表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

私のとっておきの場所(2)






 あの男、そうあの男なのだ。


(なんで、ここにいるの……?)


 立ちながら私は下を向き、どこからどこまで見られていたのか頭を回転させる。


 もしかして、私が教室を出た所から?嫌……それはない。今日も廊下で錦城君はいろんな人に囲まれていた。それじゃあ、ただのサボりで来たとか?嫌、天才に限ってそれは無いと思いたい。


(うわぁぁ!本当になんでいるのー?!)


 グルングルンと頭のなかはパンク寸前だ。


「さっきからあんたはここでなにやってたんだ?」


 ─ビクッ!!


 そう言いながら近づいてくる彼は、妙に威圧感があった。私に対して今はどういう感情を持っているかは分からないが、怒っている?ただただ不思議に思っている?少なくても、嬉しいだとか幸せだとかいう顔では無いし、そういう表情でも無い。ましてやオーラでさえも………。


 そんな彼に対し私はいつもの通常運転だ。


(…しまった。また驚いてしまった)


「・・・・」


 ここは本当の事を言った方がいいのだろうか?はたまた、意味のない嘘をついた方がいいのだろうか?それともここから急いで逃げるか?


 どちらにしても後でなにかと捕まりそうだ。


(なぜだろう。それだけは絶対に嫌だっ!)


 私は今までに無い以上に頭を回転させまくった。彼に言うか、言わないか。

 たったそれだけの事なのに何故こんなにも私が動揺し、尚且つ緊張しなければならないのか。


「そろそろ答えてくれてもいいんじゃない?ねっ?清原美琴さん。この間も言ったよね」


 いつの間にか彼は、私の近くまで来ており私の頭に顔を近づけてくる。


(ちっ近いぃぃ!)


 と思った瞬間、それだけじゃ甘かったのだと改めて気づいた。


 ─カンッ。


(ん?あれ?あれれ??)


 しかも今、私は運悪く手すりのところにいるのだ。


 彼は私が言い逃れして逃げると思ったのだろうか。只今現在、彼に包囲されているのだ。

 現状は簡単。秀才君の両手が手すりを掴んでいる。

 これはまさに、壁ドン?ならぬ手すりドンか?なんか違う気がするが、言い方を変えれば私は今、彼に抱き締められてはいないが腕の中にいることになる。実に変態チックな考えだ。というかさっきから何を思っているのだろう。


 それくらい私の頭はグルングルンしていた。

乙女的なドキドキではなく、恐怖に対するドキドキだ。


 いろいろ考え事をしていると、風に吹かれてフワァと花のようないい香りが私の鼻を刺激する。


(あ、いいにおい・・・、ってなに考えてるんだ!私はぁ!変態かっ!)


 改めて私は確信した。正真正銘、私は変態だ。



 ドキッ、ドキッ、ドキッ……


 気づけば私の心臓の鼓動は早くなっていた。


(これは……。改めて何に対するものなんだろう)


 彼に対する恐怖、緊張、それとも現在進行形でこのまま恋が始まっていく~みたいな恋する乙女みたいなシチュエーションなのだろうか。


(っていうか最後の考えは絶対に無いわ…)


 頭の思考を振り切る。


「清原さん。いつまでも黙ってないでいい加減に答えてくれない?」

「えぇっと…あの、その」


 モジモジしながらも何とか、今のこの現状を耐えのける。


「清原さんは何をしたかったのか、言ってみなよ。今は俺しかいないんだから。別に俺はあんたをいじめるほど出来損ないな人間じゃない」

「っわ、分かりました。言います!言いますので、その……退いて下さい。」


 声のトーンが大きかったり小さかったりしながらも、彼にはとりあえず退いてほしかった。このままじゃいろんな意味で心臓が持たない。


 初めてまともに私の声を聞いたであろう彼は目を見開き、すぐに退いては「分かった、こっちで話そうか」そう言って場所を移した。



***

 私達が屋上から移動したところは、屋上へと続く道の階段だった。

 階段に座り込み、私の隣には錦城君がいる。しかもほとんど隙間なく座られているので緊張してしまうのだ。


(もう少し離れたぃ…な……)


 離れても彼は多分、私を追いかけて来るだろう。今回ばかりは逃がしては貰えなさそうだ。


「で?結局ここでなにしてたんだ?これでもう、3度目の質問なんだけど。いい加減答えてくれないかな?」


 チラッと彼の顔を見てみる。


 癖っ毛の黒髪が目に入ると同時にくしゃあっと笑った。


(お、おう、笑顔が眩しい。)


 でも私は、気づいてはいけないことに気づきいてしまったのだ。それは、


(うわぁ、口元は笑っているけど目元が笑ってない)


 そしてまた視線を下へと戻す。


(なんか怖いっっ……!)


