3、もう一人の天才
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オルティシア家は、ライセン合衆国の中でも指折りの名家だ。
その血筋は国の中では五指に入るほどに古く、遥か昔、北西大陸のフェリシア王国が今のライセン合衆国を独立させた時から存在している。加えて代々の当主は、第3代大統領をはじめとして、数々の名政治家を輩出しているだけでなく、軍の事情にも明るい。
現に、現当主……ラッセル=オルティシアは副大統領で完全なる文官だが、長男を聖統一軍に送っているだけでなく、次男までも軍人として教育すると提言していた。
(まあ、その、『世界を守るのに協力を惜しまない姿勢』が、世論の彼の支持に繋がっているんでしょうが……)
重苦しい雰囲気の中で終わった朝餉の時間。
お嬢様生活というものは、続けているとなんだか頭が痛くなってくるなあ、と考えながらハルリアナは深紅の絨毯の敷かれた廊下を歩いていく。
____それが単なるポーズ……つまり息子を政治的な道具としてしか見ていないのか、それとも本気で世界人民を思っているのかは知らないが、もしレオンハルトの軍人的適正を伸ばすために自分が迎え入れられたのだとしたら、それは残念ながら的外れも甚だしい。
……なぜなら、ハルリアナは、軍人として、魔法士として異端な存在なのだ。
天才という意味でだけでなく、単純に、普通の軍人とは違う才能でこれまで生きてきたのだから____。
(……もし、レオンハルト様がわたしを含め軍というものを嫌っているならば……いえ、軍のせいでお兄様を失ったんです。嫌っているでしょう十中八九。
だとするならば、自分を軍人にしようとする副大統領閣下とも、わたし同様に不和を起こしそうですが……大丈夫なんでしょうか)
あくまでも“他人”のことなので踏み込んでいくつもりもないが、世話になっている家の雰囲気がこれ以上悪くなるのはあまり歓迎できない話だ。
とはいえ、自分が来てからいきなり刺々しくなったらしいレオンハルトの意志はどうなのか、少し考えてみた方がいいだろう。
もし彼が本心から軍人になりたいと思っていないのなら、もし指南その他を当主に頼まれた時は断らなくてはならない、かもしれない。
(まあもともと軍人とは人殺しの職業です。今の時代、英雄だなんだと騒がれてはいますが、子供が憧れを持ってしかるべき職業ではないでしょう___)
……と、ハルリアナが自分が子供であることを棚に上げて、子供らしくない思考を展開させている時だった。
突如近くで、何かが炸裂するような音がはじけた。
(今の音は……!)
戦場で幾度か聞いたことのある音だ、と。……ハルリアナは目を見開き、廊下を蹴って駆け出す。
音が聞こえてきたのは訓練場がある方角から。となれば、誰かがオルティシア家の訓練場で、魔法を発したということになる。
(しかも今の音は、かなり大規模な爆裂魔法式のものです……一体誰が、)
ひどく慌てた様子で廊下を駆けて行くハルリアナを、道行く使用人たちは驚いたような顔で見送る。表情の変わらないハルリアナが動揺を見せているのが珍しいのだろう。
しかしその視線を気にしている余裕もなく、彼女はそのまま訓練場が見えるテラスの方までやってきた。
……魔法式とは、魔力の一部__聖素と呼ばれる性質のもの__を式に変換し、主に術式として対象、つまり【怪魔】を攻撃するものだ。
それには幾つかの種類が存在し、最前線で【怪魔】を相手にしている軍人達は、それぞれ得意な魔法式を持っている。
が、爆裂魔法式はその名の通り、聖素を燃料として大規模な爆発を引き起こす魔法だ。威力も殺傷力もかなり強く、【怪魔】にはとても有効ではあるが、発動させるだけで力を大量に消費する故に難度が高いとされている。
「副大統領閣下の護衛達に、それ程の魔法の素養があるとは、聞いたことがありませんし……、
え?」
そこで、訓練場で大規模な魔法陣を、凄まじい量の魔力__聖素を用いて、作動させている者を目にして……ハルリアナは思わず息を飲んだ。
訓練場の面積の3分の2を占める、大きな爆裂魔法式の魔法陣。それを自らの魔力によって発動させているのは____レオンハルトだった。
「まさか……レオンハルト様が?」
粗はあるが美しい魔法陣だ。最前線の士官達にと劣らない……とは流石に言えないが、間違いなく聖統一軍大学候補生達のレベルは超えている。
ちなみに候補生学校は、軍人志望の16~18歳の少年少女達が通う学び場である。彼の力を見れば、飛び級というだけでは生温い。
訓練場で、魔法の的となっている大きな木札は焼け焦げていて、最早元の形がどんなものであったかわからないほど。
(天才、ですね__それも、紛うことなき)
そこで、ハルリアナは、自らの認識を改めた。
正式な魔法式を使うためには、魔力を補助するための魔法陣の構造、そして魔法発動のための明確なイメージが必要になる。才能だけでなんとかなるものではない。
だとすれば。
……彼は血の滲むような努力を経て、あそこまでの魔法を修得しているということ。
(なるほど……彼は本気で軍人を目指しているんですね)