりをぽっきりと折って、飛び降りた。
「やっぱりよく似合うね。君のためにあるような花だもの。」
私の髪にそれをかざして彼はにこりと笑う。
「もう、知ってたんじゃないの。」
「今日は僕の大切な日なんだ。だからね、えっと……」
レオンは少し照れくさそうに頬を掻いてはにかむと、私に「これからもよろしく。」と言った。
そうか、ミモザアカシアの花言葉は、友情。この子ったら、そんなことのためにわざわざこんな準備をしたのかしら。
「バカね。そんなこと言う必要ないのよ。私たちはお友達なんだから!」
レオンは困ったように笑った。
「ほら、早くしないと昼食に遅れちゃう。行きましょ!」
「……うん!」
レオンは少し何か言いたげだったようにも見えたが、そんなことは気にしない。むぎゅ、と彼の手を握って私は走り出した。
彼の右手は、ミモザの花を大切そうに握っていた。