 ブルブルと震えてしまう。相手にとっては失礼だとは思うが今の私にとっては正常な反応なのだ。学校生活ではこれが普通なので、いつもの調子ともいえるだろう。


「真面目そうな君が授業サボってまでここにいるんだから、それ相応の理由があるんじゃないの?」


 昨日の彼とは違い、今日はどことなく優しい。本当のことを、私の気持ちを言っていいのだろうか?そう思わせるほど今日の彼は優しいのだ。


「この事は誰にも言わないよ。約束する。心に溜まっている事を話せば少しはスッキリするんじゃない?」


 そんな事を言ってくれる人は初めてだ。


(言って……みようかな?)


 彼なら受け止めてくれるのだろうか?いや、ここまで言ってくれたんだ。

 怖い、けど私は決心して本当の事を話すことにした。


「じ…実は、死のうと思ってここに来ました」

「死ぬために・・・か。なるほどな」


 彼は笑もせず、怒ることもせず、ただただ私の話を聞いてくれた。


「本当はもう、生きていることが辛いんです。最初は『止めて』とか言いました。でも、いつの間にかエスカレートしていったんです。気づけば元に戻ることは出来なくて、朝来たらいつも私の机の上には必ずメッセージが残されているんです。今日は″お前なんか死ねばいい″という内容でした。なので、皆の望み通りに死のうと思ってここに来たんです。」


 私の口は止まる事を覚えず次々と話して言った。


「でも、私はいざここに来ると死ぬことにたして躊躇してしまったんです。『高い』『怖い』そしてその後、家族の事を思い出してしまったんです。私は死ぬことを望んでいたのに、何故でしょうね。どうしてなんでしょうね。私は生きる価値すら無いと言うのに」


 ポンッ


「……えっ?」


 下を向きながら話していた私は、頭の上に何かが置かれていることに気づくのに少々時間がかかってしまった。それは、手だ。誰の手かというと言うまでもなく彼の手だ。


「あんたはこの世に生まれた時点で十分に価値がある人間だよ」


 いつもより少しだけ低い声。どこか気持ちを安らげるような、そんな感じだ。


 そのあともいろいろと話した。いつかはこんな風に皆の輪の中に溶け込みたいとか、クラスの皆に認めてもらいたい、先生にも相談したいけど上手く言える自信がないなど。

 兎に角、話したいことを話しまくった私だがあとになって気づくのだった。


(こんなことを話ても相手にとっては迷惑なのではー!?)


 というものだった。いくら、一度会って話をしたとは言え初対面に近いのだ。しかも昨日ぶりであり、彼と私は友人ですらない。顔見知りには入るのだろうが、それでもたった一度会っただけの人にペラペラと自分の事だけを話していったのだ。いくら話を聞くよ、と言われても流石に限度というものはあろう。


(やってしまった───)


 今までは下を向きながら話していたので、チラッと再び彼の方を見る。すると、


「良く、頑張って話したな。俺は嬉しかったよ。ありがとう」


 そう言って彼は私の横に立ち、手を差しのべてくれたのだ。

 まさかの反応に思わず驚いてしまった。ずっと私の話をただただ聞いていてくれただけなのに、お礼を言う方は私の方なのに。彼のほうから「ありがとう」そう言ってくれたのだ。


「もうすぐで授業が終わる。途中までは一緒に行くか。教室に戻って先生に何か言われたら、保健室に行ってたと嘘をついとけ。分かったな?」

「えっ、あ、はい」


 そう言いながら、私は差し伸ばされた手を取り立ち上がった。すると彼は、満足したように笑ったのだった。


(なんで、笑ったんだろう─?)


 ふいに向けられた笑顔に今の私では当然、その意味は分からないままなのであった。いつか自分で分かるようになればいいな、同時にそうも思ったのだった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